ルピナス
禁書に、上インにハマって二次創作を書き始めたのが2011年。もう14年が経つんですって、光陰矢のごとしとは本当ですね……。
今年もこうして、上条さんとインデックスさんが出会った日に焼きそばパン食べよう!って思えることが嬉しくて楽しいですし、新刊のあらすじに胃を痛めていられるのも大好きな作品が今も続いているからこそ、ということですよね!
というわけで、2013年に、上イン出会い記念日カウントダウン企画として公開した作品の中から、一つ再録です。
未来捏造で、恋人同士になったばかりの上条さんとインデックスさんの、なんでもない日のお話。
夕食後に麦茶を飲み終えたコップを持って、インデックスは流しへと向かった。洗い物をしてくれている上条の隣に立って、「これもお願い」と洗い桶の中に沈ませる。
「おう。あ、ついでに割れないものだけ拭いてってくれると有り難い」
「はーい」
つり下げられているふきんを手にとって、インデックスは伏せてある木のお椀を取り上げた。ついでに唇を尖らせる。
「お茶碗だって拭けるもん」
「割れない物を取り落とさずに完遂記録が五日続いたらな」
にべもない返事に、今度は頬を膨らませた。マグカップにお茶碗に小皿まで割ってしまったのだから、上条から割れ物禁止令が出たのは納得もする。だがしかし、上条だってしょっちゅうお皿を割っているのに、どうして不慣れで不器用な自分だけ制限がかかるのか。納得がいかない。
お椀にボウルまで拭き終わった所でインデックスは手を止めた。薄茶色の容器に、花柄のフタの小さなタッパー。これは見たことがない。
「とうま、新しい入れ物買ったの?」
「いや、それはもらった」
インデックスは瞬きをする。何かのおまけについてきたのだろうか。
「昼に弁当食ってたら、得意料理の話になってさ。卯の花っておからの料理があるんだけど、俺が作った事ないって言ったら持ってきてくれたんだよ」
ふきんを動かしていた手が止まった。
「――誰が?」
「クラスの女子。姫神や吹寄と仲が良いんだろうな、しょっちゅう一緒にいるし。レシピも教えてもらったからまた作ってやるよ、おからって安いのに栄養価高いからうまく使えるようになりたかったんだよなー」
手ばかりではなくて体全部が止まった。
インデックスは料理が作れない。機械は使いこなすどころか爆発させるし、こんなお手伝いひとつだってうまく出来ない。せいぜいが急須にお湯を注いだり、お茶を冷やすくらいで精一杯だ。
そのレベルのインデックスから見れば、時々雑だったり多少荒っぽかったりしても、美味しいご飯を作りだしてくれる上条は雲の上の存在だ。その上条に料理を作って持ってきて、さらに教えられる女の子。
胸の奥がもやもやする。
分かっている、これは嫉妬だ。醜い感情だ。こんな事で膨れて怒ったりするのはみっともない。だってその子は何も悪くないのに。親切にも上条に料理を教えてくれた人なのに。出来ない自分の八つ当たりなんて、絶対に良くない。
「あ、そのタッパー百均だしそのままくれるって話だったからさ。明日からお前の」
「そんなの要らない!」
反射的に叫んでしまってから、インデックスは我に返った。目を丸くしていた上条の顔が険しくなる。
先ほどとは違う意味で体に力が入った。叱られる。当たり前だ。人の好意を理由もなく不機嫌にはねのけたのだから。
そんなのはダメだと分かっていたのに、どうして口走ってしまったのか。拷問への対処方法ならどれだけでもあげられるし実行できる自信もあるのに、あんな言葉一つが飲み込めないなんて。
「お前な、そんなのって失礼だろうが。せっかくの親切なのに」
水を止めた上条の叱責に、インデックスは黙ったままうつむく。正論だ。このまま回れ右で逃げ出してしまいたかったが、それも出来ない。可愛らしい花柄のフタとふきんをきつく握りしめたまま、ぐっと唇を噛んだ。
「っつか何をそんなに怒ってんだよ? お前ちょっと」
おかしいぞ、という言葉はこちらをのぞきこむようにしてかがんだ上条の口の中に消えた。代わりに驚いたように息を呑む気配がする。
けれど、インデックスにはもう見えていなかった。完璧に覚えている家具の配置も食器も見慣れた少年の姿も、全部涙でにじんでぼやけてぶれぶれのぼやぼやだ。
「イ、インデックス? どうした、俺そんなにきつかったか!?」
首を振る。涙が散って一瞬だけクリアになった視界は、またすぐにぼやけた。心配そうな上条の顔が瞼の裏に残る。
酷いことを言ったのに、泣いて誤魔化そうとするなんて最低だ。泣いてはいけないと思うほど後から後から涙が湧いてきて、喉に熱い塊が詰まったように声も出ない。
