視線
テイルズオブエターニアのリッドとファラのお話です。
時間軸的には本編開始前、オープニングムービーから妄想を膨らませたものです。
※リファラ要素がほのめかされています
お好きな方はどうぞ!
風車小屋の外壁を、ぐるりと回るようにして取り付けられている足場を登っていく。足場と言っても丸く削り出された棒が打ち付けられているだけのそれを、交互に手と足を動かして、上へ上へ。空の近くへ。
渡してあるその幅が、記憶にあるよりずいぶん狭くなったように思える。小さい頃はもっと登りにくかったはずなのに、楽に登れるようになっている事実に、彼は苦笑をこぼした。
が、次の瞬間、風を切る風車の羽が回りきれずにぎしぎしと軋む音を耳に拾い、顔をしかめる。
「ヤな音だな、ったく。なんかこー歯がムズムズするってーか」
小さく呟く。一人きりで暮らしているこの数年間で、すっかり独り言がクセになってしまった。
答えがないのにも慣れている。今は風の音がやかましい分、しんと静まりかえった家で自分の声の残響を耳に拾った時より、後に残る苦い気分はわずかに軽い。
溶け落ちる直前の夕陽の色の髪を風になぶらせて、動きのおかしい羽のもとまで昇りきると、彼はその根元をのぞき込んだ。
錆びついたのか、何か引っかかったのか、部品がとれたかのどれかだろう、と村長の言っていた通り、そこには枯れ葉が詰まって歯車のかみ合わせを妨げていた。
「なんだ、こんくらいか」
これくらいなら、特別に風車の構造に詳しいわけではない彼にでも、どうとでもなる。
早朝の狩りから戻ってきた彼を、村長が呼び止めたのは小半時ほど前のことだった。風車の動きが悪いから見てきてくれないか、工具と油はこれだと渡されてしまい、不承不承、慣れた剣の代わりにその道具を持って、昔はイタズラ目的でよく登った風車を登ってきたのだ。
革の手袋の上からボロ布を巻き付けて、羽の動きに気を付けながら慎重に枯れ葉を取り除いていく。あと一歩で歯車が回り出す前に金棒に持ち替えて強く小突くと、歯車は噛み合い、前のように勢いよく回りはじめた。
手を挟まずに済んだことにほっとしながら、布の工具入れに金棒を戻す。それを足元に置いたまま、彼は体を起こした。
高いところが苦手な人間なら目を回しそうだな、と思いながら下をのぞき込む。
「……ん? あそこに居たよなぁ」
こちらを見上げているはずの村長がその場に居ないことに顔をしかめ、彼は背中を風車小屋の屋根に預けて一つ息をついた。
大方、時間がかかると見て一度家に帰りでもしたのだろう。まあいいか、と一人ごちながらゆっくりと風景を眺め渡す。
幼い頃は、ここに登るのも大冒険だった。気の弱い幼なじみが泣きだしたせいで見つかってしまい、怒られたことも一度や二度ではない。
今ではもう、危ないことをするんじゃないと、怒ってくれる人はいないけれど。
ふとよぎったその想いを無視して、晴れた空の下の村を見渡す。
オーロックスの小屋で世話をしている顔なじみのじいさん、じゃれあいながら遊んでいる子ども達。井戸の傍で手を動かしながら口も動かしている女達、収穫期の畑で立ち働く男達。
その中で、緑の頭に目を止めて、口を「あ」の形に開ける。その口をゆるゆると元の通りに閉じながらも、視線はそれを追った。
邪魔だからと一向に伸ばそうとしないその緑の髪の少女を、間違うはずもない。
金の麦畑の中を、緑がせわしなく動き回る。大の男と変わらない量の、刈り取った麦たばを抱え上げ、積んで、また刈り取りの元に戻る様子を眺めながら、瞬間浮かべた笑みを消す。
久しぶりに見た幼なじみは元気そうだ。それは笑みで。
遠いあの日には、思い出の中では、隣に前に後ろに居た彼女が、今は声を限りに叫んでも届きそうにない場所に居る。
それは、戻らない時をもう一度目の前に突きつけられたようで。
失ったものを、二度とこの手にすることが出来ないのだと、思い知らされたようで。
と、肩に担いでいた麦束を投げ飛ばす要領で積み上げた少女が、何かを追いかけるようにこちらを振り向いた。
目の良さには自信がある。そうでなければ、森の中で獣たちとは渡り合えない。だから、彼女がこちらを見つけてしまったことがわかる。
