冷たい手

いろいろ,小説エドウィン

ひさしぶりに友人たちとご飯を食べておしゃべりをたのしんでいた時、そういえば私もエドウィン書いてたな? って思い出して、発掘してきました。
初出はなんと2003年で、手直しはあちこちしましたが、私はこういうふたりの姿からはまっていったんだなぁって懐かしく思い返しました。

鋼の錬金術師のエドワード×ウィンリィ、原作序盤の頃、まだ恋愛を自覚していないふたりの小話です。


 

 歪み一つ、緩み一つないように。ドライバーから伝わる感触を頼りに、何ひとつ見落としたり漏らしたりしないように気を付けて。
「はい、調整おわり!」
 最後のボルトを注意深く締め終えて、ウィンリィは額を腕で拭いながら顔を上げた。
 新しく付け替え終えた機械鎧は、まだ天井の明かりを弾いてきらきらしい光沢を放っている。次にこれを見るときには、きっと傷だらけになって曇っているのだろうが。
 眉間に皺を寄せた彼女が丹誠込めて創り上げた機械鎧を、数ヶ月で駄目にして戻ってくる幼なじみの少年はと言えば、神経を接続するときの感覚の残滓にまだ顔をしかめていた。ぐーぱーと指を動かしながらも、「サンキュ」と呟いて椅子から立ち上がって背伸びをする。
 ウィンリィもまた、腰を上げて一歩退いてから、しげしげと全体のバランスを確認した。一通り目視した結果、目立った異常が見当たらないことに「よし」と頷く。
「動かしてみて。あんたすこーしだけ身長伸びてたから、サイズも変わってバランス違ってるはずだし」
「おう。って少しだけは余計だっつのこの機械オタク」
 予想通りの反応とはいえ、むっとしながらもウィンリィは油で汚れた手袋を外した。次いで、首の後ろに当たって痛かったバンダナの結び目を片手で解く。
 金の髪をちょっと揺らすように頭を振ってから、ウィンリィはじろりと肘関節を伸ばしている幼なじみを横目で睨みつけた。
「牛乳飲まないからいつまでたってもちっさいのよ、このエド豆」
「飲めるかあんなもんが! ちっさい言うな!」
 いつもの軽口を叩きながら、腕を回したり屈伸をしたりしている少年に背を向けて、道具の片づけをはじめる。スパナ、レンチ。ボルトとナットはちゃんとサイズごとに小分けにして。
「どうー?」
「いー感じ。関節がなんか動かしやすいぞ」
 けろっと言う彼に、ウィンリィは片づけの手を止めないままに顔をしかめた。
「ちゃんと手入れさえしてれば、関節部分の駆動に関しちゃ前のとたいして性能変わらないはずなんだけど――っつ!」
「どした!?」
 慌てたような幼なじみの声に顔を上げて、左手をひらひらと振る。右手の人差し指を口にくわえると、血の味が滲んだ。
 迂闊なミスだ。工具を触るのだというのに、もう一度手袋をはめるのを忘れていた。
「あんれもらいよ」
「切ったのか?」
 くわえたままの不明瞭な否定とはいえ、エドがウィンリィの短い返事の内容を聞き取れていないはずがない。だというのに、彼は調整後の確認をやめて傍までやってくると、彼女の右手に手を伸ばした。
 と、その瞬間、その目がわずかに見開かれる。
「あっと、ごめ」
 言うなり手を引っ込めた幼なじみに、ウィンリィは首をかしげた。今の動きに、何か謝られるような事があっただろうか?
 瞬きをしながら、指を口から離す。
「ごめんって、何が?」
「いや」
 短く切り上げるような返事は、「これ以上は話さない」のサインだ。わかってる。わかっているから、ウィンリィは唇を尖らせた。
 エドの左手が改めて伸びて、ウィンリィの手首を取る。傷口を見るなり、彼は眉根にシワを寄せた。
