Turn and turn

Tales,小説ゼロしい

 

13 (はじまりの言葉)

 

 あたし達のやりとりは、たいていが「ひさしぶり」から始まる。
 ひさしぶりの期間は三日ぶりだったり、三ヶ月ぶりだったりはするけれども、それが定番だ。他愛もない挨拶を交わして、脱線しがちな本題に入って、それから休憩がてらに食事なりお茶なりをとって、時間があれば仕事以外の話をする。
 で、そうやってまとまった時間があると、たいていはこうなっているわけで。

「だ・か・ら。なんですぐにそうやって隙あらば押し倒そうとするんだいあんたは」
 とりあえずはたき倒した影響で、ソファの肘掛けのあたりに抱きついている男を見下ろしながら、あたしは少しだけ体を横にずらして距離をとった。
「なんでとか言われても。二十九日ぶりだってのにこれはあんまり冷たくないですかしいなさん」
 むくりと起き上がったゼロスは、ぶつけたのだろう額のあたりを抑えながら、情けない顔と声で不満を訴える。
「なんだい? その二十九日ぶりって」
「もちろん、会えなかった日数。さっき数えてた。書類の日付見て」
「そんなことに頭使ってる時間があるなら、書類にサインでもしてなっ」
 言い捨てて、そして額に手を当てた。頭が重い。
「まったくあんたって人は」
 性懲りもなく延びてくる腕を捕まえようと言葉を切る。が、するりとそれは交わされて、まるで荷物のように肩に担ぎ上げられてしまった。
「こ、こら! 下ろせっ」
 ここはゼロスの自室だ。すっかり慣れてしまった寝台に運ばれるであろうことは明白で、そうなってしまえばだいたいは流されてしまう自分がわかってるからこそ、なんとか距離を取ろうとしていたのに。
 こんななんでもないやりとりを、ゼロスだけが楽しそうに続けて、ぐうの音も出なくなるまであたしを丸め込んでから、その、運んだり移動したりするのが定番だったから、完全に油断していた。
「ばかアホスケベ! 下ろせ放せ!」
「ここで放したらしいなが痛いでしょーよ」
「受け身くらいとれるってば!」
「そういう問題じゃないでしょ。俺さまが下ろしたくないの」
 ベッドカバーごと上掛けを引っぺがした上にやっぱり荷物みたいに寝台に下ろされて、手際よく脱がされた靴がぽいとその辺に放り投げられる。思わず手を伸ばして追いかけようとしたあたしに、ぎしりとゼロスがのしかかってきた。柔らかい寝台がその動きにつれて沈みこむ。
「往生際が悪いぜ、しいな」
 見下ろしてくる灰がかった蒼い瞳に、喉元まで出かけていた罵倒が引っ込んた。動いた右手に、びくりと体を竦ませる。
 ああ、いつものあの、思い出すたびにやりこめられた悔しさが残るやりとりは、それなりに心の準備をする役に立っていたんだなどと、今更ながらに思い知った。それをゼロスがわかっていてやっているのかどうかは別として。多分ただ楽しんでるだけだろうけど。
 視界の端で、ゼロスの右手が寝台の天蓋から下がっている帳をまとめた紐をほどいた。ふわりと広がった布が、明るい室内との間に壁を作る。
 そうしてから、ゼロスは半分着ていないも同然だった上着とブーツを脱ぎ捨てると、あたしを抱き込んで、ごろんと横にころがった。
「――ゼロス?」
 やっと出た言葉は、自分でも驚くほどに頼りなげだった。
 だって、どうしていいかわからない。変なとこに手を伸ばして来るならはたき倒せるし、顔を寄せてきたなら手のひらで遮ればいい。
 けれどこんな、まるでお気に入りの人形を抱いて眠る時のようにされても、どうすればいいのかさっぱりわからない。
「何?」
 低い囁きが耳元に落ちる。あたしを抱き込んだままの状態で、器用な指が髪を結っていた紐をほどいた。
「何って……あたしが聞きたいんだけど」
 肩のあたりにぱらぱらと、慣れた感触が落ちかかってくる。それを指で梳きながら、ゼロスがあたしを抱き込んでいる腕の力を少し緩めた。
