狼なんて怖くない

小説,禁書上イン

未来ねつ造設定で、恋人同士になったばかりの上条さんとインデックスの話です。
いろいろ広い心で読んでいただけると幸いです。

※個人の解釈と妄想による上イン恋愛要素がふんだんに盛り込まれています

お好きな方はどうぞ!


 

 爽やかだった目覚めが、次第にむっとした空気の中、汗ばんだ目覚めになる季節になった。
 ユニットバスで寝起きする唯一の利点は、起きてすぐに洗顔もシャワーも自在なことだ。シャワーの場合、寝ぼけ眼で布団一式を脱衣場に放り出さなければならないが。
 今年初めての作業を行いながら、上条はふと視線を感じて顔を上げた。すでに修道服に身を包んでいるインデックスが、唇をとがらせてこちらを見ている。
「あ、おはよインデックス。メシちょっと待ってくれ、先にシャワー浴びて着替えてくる」
「おはよう、ごはんはわかったんだよ。だけどそうじゃなくて、ねえとうま、暑いなら」
「無理です」
 途中でぴしゃりと遮る。柔らかな頬が丸くふくらんだ。最後まで言ってないのに、とインデックスはぷりぷりしているが、この状況でその台詞に続くのは『こっちの部屋のベッドで一緒に寝よう』という誘いに間違いないのだ。
「あんなところで寝てたらええとそう、熱中症になっちゃうんだよ!」
「去年も平気でしたー大丈夫ですー問題ないですー全くもってなんともないですー」
 何度繰り返したやりとりだろう。ひたすらごまかすしかなかった頃はともかく、今はちゃんとあまり大声では言えない理由も添えているのに。正確には、正直に白状するまで許してもらえなかったのだが。
 自分の理性に自信がないから一緒のベッドで眠るのは無理だと、恋人同士になったばかりの少女に告げる青少年。甲斐性とか度量とかの観点から見ても、かなりの情けなさに位置づけられる気がする。
 気落ちする上条の葛藤になど気づかないインデックスは、どこまでも真剣に口を開いた。
「じゃあ、私がそっちで寝るんだよ。とうまがベッドで寝たらいいかも」
「だーかーらー! それじゃお前が鍵開けて出てきて、俺が寝てる布団に潜り込んでくるだろ!」
「こっこここ恋人なら一緒に寝たりするの別におかしくないんでしょう!? あの漫画とかあのドラマとかあの映画でもそういう展開になってたもん!」
「そこでどもってしまうお前が何を言う! 十年早いわお父さんは許しませんよ!?」
「誰がお父さんなのかな! それに十年もとうまはお風呂で寝る気なの!?」
「さすがにそれは無理だけど今も無理です!」
 いっそ頭を抱えて床に突っ伏してしまいたい。頬を真っ赤に染めながらも首をかしげているインデックスから目をそらして、上条はバスルームの中に逆戻りして鍵をかけた。
 確かに、もうすぐ比較的過ごしやすい季節は終わりを告げる。エアコンのある部屋で、室温湿度ともに整えられた環境で眠るのは至福だろう。
 もっと正直に言えば、何故か甘い匂いのする少女を腕の中に収めて眠りにつくのも、目が覚めて真っ先に見るのが穏やかに眠っている少女であることも、きっとすごく幸せな気持ちだろうと分かっている。
 分かっているのだが、抱きしめるだけで済ませられる自信がまるでないのだ。
 まだもう少しの間、狼になるのを待っていたい。記憶喪失の影響で人生経験が少ないのはお互い様だが、こと恋愛関係についてはインデックスの方がきっと幼い。触れるだけのキスでいっぱいいっぱいになってしまう彼女に無理をさせたくはないし、そもそもあの華奢な体に無体を働くのは犯罪の匂いがしてならない。
 上条はため息をついてから頭を振った。とりあえずシャワーを浴びよう。そしてさっぱりしよう。いろいろ水に流してしまおう。
 それが一時的な逃避であることなど分かってはいたが、先延ばしにする以外の方法を思いつかない以上、上条にはインデックスの提案を突っぱねるしか選択肢がないのだ。

