指輪

Tales,小説リファラ

テイルズオブエターニアの、リファラ話です。
本編開始前の幼い頃と、本編からずっと先のふたり。

※リファラ恋愛要素がふんだんにあります
※リッドとファラの子どもがオリキャラとして出てきます

お好きな方はどうぞ!


 

 叔母さんが風邪を引いた。
 様子を見に来た薬師のおじさんに、しばらく外で遊んでおいでと言われて、ファラは外へ出た。
 木槌の音がラシュアンのあちこちで高く低く響く。あたりに漂うのは、真新しい材木の匂い。
 黒いオバケがやってきて、お父さんとお母さんが死んでしまってから、一人で外に出るのは初めてだった。
 叔母さんは両親を亡くしたばかりのファラに優しくしてくれたけど、一人にはしてくれなかったし、リッドに会いに行くのも許してもらえなかった。
 キールには会った。ミンツに引っ越すと、挨拶に来たときに。
 元気でね、と言うのが精一杯だった。
 謝りたかった。全部わたしが悪いのに、リッドとキールが怒られてる。でも、本当のことを話せば、きっとみんな怒るだろう。リッドとキールにだって嫌われるかもしれない。そうしたら、今度こそ、本当のひとりぼっちになるだろう。
 そんなことになったら、どうしたらいいのか判らない。
 ファラはぶんぶんと頭を振った。あんまり人の居ない道を選んで、リッドの家に行く。
 一応は修繕されていたリッドの家には、リッドの姿はなかった。こっそり陰で聞いていた叔母さん達の話では、リッドはお父さんが亡くなった後も一人で暮らしているはずなのに。
 考える。リッドのいそうなところ。
 レグルスの銅像のある湖の畔。キールとリッドと、よく遊んだ場所。今はキールもいないのに、リッドが一人で遊びに行くのは、あまり考えられない。
 森の中は、猟師のお父さんに連れられて歩き回っていたリッドのテリトリーだ。ファラには、とてもひとりで行けそうにない。
 見晴台。リッドのお気に入りで、お星さまの下で寝ようと三人で夜中にこっそり行ったこともある場所。リッドが昼寝をするのに最適だと笑っていた。
 それが一番ありそうだと思って、ファラはリッドの家の裏手から森に入り込んだ。目をつぶっていたって、見晴台には行ける。
 と、ファラは花の匂いに足を止めた。
 横手を見ると、森の中のぽっかり空いた場所にプーチの花が咲き初めていた。もうすぐ、村の女の人が総出で、この花を摘み取っていく。
 今年はファラも手伝うことになるだろう。ちゃんとしないと、叔母さんの迷惑になる。
 ぼんやりと、以前はキールとも駆けまわっていた場所を眺めていると、森のざわめきや鳥の声以外の音がしてファラはびくりと全身を緊張させた。
 風の音にも似ているが、違う。何か、しゃくり上げるような、泣いているような……。
 ちょっと辺りを見回し、ファラはそれを見つけて顔を歪めた。
 大きな木の陰から、少しはみ出している暗紅色の髪。しゃくり上げるのにあわせて、それが小刻みに揺れている。
 小さく、父さん、と、呟く声が聞こえた。
 ファラはたまらずに駆け出した。勢いよく、その人影に向かって飛びつく。
 座り込んでいたリッドのおなかに抱きつくようにして、ぎゅっとその体に腕を回した。
「……ファラ?」
 びっくりした、リッドの声。泣いていたせいで、ちょっと掠れている。
 胸が痛くなった。
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
 今までリッドが、一人で隠れて泣いてるところなんて、見たこともないのに。
 わたしのせいだ。
 わたしが、わがままを言ったから。わがままを知られたくなくて、リッドとキールを危ないところに行かせたから。
 リッドの、たった一人の家族を奪った。
「ごめんね、リッド。ごめん……ごめんね」
「な、なんだよ、オレは別に、ただちょっと……父さんに、もう会えないんだなと思って、そしたら急に家が広くて……けど、そんなんファラだって同じ」
「わたしがなるから!」
 叫んでファラは顔を上げた。涙で頬は濡れていたけれど、そんなの構っていられなかった。
「わたしがリッドのお父さんになるから! お母さんもお兄さんもお姉さんも、弟も妹も全部なるから! リッドの家族になるから、だから、泣かないでよぅ……」
 ぽろぽろと、新しい涙が湧いてはこぼれる。しばらくぽかんとしていたリッドが、ふっと表情を緩めた。
「ばーか」
 涙は残っているけれど、少し笑ったような顔。ファラの頭を勢いよくくしゃくしゃにして、リッドはあのなあ、と首を振った。
「ファラは女なの。弟や父さんになるのは絶対無理」
「でもなるもん! リッド一人で泣かせたりしないもん」
「泣いてるのはファラだろ」
 言ったリッドが、不意にしがみついたままのファラをぎゅうっと抱きしめた。
「……リッド?」
 抱え込まれて、リッドの顔が見えない。もがくファラの耳に、リッドの、ありがとうな、という囁きが届いた。
 違うの。
 わたしが謝らないといけないの。
 でも言えない。もう、これ以上誰も離れて行って欲しくない。
 ひとりになりたくないのは、リッドでなくてわたし。
 でも、リッドをひとりにするのも、絶対にイヤ。
 どっちが本当なんだろう?
 唇を噛みしめて、ファラはリッドにしがみついた腕に力を込めた。

