アンサー
テイルズオブシンフォニアの、本編終了後、恋人同士になったゼロスとしいなのお話です。甘め。
※ゼロしい恋愛要素がふんだんにあります(元カノ設定有効)
お好きな方はどうぞ!
女の扱いなら自信がある。
生まれ持った外見と、救いの神子でありワイルダー公爵家当主という地位をもってして、流してきた浮名は伊達ではない。気の強いタイプから引っ込み思案な恥ずかしがり屋まで、とにかく少しでもこっちに気のある相手ならほぼ連戦連勝を達成してきた。
だがそれは、日頃のたゆまぬ努力と傾向と対策の成果に他ならない。
殺し文句のタイミング、内容。そういう雰囲気への持って行き方へのパターンは相手に合わせて、押してダメなら引いてみろ引いてダメなら押してみろ。後腐れない、けれど喜ぶ様な贈り物は、何でもない日に思いついたように渡すのが効く。
それらを場合によって使い分けながら、甘い笑顔を浮かべて優しい声で耳元で可愛いねと低く囁けば、大抵はそこでゲームセット。
――だったはずなのだが。
長年培ってきたその手の攻略法が一切通じない難攻不落の存在は、今現在、リアルタイムで俺さまの目の前で仁王立ちをしていた。
「で?」
ネコに似てる目が笑っていない。通常なら生気に溢れているその瞳は冷たい光を宿し、床に懐かざるを得ない状況になっている俺さまを睥睨していた。
「しいなさん、俺さま踏みつけられて喜ぶ趣味はちょっと」
「あたしにだって、踏みつけて喜ぶ趣味はないさ。言い訳があるなら聞いてやろうじゃないか」
「ちょーっと未知への好奇心を満たそうかと」
「なーにが未知への好奇心だい! このどスケベ」
「うわ、それ傷つくなー。せめてエッチと」
「アホか!」
っていうか、今俺さまを殴り倒した上に背中を踏みつけているのは、仮にもしばらく前にいわゆる元鞘に収まったはずの女であるはずなんだが、なんでこんな目に遭っているのかというと、話は至ってシンプルだ。
仕事の話をしていたのだが、俺さまの持っていた書類を覗き込んできたしいなの豊かな二つのふくらみが肩のあたりに触れるか触れないかの刺激を送ってくる上に、うなじのあたりから良い匂いがふんわり漂ってくるものだから、つい手が伸びただけの話だというのに。
不可抗力に一票を投じたいと思う。
「てーかしいなさん、俺さまが思うに」
「なんだい?」
まだ床と仲良くしながら右手を挙げて発言の許可を請う俺さまに、しいなはまだ尖った声ながら続きを促してくる。
「今更だと思うんだが」
「――今は仕事中!」
柔らかな頬を朱に染めて、怒鳴ったしいなはそれでもしぶしぶながら足を退けてくれた。むくりと起き上がって、床と密着していたあたりの服をぱたぱたと払う。
怒りを解くタイミングを逃したのか、しいなはそっぽを向いて処理済みの書類をまとめ始めた。ミズホに持って帰る分を選り分けているのだろう。
つまり、あたしはもう帰るからね、という意思表示だ。
実に二十日ぶりくらいの再会だというのに、仕事の話のみに忙殺されて、プライベートな会話がさっきの踏みつけられたものだけ、ってのは、いくらなんでもあんまりじゃねえかな。いやあんまりだ。
あんまりすぎるから、まだ帰さない事に決定。
けれど、さてどう引き止めればいいやら。謝って機嫌を取るのは簡単だ。しいなはお人好しで単純だから、こっちがちゃんと誠意を見せれば、あっさり怒りも解いてくれる。きっと。おそらく。たぶん、そのはずだ。
他の女なら多少おかんむりになるくらいは駆け引きの内で、優しく肩を抱いて機嫌直してと囁けばそれで結果オーライだった。だがしかし、彼女の場合は照れて余計に頑なになるのだ。それもまあ可愛いと言えば可愛いが、かと言ってやりすぎた時にどうなるのかは火を見るよりも明らかなわけだ。
こんな面倒な女、滅多にいないだろうと思う。けれど、その面倒なところが好ましいと思ってしまうのだから、俺さまも人のことは言えない馬鹿なのかもしれない。
「しいなー」
「仕事中」
背中で発せられる拒絶の言葉。けれど断じてこっちを見ようとしないその態度が、返して言えば『振り向かせればこっちのもの』の証明で。
「あのさぁ」
「仕事中!」
「俺さま、しいな触りたい」
途端にむせて咳きこむ背中に、吹き出しそうになるのを堪える。肌を重ねたのは一度や二度ではないのに、まだこの反応。
可愛すぎやしないか、ちょっと。
ゆっくり肩越しに振り向いた顔は、案の定きれーな花の色。耳まで染め上げて、口を二、三度ぱくぱくさせて、そしてしいなはため息をついて書類を机の上に戻した。
お、脈あり?
