月と花畑とラストダンス
テイルズオブエターニアの、リッドとファラ、キールとメルディのエンディング後のお話。
※ラシュアンの村人としてオリキャラが出ます
※リファラとキルメルの恋愛要素があります
※「あおぞら」の後日談的な立ち位置になりますのでねつ造要素満載です
お好きな方はどうぞ!
二日ほど窓のそばに吊っておいたおかげか、袖を通してみても、しまい込んでいた間のかび臭さと虫よけの匂いは感じなかった。
巻頭衣になっているそれの裾は前と横と後ろの四カ所に切れ目が入っている。その切れ目を調節しながら腰布を締める。柄がちゃんと裾に出るのを確認して、リッドは彼自身を見下ろしてわずかに苦笑した。
「──ぴったりでやがんの」
父の遺品の中から引っぱり出してきたが、まさか本当にちゃんと着られるとは思わなかった。誰がしまったのかはしらないが、虫よけの香草まで入っていたところを見ると父ではないだろう。だいたい、リッドが覚えている父が着ていた祭り用の衣装は、既婚者用の切り込みが無い型だから、ひょっとしたら母がしまった物かもしれない。
そう思うと、顔も覚えていない母が少し身近にも感じる。だったら、きっとそういうことにしておいても、誰も怒ったりはしないだろう。小さく笑ったリッドはそれを脱いでから、皺にならないように畳んだ。
祭りは明後日だ。やることは山ほどある。
なまじこの数年というものの参加していないせいか、勝手も分からないまま面倒な仕事をまわされているので、ここのところろくに狩りにも行っていない。
が、明日は祭りでふるまわれる料理のためにいくつか狩ってきて欲しいと頼まれているので、それも行かなくてはならない。
だってリッドに頼むのが一番確実でしょ?
そう言ってにっこり笑った幼なじみの顔を思い出して、リッドはため息をついた。
あの顔にはどうしても弱いのだ。いや弱いのはそれだけではないのだが。
今更考えても仕方のないことなので、リッドは金槌をベルトに差し込み、斧を携えて家を出た。
収穫祭を間近に控えて、最果ての村は浮き足立っている。グランドフォールの危険も去り、信仰の対象だったセイファートリングを失ってしまったとはいえ、ここのところ悩みの種だった地震や作物の不作も今年は綺麗に解消され、どの家の蔵も貯蔵したものでいっぱいで、どこを見渡しても村人達の顔は明るい。
まあこんな雰囲気も悪くないよな。
櫓を建てるための木材の切り出しに向かう一行について歩きながら、リッドは口元だけで笑みを浮かべた。
風が吹いている。リッドはふとその風を追うように空を降り仰いだ。
「どうした、リッド?」
二歩ほど先を歩いていたみっつ年上のミウドが、足を止めたリッドを訝しそうに振り向く。
「いや──夕立来るぜ今日。早めにすませた方がいいな」
空を見上げたまま答えるリッドに、ミウドは肩をすくめた。
「リッド天気あてるのうまいよなあ。俺達だって畑仕事するのに天気は見るけどさ、この天気で夕立来るなんて思うか?」
確かに、今は青空に白い雲がいくつかちぎれるように飛んでいるだけだ。
「けど来るぜ、たぶんな」
けれど、リッドには分かる。
どう説明すればいいのか見当もつかないので、誰にも話していなかったが、あれ以来──セイファートリングの核を壊すために極光の力を全力で出して以来、感じる物が多くなった。
それは、いたずら好きの風晶霊の騒ぐ気配だったり、穏やかに漂う水晶霊の気配だったり。そんなものが、リッドには感じ取れるようになっていた。
極光術を使うには、すべての晶霊と心を通わせる必要があるのだと、そうセイファートの使者は言っていた。これもそれの一つかなと納得し、特に害もないのでリッドはそのままにしていた。
晶霊が食えるのかと昔尋ねたこともあったことをふと懐かしく思い出す。あの頃は、この村の中、小さな世界の中だけで生きてきた。
それに比べて、今彼を取り巻く世界のなんと広く大きな事か。
おーい急ごうぜ、と、声をかけるミウドの後ろをついて歩きながら、リッドはひっそりと苦笑した。
「そう言えばさ」
ミウドがふとこちらを振り向いて尋ねてくるのに、リッドは目線だけでなんだよと問い返す。ミウドは、どこが決まり悪げに頭をかいた。