「そもそもお前、私が居るのに何をする気だ、何を」
 ハムを敷いたフライパンに卵を落とし終えた瞬間耳元で囁かれた言葉に、上条は手の中にあった卵の殻を取り落とした。慌てて床にかがみ込んで殻を拾い、キッチンペーパーで床を拭いながら肩に乗っている元魔神に潜めた声で反論する。
「料理中に不意打ちとか卑怯だろ、オティヌス」
「質問したのは私だぞ。実際寝床が風呂場というのは無茶だろう。昨日テレビで熱中症の特集をやっていたからな。禁書目録は、風呂場に温度計を設置しようかと検討していたぞ」
「いや、まだそこまで暑くないぞ。夜だし。換気扇あるし」
 そこまで言って、慌てて上条は立ち上がった。まだフライパンに蓋をしていない。半熟好きが揃っている以上、適度な蒸し焼きは必須だというのに。
「そんな無茶をせずとも、お前が分別を発揮すれば良いだけの話ではないか」
 蓋をかぶせ、トースターにパンを放り込んだ彼の肩を陣取っているオティヌスの追撃は続く。彼女も彼女なりに、熱中症を心配してくれているのかもしれない。それはありがたいのだが、上条としては半眼になるしかなかった。
「簡単に言ってくれるけどな。はっきり言って自信がない」
「威張るな発情期」
 氷点下のツッコミが耳に痛い。まったくもってその通りでございます、と口の中で呟きながら、冷水につけていたレタスをちぎって振って平皿に盛っていく。
 もう少し、色々がきちんと整ってから、と思う。がっついて嫌われたくない、というのも本当だ。
 けれど、インデックスは純粋に上条の体調を心配して一緒に眠ろうと言ってくれているのだ。そう、あくまでものすごく純粋に。
 それなのにあまり忌避するのも、かえってそんなことばっかり考えてると思われてしまうのではないだろうか。可愛い恋人から押されるスケベの烙印は、出来れば一生避けて過ごしたい。
「……口止めされていたから、ずっと黙っていたがな」
 いっそう潜めた声での囁きに、悶々としていた彼は手を止めた。これは聞き逃してはならない事を告げる声音だ。
「あいつ、時々夜中に跳ね起きるぞ。怖い夢を見たとしか言わないが」
 上条は目を見開いた。思わず肩の上のオティヌスをまじまじと見つめる。嘘を言っている顔ではない。
「――お前が横で一緒に眠っていてもか?」
「三毛猫でも変わらんな。十日に一、二度というところか」
 想像以上の頻度を告げられて、上条は眉間に皺を刻んだ。すっかり黄身が固まってしまった目玉焼きを皿に移しながら、唇を噛む。
 自分の事情ばかりを優先している場合ではなさそうだ。それだけは分かった。