 しばらくすると、リッドがそうっと手を放した。おそるおそるファラも腕を解いて、リッドを見上げる。
 自分の顔は乱暴に手の甲で拭ったリッドが、ファラの顔を見て吹きだした。
「あーあ。ンな顔して帰ったらびっくりするぞ、ファラのおばさん」
 立ち上がったリッドが手を差し出す。素直に手をつないで、歩き出すリッドについて行くと、湖に出た。
 まだ泳ぐには冷たいけれども、顔を洗うには充分だ。リッドに習って、ファラも岸に膝をついて水を手のひらにすくった。
「と、拭くもんなんかあったかな」
 先に洗い終えたリッドが、腰のポーチをまさぐっている。ハンカチを取り出すと、先にファラの顔をごしごしとこすった。
「痛い! 自分でやるよ」
「ざーんねん。もう終わりました」
 抗議の叫びを上げるファラに笑ってから、リッドは自分の顔も拭いて、そしてポーチにしまおうとして動きを止めた。
「……どしたの?」
 リッドの顔を覗き込むと、リッドはポーチから何かをつまみ上げて、ファラの手を取った。
「やる」
 ファラの左の手のひらに押しつけられたのは、指輪だった。古ぼけた木彫りの指輪。けれど、7つのファラには、親指にだってぶかぶかだろう。
「……おっきいよ?」
「そりゃそうだろ、母さんのだって言ってたから」
 あっさりと答えるリッドに、ファラは目を丸くした。
「大事じゃない! ダメだよ、リッドのだよ」
 慌ててリッドに押し返す。けれど、リッドは首を振った。
「ファラが家族になってくれるんだろ? だから、それはファラにやる」
 せっかく顔を洗ったのに、ファラはまた涙が出そうになった。

 あのねリッド。
 わたし、およめさんになりたかったの。
 お父さんのおよめさんはお母さんだからダメって言われて。
 リッドのお父さんのおよめさんは、ここには居ないけど居るからダメって言われて。
 それなら、リッドがいいなって思ったの。
 でもないしょ。
 リッドをひとりぼっちにしたりしない。
 わたしが、リッドの家族全部になるんだ。
 もうあんなふうに、リッドを一人で泣かせたりしない。

 