「今日はこれで勘弁してやる」
 尊大な口調に、思わず眉間に皺を寄せる。
「何いばってんだい」
 ゆるんだ腕の隙間から伸ばした手で、ぐいと紅い髪をひっぱる。痛いと笑いながら訴えたゼロスは、見上げたあたしを優しい顔で見下ろしてきた。
「疲れてんだろ?」
 瞬きを二回ほど。髪を梳いていた指が動いて、額にあてられた。
「少し熱っぽいし。頭押さえてたし。だから今日は、これで勘弁してやるよ」
「――あんたの方が熱あるんじゃないかい」
「さりげに俺さまに失礼だろそれ」
 くつくつ笑いながら、ゼロスは足元の方に追いやっていた上掛けを引っ張り上げて、あたしごとしっかりくるんで満足そうに頷いた。
 ぽふぽふと、布団の上から肩のあたりを優しくたたかれる。
「もういいから、寝ちまいな」
 なんだかいつもと役回りが逆だ。ゼロスが無茶な要求をしてきて、しょうがないねってあたしが言うのがいつもなのに。
 でも、なんだか、くすぐったいけど、嬉しかった。確かに体調は悪かったけど、それでも久しぶりにゼロスに会えるのは、嫌じゃなかったし、なんだかんだでゼロスはあたしがホントにダメだと言えば聞いてくれるのはわかっていたし。
 だから、見上げたゼロスに向かって、あたしは笑った。
「ありがと、ゼロス」
 とたん、ゼロスは棒でも飲み込んだような顔になった。
「――なんだい、人が礼を言ったのにそのカオ」
「いや……」
 なにやら複雑な表情のまま、ゼロスはため息をつく。
「言ったからには責任取るけど。お前、それはねーだろ」
「……なんだかよくわかんないけど、前言撤回とか実はうっそーとか言ったら殴るよ」
「言わねーって。俺さま、うそつかない」
「それが既に嘘じゃないか」
 不思議そうな顔を睨み付けて、唇を尖らせた。
「テセアラの技術で魔道注入したって。あんたあたしに言ったじゃないか」
「うわ」
 あたしの肩をくるんでいた手で額をぺちりとたたいたゼロスが、あっちゃーと笑う。
「お前、そんなこと覚えてたのかよ」
「しっかり覚えてるよ。嘘だったじゃないか」
 睨んだ先で、ゼロスは涼しげに「敵を騙すにはまず味方からって言うでしょー」などと言う。
 そう、確かにあの時、ゼロスはあたし達も敵だったクルシスも、中立だったレネゲードも、全てを騙して全てを裏切って、そうしてあたし達のところに帰ってきた。
 結局は、ゼロスの一世一代の博打だったわけだけれども、それでも。
「二度とごめんだよ、あんなの」
 うっかり涙ぐみそうになるのをこらえるために、眉間に力をこめて、ゼロスの服を掴んだ指に力を込めた。
「あんな……自分をエサにした博打みたいな事、二度とするんじゃないよ。誰かが喜ぶなんて思ったら、大間違いだからね」
 今でもぞっとする。ちょっとでも歯車がくるっていたら、ゼロスはあのままあたし達のところには帰って来れなかった。こいつのことだからそれなりに勝算はあったのだろうけど、それでも、絶対なんてことはこの世にはない。
 ましてや、あんな、細い糸を駆け足で渡るような事。
 額にかかっていた髪を、優しい仕草で後ろになでつけられた。その指が頬にかかった髪を梳いて、そして顔の線を辿る。
 絡んだままの視線の先で、ゼロスの瞳が柔らかく細められた。
「わかってるよ。もう出来ねーな。捨てられないものが多すぎる」
「……なら、いい」
 胸元に引き寄せられ、抱き込まれる。ゼロスの顔は見えなくなったけど、直接響いてくる鼓動に目を伏せながら、あたしは緊張していた体の力を抜いた。
 その捨てられないものの中に、あたしが入っているんだと、そう込められた腕の力で言われたような気がして、けれど確かめるのも気恥ずかしくて、そのまま瞳を閉じた。

 たいていは、ひさしぶりで始まる、あたしたちの「いつも」。
 明日は、おはようからはじめよう。