 どれだけ考えごとをしていても、いってきますを告げて登校し、買い物しながら下校して、夕飯を食べて家事と課題を片付けて風呂を使う、という一日はいつも通りに流れていく。
 けれど、そのいつも通りの流れが少しずれた。長い髪にドライヤーをかけてやった後は、そのまま上条の胸にもたれかかってきて甘え始めるインデックスが、今夜に限って距離を取ったのだ。
 麦茶でも飲みに行くのかと思ったのだが、インデックスは離れた所にちょこんと座っただけだった。そのまま机の上にあるテレビのリモコンを手に取る。
「――おいこら」
 腰を下ろしていたクッションごと床の上を移動して、上条は背後から細い肩を引き寄せた。さして抵抗なく、なじんだぬくもりが腕の中に収まる。
「なんだよ。なんか拗ねてんのか?」
「ちょっとだけ」
 素直に上条を座椅子代わりにしたインデックスは、頬を膨らませて彼をちらりと睨みあげる。
「くっつくのは良いのに、どうして一緒に眠るのはダメなの?」
 内緒話のトーンで発された問いに、上条は胸一杯の空気を吐きだした。やっぱりそれか。
 言葉と一緒に、目でオティヌスの居場所を探す。彼女お気に入りのクッションを詰めたバスケットの縁から、三角帽子の先っぽがちょこんとのぞいていた。おそらくは気を利かせて、見ざる聞かざる言わざるを貫いてくれているのだろう。
 オティヌスの厚意に甘えて、上条は少女を抱き寄せる腕に力を込めた。柔らかな銀髪に頬を寄せる。大切なのだと、愛しいのだと、伝わってくれと願いながら。
「……一緒に寝る、っつったら別の意味があるって事は分かってるのかよ」
「分かってるんだよ」
 即答だったが、そこで言葉が切れた。顔を正面に戻してしまった少女の耳がほんのりと赤い。インデックスもちゃんと意識してくれているのだ。独り相撲ではないことに、上条は安堵を覚える。
「――分かってる。けど、二人っきりってわけじゃないし、今すぐってことでもないんでしょ? 別にその、絶対に何がなんでも嫌なわけじゃ、ない、けど……」
 必死に絞り出している言葉は、揺らぎはしてもためらいはない。きっとインデックスも、今までに何度も何度も考えてくれていたのだ。
「それに、鍵かけちゃってるのは、とうまだけなんだよ」
 ふくれっつらのインデックスがこちらを振り向いてきっぱりと告げた言葉に、上条は絶句した。
 同居を始めた頃から、インデックスはベッドのスペースをもう一人分空けてくれていた。こちらで寝ないかと、何度も尋ねてくれていた。なのに、無理だダメだと遮断するばかりだった。本当は、安心しきって眠っているインデックスを見てるだけでほっとするとか、逆に色々考えてしまうとか、そんなのは我慢したいとか。一方的な都合を押しつけて嫌われるのが怖くて、拒絶されたくなくて、彼女の思いを汲んではやれなかった。
 インデックスは、最初から腕を広げてくれていたのに。怖い夢を見る日々があっても何も言わず我慢してるくせに、上条の体の事は心配して。
 息を吐く。ゆっくりと細く長く。
 降参だ。悔しくも悲しくもないが、降参するしかない。笑い出しそうになるのを堪えながら、上条は足の間に座っていたインデックスを持ち上げるようにして、一八〇度回転させた。
 正面から向き合う形で膝の上に座らせると、視線が正面から絡む。柔らかな頬を両手で包んで、なるべく真剣な面持ちを作って口を開いた。
「きっと狭いぞ」
「うん」
「お前に布団蹴っ飛ばされたら文句言うぞ」
「それはもう今からごめんなさいを言っておくかも」
「たぶんいちゃいちゃするし抱きついたり触ったりするぞ」
「どこを!?」
 悲鳴じみた声が上がったことに満足して、上条は柔らかく少女を胸に抱き寄せた。銀の髪をかきやって、赤い耳に唇を寄せる。
「でもまあ、当分は俺の分の布団は床に敷くけどな。お前とオティヌスは今まで通りベッドで寝てなさい」
 囁きを吹き込まれたインデックスが息を呑んだ。突っ張ろうとしているのか殴られているのか、小さな拳が肩口にぶつかる。
「何なのかなそれは! 私の覚悟はどこへ行けば良いの!?」
「まあ、それはおいおいな。お前が潜り込んできた時の俺の覚悟なら完了したし」
 小さく笑いながら上条が告げると、インデックスは黙り込んだ。この沈黙の気配には覚えがある。少し前までなら、そのまま実力行使で噛みつかれている空気を纏わせていたが、少女は押し殺した口調で告げた。
「……ひさしぶりに頭からがぶりとやっちゃっても良い?」
 上条は破顔した。照れながら拗ねている涙目の恋人はとてもとても可愛いし、いつまで我慢できるか不安は残るけれど、とりあえず現在の最優先事項はそれではない。
 真っ赤なだけあって熱っぽい頬を、彼は手のひらで撫でるようにくるんだ。
「良いけど、その前にキスさせろ」
「ばかとうま。えっち。いじわる」
 噛みつく宣言は忘れてくれるだろうか。ちらりとよぎった期待を見透かしたのか、唇を重ねるよりも早くインデックスが上条の鼻先に軽く噛みついた。

 

―了―

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Posted by あずみ