「とにかくほら、落ち着け。な? 水飲むか? あ、冷たい麦茶の方が良いか?」
ひたすらしゃくりあげるインデックスの頭を、上条の大きな手が撫でてくれる。握りしめたままだったタッパーとふきんが優しく取り上げられて、代わりに麦茶の入ったコップを渡された。促されるままに一口含む。涙のせいでやたらにしょっぱかった。
ごくん、となんとか飲み下すと、上条がてのひらで頬をぬぐってくれた。瞬きをすると、苦笑している彼の顔が見える。
「どうしたんだよ。怒らねえから言ってみろって」
首を振ってからもう一口麦茶を飲んで、インデックスはその場に座り込んだ。目線を合わせるように、上条もしゃがむ。
「……言い訳に、なっちゃうから、やだ」
「良いから、聞かせろよ」
上条の手が頭の上でぽすぽすと弾む。しばらく迷ったが、インデックスは観念して口を開いた。
「あんなこと、言うつもりなんて、なかったんだよ」
「うん」
「泣くつもりも」
「うん」
「……私には出来ないことが出来て、可愛い入れ物も用意出来て、とうまに優しくも出来て、いいなあって。ずるいなって。でもそんなの思っちゃダメだって、我慢しなきゃって、そしたら」
じわりとまた涙が湧いてくる。違うのに。上条を困らせたくはないし、みっともない所を見せたくもないのに。
「そっか」
呟いた上条が、一呼吸置くなり吹き出した。
インデックスはぱちくりと瞬きをする。涙はびっくりしたのと同時に引っ込んだから、上条が腹を抱えて笑っているのがしっかりと見えた。
泣き腫らした瞼が半分ほど下りる。
「……とうま、とうま。私はとても真剣に自分を見つめ直したいし反省したいと思ってるのに、それはどういう反応なのかな」
「いやだって、おま、何だそれ!」
なおも笑い転げながら、上条の手がインデックスの頭を乱暴に撫でた。ほとんどかき回すような勢いだったが、多分撫でられたはずだ。
「めっちゃくちゃフツーのヤキモチ妬いたからってあんな号泣とか、何かと思ったぞ馬鹿!」
ぽかんと彼を見つめ返しながら、インデックスは口の中で小さく復唱した。めっちゃくちゃフツーのヤキモチ。
「普通なの?」
「普通も普通。っつか、俺がお前を構わなかったりしたら拗ねてたじゃん。それで俺がお前を嫌いになったか?」
首を横に振って、インデックスは麦茶をもう一回飲んだ。今度はしょっぱくない。
「まあ確かに、ヤキモチ妬きすぎて束縛したりとかはどうかと思うけどさ。でも俺だって、お前が他の野郎と楽しそうにしてたら腹が立つし。俺もお前もまだ慣れてないんだから、いろんな事が気になったりして当たり前じゃねえ? なのに我慢しようとか、無理するから爆発するんだよ」
「それは、そうかも」
な、と念を押すように笑う上条を見上げて、インデックスは思い返してみる。そうだ、我慢しなきゃと思えば思うほど辛くなった。
「そもそもお前、怒ったら速攻俺に噛みついてくるのが標準だろが。それを我慢するとか、無理が出て当たり前だろ」
「……それは、頷くべきか迷うところなんだよ」
くすん、と鼻を鳴らす。上条が一度立ち上がり、キッチンペーパーを差し出してくれた。ティッシュの代わりにしろということなのだろうと、ありがたく涙と鼻水を拭う。
「お前は怒って良いんだよ」
柔らかい声で告げられる言の葉に、ささくれていた心がゆっくりとほどけていく。無理に纏おうとしていた殻が消えていく。
「理不尽だと思ったら俺は反論するし、お前もそれに納得出来なかったら言って良いんだ。そんで、お互いの妥協点を一緒に考えよう」
インデックスは、彼の言葉をゆっくりと心に収めた。甘えきってはいけないけれど、これから二人で変わった関係を大事に育てていきたいなら、そうしていくのが一番なのだと、そう思えた。
だから、少女はまっすぐに上条の目を見つめる。
「うん」
頷くと、上条が「よし」といたずらっ子のように笑った。
「とりあえずこのタッパー、どうする?」
「今回の戒め的に、私に使わせてもらいたいかも」
「ん、じゃあそれで。ほれ、顔洗ってこいよ。ここ片付けたらおやつにしようぜ。なんと今晩は夏みかんだ!」
インデックスは上条を見上げた。頬がゆるむ。さっきまで泣いていたのにゲンキンなものだと我ながら呆れる。それでも、どうしても笑ってしまう。
うん、と大きく頷いて、インデックスは立ち上がった。ありがとうと大好きを繰り返して抱きついてしまいたかったけれど、なんだかタイミングを逃してしまった気がする。かといって仕切り直すには、恥ずかしさの方が勝ってしまう。
さしあたっての目標は、素直にそれを言えるようになることだ。決意を胸に、少女は洗面所の蛇口をひねった。
ルピナス(いつも幸せ)
―了―