 年中温暖なインフェリアでも、寒い季節はやってくる。
 夕暮れの空に抱えられた我が家の屋根の端っこにある煙突から、うっすら煙が昇っているのを見て、男は微笑んだ。
 セレスティアの寒さを知っている身としては、こんなもん可愛いもんだと思うが、それでも煮炊きを兼ねたストーブに火が入って、ちらちらと踊っているのを眺めるのは好きだった。
 ブーツについた泥を、玄関先で落として家に入る。ただいま、と声をかけようとして、やけにしんと静まりかえった屋内に眉をひそめた。
 いつもなら、ドアを開ける音がするや否や、ものすごい勢いで二つの小さな台風が突撃してくるはずなのに。
 ストーブには鍋がかけられている。ふんわりとしたこの匂いは、ベアの肉のシチューだろう。それに、甘い林檎の匂いがまじっている。
 いくらおっちょこちょいで無鉄砲でも、 基本的にはしっかりものの妻が火を放って家を空けるなんて事はないだろうが、何か用事でもできたんだろうか。
 そう思いながら、着替えるために寝室のドアを開けて、男は肩をすくめた。
 暗紅色の頭と暗緑色の頭が、押し合いへし合いしながら熱心に何かに見入っている。寝台の横に置いてあるチェストの上にあるのは、確か、妻の宝石箱のはずだ。
 やれやれ、と、ドアの脇の壁にもたれてひとつ息を吸う。
「フェル。リーズ? そこで何をしてる」
 とたんにびくんと全身を強張らせ、おそるおそるこちらを振り返ってきた二対の瞳に、男はとてつもなく怒っているように映った。
 実際には、笑いを堪えるのに必死でむっつりとしていたのだが。
「お父さん」
「父さん」
 口々に呟いたふたりは、しばらく呆然としていた。が、父が何か言い出す前に、慌てたように暗緑色の髪の男の子が口を開く。
「リーズが悪いんじゃないんだ、僕が見ようって言ったんだ」
「ううん、わたしがお母さんの宝物が見てみたいって言ったの、お兄ちゃんは悪くないの」
 母親譲りの榛の瞳を潤ませながら、必死で兄の服の裾を握りしめて女の子は首を振る。
 男は苦笑した。
「と、いうことは、だ。二人とも、母さんの宝物をこっそり見たりするのは悪いことだって、ちゃんとわかっていたんだな?」
 小さな体を更に縮こまらせて、二人はしゅんとうなだれる。
「……ごめんなさい」
 二人の声が重なる。男は今度こそ、笑いを殺すのに失敗した。
 大股に子ども達に歩み寄ると、子ども達は叱られるのかと思ったのか首をすくめる。その二つの頭を乱暴にかき回して、低い目線にあわせてしゃがみ込んだ。
「さあ、それは母さんに言うんだ。ところで、帰ってきた父さんへの言葉はないのか、二人とも?」
 ふたりはぱっと顔を輝かせて、両側から父親に抱きついた。
「おかえりなさい、父さん!」
「わあ、お父さん冷たい! ちょっとくらいシチュー味見したって、お母さん怒らないと思うわ」
「やめとくよ、リーズ。みんなで食べるときにおいしさが減るんだぞ、つまみ食いは」
 小さな暖かい体をしっかりと抱きしめてやったとき、玄関が慌ただしく開いて閉まる音がした。
「ただいま! やだリーズ、シチューかき混ぜてって御願いしてたでしょ? フェル、薪はいっぱいにして置いてくれた? ふたりとも、いないの?」
 お母さんだ、と、わずかに青い顔でリーズが呟く。
 空色の瞳を瞬かせたフェルは、ひとつこくりとのどを鳴らした。妹の手を引いて、精一杯胸を張って居間の方へ歩き出す。
「戦士の出陣だな」
 笑いながらそれを見送り、男は子ども達が開けっぱなしにしていた宝石箱を閉めようと目をやった。
 その視線が、一点で固定される。
 セレスティアからやってくる友人達の手土産であるアクセサリーや、婚約したときに贈った指輪に混じって、ひとつだけ宝石箱にはあまり似つかわしくない物が一番いいところに大事そうにわけてしまってあった。
 見覚えがあった。
 古ぼけた、木彫りの指輪。
「ファラの奴……」
 ――わたしがなるから! リッドの家族になるから――
 必死で訴えてくる、幼い泣き顔を思い出す。
 不意に溢れてくるものに、リッドは笑みをこぼした。
 そっとその指輪に触れて、宝石箱の蓋を閉じる。
 謝るふたりに許しのキスをしているだろうファラを、子ども達ごと抱きしめるべく、リッドも居間に向かった。

 ひとりじゃないよ。
 笑顔といい匂いでいっぱいの家族を作ろう。
 きっと、寂しくも寒くもないよ。
 泣いていたって、涙を拭いてあげるよ。
 そして、嬉しいときは一緒に笑おう?

「きゃあ何なの一体どうしたのリッド!?」
「お父さんお父さん、わたし肩車がいいな!」
「父さん苦しい! 痛いよ!」

 愛するあなたが、幸せでありますように。
 大切なあなたと、幸せでありますように。

 

―了―