その視界の中で、幼なじみがすっと右手を上げた。一度、二度、それは確かに彼に振られて、そして彼女は畑の方に向き直った。
大声で名を呼ばれたりしたらどうしようかとひやりとしたが、それだけで済ませてくれたらしい。刈り取りが忙しいのだろうと理由付けながら、空を見上げた。
青い空には白い雲。そして、日に輝く神の指輪、セイファートリング。
もともと、空を眺めるのは、彼の数少ない趣味のようなものだ。これでうたた寝でもできれば気持ちよさそうだが、こんなに足場の小さな場所ではやるだけバカだろう。
それでも、目を閉じてみた。耳元で髪を巻き上げて風が鳴る。今はもう風車小屋としての役目を果たさないのに、村人達はこの風車の羽根が止まることを良しとしなかった。
それは懐古なのか。もう取り戻せないものを、留めておく為なのか。
「――ッドー!」
風に混じって呼ばわれた声に、ぎょっと目を開ける。それは村長の嗄れた声でなく、彼の空耳でなければ間違えようもなく。
落ちないように気を付けながら、精一杯体を曲げて下をのぞき込む。
「リッドー! そんなとこで何してんのー?」
いっそ呑気にすら聞こえるその声の持ち主は、風車小屋の元で、片手を口元に添えて、片手をこちらに向かってぶんぶんと音がしそうな勢いで振っていた。
「お前こそ何やってんだよ……」
「えー? きこえないよー!」
「何やってんだっつったんだよ!」
風に負けないように叫び返す。
「だって、リッドばっかり風車登ってるんだもんー!」
もともと丸めの頬を膨らませて、質問の内容からかなり的の外れた答えを返してくる少女に、リッドは肩を落とした。
「仕事はどーしたんだよ、仕事は」
「お昼の休憩! ほら見えない?」
足を半歩後ろに引いて、畑の方向を腕で指す少女の誘導に従って視線を移すと、確かに思い思いに弁当を広げて休憩している様子が見える。
「だからほら、降りておいでよリッドも! いっしょにおべんと食べよ? 多めにわけてもらって来たから、リッドの分もあるよー!」
足元においていた包みを持ち上げて、少女がそれをかざしてみせる。しかめ面はそう長くもたなかった。
ね、と促すようにして笑う、彼女につられたことにして、唇の端を引き上げる。
「わーかった! 待ってろすぐ降りるから!」
えー、と、不満げな声が下から聞こえる。
「わたしがそっちに行くのは、ダメなのー?」
「こんなとこでメシなんか食ったら落っこちんぞ!」
怒鳴り返してから、道具を肩にひっかけて、登ってきたときと逆に降りていく。ある程度まで降りてから、彼は身軽に飛び降りた。
お弁当の包みを抱えている少女の所まで歩くと、その後ろ頭を促すように軽く手のひらで押す。
「メシ食うなら、どっか座れた方がいいだろ」
「あ、うん。あのね、こないだリッドが分けてくれたハムでサンドイッチにしたんだよ」
「おー。そだお前、後でうち寄れよ、また分けてやっから」
「うん、ありがと」
笑って頷く彼女の腕から、お弁当の包みを取り上げると、リッドはさっさと風車小屋の裏手に回った。石垣になっているので、そこなら座って食べられるだろうと思ったのだ。
石垣に腰掛けて弁当の包みを開いていると、ファラが呆れたように肩をすくめ、傍らに腰を下ろした。
「食い意地がはってるのはちーっとも変わんないだね、リッドは」
「食える時に食っとくのが一番だ」
「そればっかり」
くすくす笑う少女が、肩の触れあう場所に居るのが何故だかくすぐったい。ずっと昔は、お互いもたれあっておやつ片手に居眠りしていたこともあるというのに。
「これがタマゴね。こっちハムと野菜。あ、こっちはジャムサンド」
バスケットの中を順繰りに指さすのに従って、一つずつ片手に取ると黙々と口に運ぶ。そんなにがっつかなくても多めに持ってきたってば、と抗議しながら、ファラもまたサンドイッチを取って口に運んだ。その様子を横目に見ながら、あと一種類ずつを左手に確保する。
「何してたの?」
「ん?」
口の中のタマゴサンドを飲み下す間考えて、それがさっきの質問の続きだということに気づき、リッドは肩をすくめた。