ゆっくりと歩いてくるしいなの、桃色の帯がゆらゆら揺れる。それを見守っていると、まだ床に座り込んでいる俺さまの前にしゃがみこんだしいなが腕を伸ばしてきた。
なんだろうと見守っていたその手は、おもむろに長く垂らされた髪に伸ばされ。
「――って! 痛い痛いこれマジ痛いってば!」
ぐいぐい、と前に垂らしている自慢の髪が乱暴に引っ張られる。逆らっていると痛いので力を抜いて引っ張られるのに任せてみると、そのまましいなの肩口に出迎えられた。
痛みが消える。そのかわりに後ろ頭のあたりに絡んでくる二本の腕。
「……あんたに触らせると際限ないから、今日は禁止」
掠れた声での呟きになんのこっちゃいと内心首をかしげ、そして納得した。触らせないかわりに、珍しくしいなから触ってきてくれたわけだ。
二本の腕は手持ちぶさたなことこの上ない。多少残念ではあるが、まあこれはこれでいいか。いいけれど。
半分豊かな谷間に埋もれかけていた顔を上げる。
「なぁ、しいな」
「なんだい?」
やっぱり恥ずかしいのだろう、まだ赤い顔のままで、けれど俺さまが何かするのではないかと警戒してる様子でしいなが問い返してくるのに、にっこり笑いかけた。
「俺さまから触るの禁止はわかった。わかったけど、それじゃ今日はキスもしいなからしてくれるわけだ?」
「――っ!」
赤くなって青くなって、半ば泣きそうなパニックの表情になるのを間近で見て、笑うなと言う方が無理な注文だと思うが、しいなはその無茶な注文をくり返し、挙げ句の果てには「見るな!」と俺さまの頭を強く抱きかかえた。
窒息するんじゃねぇかとかなり真剣に危惧しはじめた時、ふわりと頭のてっぺんあたりに柔らかな感触が触れて離れた。
同時に、ぱっと腕がほどかれて、新鮮な空気が胸を満たす。
「こ、これでいいだろ!」
……いーわけないでしょ。
無言での抗議の眼差しに、しかし羞恥の絶頂らしいしいなはじりじりと後ずさり、ちゃんとしたじゃないかとか触るの禁止だから近づくなとかキ……キスはキスだろっとか、散々わめいてから壁に背中をぶつけて止まった。
あーあー、ホントに全く予測のつかない行動ばっかりで、今までの経験則もお決まりのプロセスも全く役に立たない反則っぷりだけど、けれど。
「しいな」
「なんだいっ」
ネコなら毛を逆立ててる様な勢いで返事をしてくる彼女の方に、手を伸ばす。
「おいで」
勢いを削がれたしいなが、きょとんと見つめ返してくる。手を少し動かして、促して。
「おいで」
「……触らないって約束だろ」
わかったわかった、とばんざいの要領で手はあげて、おいで、とくり返す。
警戒しながらも素直にやってきたしいなは、真向かいで止まった。
少しだけ腰を折って、足を開いて、顔を傾ける。
手では触らなくても、他にもしいなに触れることが出来る場所はいくらでもあるわけで。
一番代表的なそれをしいなの唇に重ねるのに、抵抗はなかった。
手が使えないので触れるだけですぐ離れたしいなの顔は、案の定というか予想に違わずと言うか。
「まっか」
途端にさらに赤くなった顔を、腕をあげて隠そうするその仕草が、もっとヤバイって事にいつになったら気づくのかこの女は。
「ううううるさいっ」
「かーわいー」
「なぐるよっ」
「なぐっていーよ?」
「……バカ」
悪態の筈のそれをしいなが言うと、どんな愛の言葉より最強に聞こえるのは、まあきっと気のせいなんだけど、こんな気のせいならどんとこいだ。
しいなの腕が首のあたりに延びてきて、そのまま柔らかく抱きしめられた。ミズホの頭領として忙しく動き回っている彼女は全身鍛え上げているし、実はなんかの金属が仕込まれてるっぽい服の感触はお世辞にもいいものではないけど、それでもしいなは柔らかい。
もう一度、耳元で繰り返される「バカ」に、目を閉じた。口元が緩む。頬も緩む。仕事と格闘してる最中にすっかりクセになりかけてる眉間の皺なんて、存在すら忘れる。
「そのバカ甘やかすヤツがいるから増長するんだぜー?」
「今更多少甘やかしたところで、あんたがどうにかなるわけないだろっ」
言外に含ませた意味は汲み取ってもらえたようで、背中に回っていたしいなの手が俺さまの手入れの行き届いた髪を引っ張った。
痛みにわずか顔をしかめて、けれどやっぱり笑ったまま、しいなの額に額をぶつけるようにして、強引に視線を合わせる。触らない、という約束だからこうでもしないと目が合わないわけだが。
黒曜の瞳の中には、いい加減ゆるみきった笑顔の俺さま。
まあ、しいなの目の中だけなら、それもいいだろ。
「なぁ、しいな。知ってるか?」
不思議そうにまたたいた瞳に、にっと笑って。
「惚れた弱みって言うんだぜ、そーゆーの」
時を止めて固まってしまったしいなの、柔らかい唇をもう一度かすめ取る。
その途端、我に返ったしいなに突き飛ばされた。しりもちをついて見上げた先で、必死に体勢を立て直してる真っ最中のしいなが、真っ赤な顔でわめいた。
「ど、どっちが!」
精一杯の反論らしいそれを、余裕で笑い飛ばして見せることに成功して。
「――どっちだと思う、しいなは?」
まあしいなからの答えは結局もらえなかったわけだが。
俺さま的にはどっちもどっちだと思うんだが、どうよ?
―了―