「いやあのさ、リッド、お前今年の踊り、誰か誘ったか?」
リッドは眉根を寄せた。
「──別にミウド誘やしねえよ」
「俺を誘ってどうするんだよ! ファラだよ、誘ったのか?」
後の方は声をひそめて尋ねてくるミウドに、やっぱりな、と、リッドは肩をすくめた。
セレスティアとインフェリアを行き来し始めるようになっても、あくまでリッドもファラも生活の拠点はこの村だった。
一時期、リッドとファラの仲を詮索する噂で持ちきりになっていたこの村も、二人が年の半分を留守にし、しかも一向に何かが変わったような様子もないので、もうそこまで気にされることもなかった。
けれど、ミウドのような、そろそろ家庭をもとうとする男にとっては話が別だ。
明るくて優しくて、子ども達の人気者で、料理上手で働き者。嫁にする上での難点と言えば、普通の男では夫婦喧嘩に勝てないことくらいのファラに求婚しようとする男は、何もミウドだけではない。
そんな男達にとって、収穫祭の最後の踊りのために、目当ての女の子に髪飾りを渡すのは絶好の機会だ。
髪飾りを贈って、かわりに髪を飾っていたブーケを貰う。それは、ラシュアンに古くから伝わる若者達の唯一と言ってもいい自由な意志表示の行為だった。
だから、ミウドは一番ファラに親しい位置にいるリッドに尋ねるのだ。誘ったのかと。
「誘ってねえよ」
「そ、そうか……」
軽く答えたリッドに、ミウドはわずかにほっとしたように息をついた。が、とたんに不思議そうな顔になる。
「なんで誘ってないんだよ? 俺は、その──てっきり、お前はファラが好きなんだと」
「ミウド、前見ろよ。切り株あんぞ」
わざと質問を無視して、リッドはこの木はどうだと前の男達に声をかけ、そのまま作業に移った。
夕方から大きな雨粒が激しくたたきつけるように降った雨もやみ、今日もラシュアンの森は青空の下色鮮やかに風に揺れている。
晶霊達のごきげんな気分が伝わってくるが、リッドはかついだ大きなカボチャを運ぶのに汗だくで、それどころではなかった。
特別に大きくなるように作った、大人の頭ふたつ分ほどあるカボチャだ。くりぬいて、皮を明日のご馳走の食器代わりに使うらしい。それを畑から村長の家まで運ぶ役目を、たまたま狩りから戻ってファラの家に獲物を届けた帰りに通りかかったリッドがおおせつかったのだ。
よっこいしょと抱えなおしたとき、ふと村の入り口に見慣れたふたつの人影を見つけて、リッドは破顔した。
足音と気配を殺して忍び寄り、抱えたカボチャをその青い髪の頭の上に乗せる。
「ぐ!」
「よぉキール。どうしたんだ? こっち来るなんて聞いてなかったから誰かと思ったぞ」
つぶれたような叫び声をあげるキールに平然と尋ねながら、リッドはメルディに向かってよう、と笑ってみせた。
「リッド!」
ぱっと顔を輝かせたメルディの肩に乗っていたクィッキーが飛びのってくる。
「お、クィッキーじゃねえか! メルディもよく来たな。飛空挺か?」
その長い耳を左手で撫でてやりながらリッドが尋ねると、メルディは大きく首を縦に振った。
「はいな! リッド、ファラはどこか?」
「あー、ファラならあいつんちか……いや、畑かおばさんとこか……そのへんだろ」
考えながら答えると、何故かメルディが首をかしげた。
「……ファラが家?」
「ああ、メルディ何度も行ってるだろ?」
何を今さらと思いながら答える。メルディの眉間に皺が寄った。
「それはリッドが家とは別のとこか?」
「あったり前だろ? 何言ってんだよ、オレんちだって来たことあるじゃねーか」
口を閉ざして俯いてしまったメルディを、リッドはいぶかしみながら覗き込む。
「……メルディ?」
きっと顔を上げたメルディの厳しい表情に思わずリッドがたじろいだのと同時に、キールが渾身の力を込めて前のめりになっていた体を起こした。
「――どーして一緒に暮らしてないか!?」
「いい加減人の頭からそれを下ろせ――!」
二つの叫びに圧倒されながら、リッドは今のメルディの発言が周りに聞かれてはいないか、思わず辺りを見渡したのだった。