「風車の修理。羽根がおかしかったんだ」
「直ったの?」
「なおした」
簡単な答えに、それでもこちらをのぞき込むようにしていたファラが笑う。
「そっか、それで登ってたんだね」
「おう」
頷くと、ハムサンドとタマゴサンドを一度に口に放り込んだ。
「それじゃあ働き者に追加っ」
何かの歌のようにリズムをつけながら、ファラがサンドイッチをいくつか布巾にくるんで膝の上に載せてくれる。
「あれっくらいなんてことねーよ。でもコレはもらっとこ」
「リッド最近、会うたび背のびてるもんねー。もうすぐ17歳なんだから当たり前か。ちゃんと普段食べてる?」
心配そうな声に、思わず口にほうりこみかけていたジャムサンドを持つ手を止めて、まじまじと幼なじみの少女を見下ろす。
たいして以前と変わったようにも思えないが。
「……伸びてるか?」
問い返すと、ファラは笑いながら石垣の上に立ち上がった。エプロンの上のパンくずをはたき終えると、リッドも立つように促す。
ジャムサンドはとりあえず布巾の中に戻して立ち上がると、ファラが真正面に居た。
「はい、ちゃんと背筋伸ばして」
言われたとおりにしてみると、目線の位置にファラの頭がなかった。
たいていこのあたりには、おでこが見えていたはずなのに。
「あれ? お前縮んだ?」
「そんなわけないでしょ、もう!」
怒ったように言い返すファラが見上げてくる。確かに、ちゃんと彼女の目を見ようとすると、記憶にあるよりも明らかに見下ろす角度が違う。
一時期は、ほとんど同じ目線で話していた事もあったのに。
「リッド、普段猫背で姿勢悪いから。あんまり気付いてなかったでしょ?」
「悪かったな」
口を尖らせると、もう一度乱暴に腰を下ろす。サンドイッチの再攻略を始めると、ファラもまた隣に腰掛けなおして、バスケットに残ったジャムサンドを取り上げた。
と、その手が上がらずに、エプロンの上に落ち着いたのを視界の端に認めて、リッドは首をかしげた。
「もう腹一杯か?」
「ううん」
少し寂しそうに笑って首を振った少女が、風車を見上げて小さく肩をすくめた。
「リッドがわたしよりおっきくなっても、風車は回り続けるんだなぁって。なんかそう思ったの。そしたらなんだか寂しくなって。ヘンかな?」
とっさに切り返しが思い浮かばず、手に持っていたサンドイッチを口に放り込んだ。ママレードの甘酸っぱい味が、口の中に広がる。
風車は回る。もう風車小屋としての役目は果たせないのに、それでも回り続ける。そして自分はこの村で大きくなって、そのうち。
そのうち?
「……まーアレだ。風車がまわらねぇなんて、それこそファラの調子が悪いぐらいにありえねぇし」
「しっつれーだなぁもう」
呆れたように口を尖らせるが、次の瞬間には笑い出した少女の様子に、少しだけほっとする。
けれど、その後ファラは瞼を伏せた。そして、次に開いた榛の瞳は、ここではないどこかを見ている。
気付いている。知っている。けれどそれを何故だか尋ねられないままだ。どうしたと一度尋ねたときの、まるで怯えたようなファラの反応に、その後が続けられないままだ。
秘密は一番最初に打ち明けあっていた、あの頃とは違う。
そう思ってはいても、何かが寂しい。
「さーてごちそうさま! 飲み物なくてごめんね?」
空になったバスケットを抱えて、勢いよく立ち上がったファラを驚いて見上げる。太陽を背に、いつの間にか幼なじみの少女は、いつもの笑顔で笑っていた。
「そんじゃ、わたし畑戻るね。もうすぐ小麦分けてあげられると思うから」
「ああ、悪ぃないつも」
「お互い様! それじゃね」
鮮やかな笑顔を残して、バスケットを揺らして駆けていく後ろ姿を眺め、見えなくなってからリッドは膝の上に置いたままの布巾に目を落とした。
とりあえず、これを返すついでに獲物を分けにいくことがある。ファラが小麦を分けに来てくれることもある。
枯れ葉を取り除けば、とりあえず風車が回り続けるように、明日はきっと巡ってくる。
どこか祈るような気持ちにも似たその願いに、目をそむけるようにして、リッドもまた立ち上がった。
今日も、ラシュアンには風が吹いていた。
―了―