「あーあ、すっぱりやっちまってるじゃねぇか」
 見る間に出血が小さな珠のように膨れあがるその指の根元を、止血するために圧迫しながらの咎めるような声に、彼女は肩をすくめた。
「エッジでやっちゃっただけよ。こんなんすぐに治るって」
「この部屋救急箱ないのか? あ、隣に行けばあるか、薬と包帯」
「おーげさねー」
 呆れた声を向けられた背中に投げながらも、エドに引っ張られるままに隣の部屋までついていく。
 そうしながらふと自分の手を取っている彼の手を見て、ウィンリィは目を見張った。
 先程、伸ばされたけれど触れぬままに引っ込められたのは、鋼の右手。
 今、彼女の手を引っ張っているのは、生身の左手。
 二年前、彼に初めて鋼の義手を作った時から、いや、彼がその右手と左足を失ったときから、何度胸を絞り上げるようなこの痛みに襲われただろう。
 いくら神経を接続するとはいえ、どうしたって指先の微妙な力加減などは生身に劣る。基本的に右利きだったはずのエドが、スプーンを左手で持ち、左手でペンを取って文字を綴るのを見るたびに、次はもっといいものを、と機械鎧を作り続けているが、それでも。
「あったあった。消毒だけで大丈夫かな」
 そう彼が呟いたのに目を瞬くと、あっけなくその手が離れるのがうつむいた視界の中で見えた。
 彼はガーゼと消毒薬、そして包帯と脱脂綿をトレイの上に出して、そら座れと言わんばかりに右手で椅子を指し示す。
 まだ血が止まりきっていない右手と、左手をあげて、ウィンリィは銀に輝く鋼の義手をくるむようにして取った。
 きょとん、と、金の目がまたたかれる。
「――ウィンリィ? 何やってんだお前、早く止血」
「エドの手だよ」
 言い切って、顔をあげた。頬は涙で濡れているけれど、構わなかった。
 目の前の少年は人前では決して泣かないけれど、ましてやウィンリィの前では絶対涙も見せようとしないだろうけれど、だからこそ。
「エドの手だよ。あたしが作ってるんだから知ってるもん。これも、エドの手なんだから」
 繰り返すと、彼の顔が曇った。ちっ、と拗ねたような舌打ちをして、そっと鋼の義手をウィンリィの手から抜く。
「……みょーなトコでカンがいいのな、お前」
 そっぽを向きながら、どっかと彼は向かいの椅子に腰掛けた。それにつられるようにして、ウィンリィもまた椅子に腰を下ろす。
「バカにしないでよ。何年あんたの幼なじみやってると思ってんの?」
「オレの生きてる年数分だよ」
 ピンセットでつまみあげた脱脂綿を消毒液に浸して、エドが右手でウィンリィの手首をとった。
 ひやりとしたその鋼鉄の感触は、たとえ温度として冷たくても、心まで冷やすこともなく。
「――ピンセットみたいな細かいのは、やっぱ左手のが使いやすいんだ」
「うん」
 呟くような声に、ひとつ頷いた。手の甲で目の辺りをこすって、涙を拭う。
 右利きだったエド。左手の方が使いやすいようにするために、どれだけの努力が必要だったのだろう。
 始終一緒に居た幼い頃と違い、離れてる時間が多くなって、そんな変化を後で知ることが多くなった。
 涙で彼らの旅立ちを見送った。だから、それからはどれだけ彼らが傷ついた体と傷ついた機械鎧で帰ってきても、笑顔で出迎えると決めた。
 それでも、離れてる間は何もできない。肝心な事も、弱音も、滅多に言わない彼らがどれだけ歯を食いしばっているのかわからない。
 ただ、機械鎧に刻まれた、彼にとっては痛覚を伴わない傷を見て、心を痛めるだけ。
 でも、泣いてばかりじゃいられない。
 踏ん張っている彼らの手伝いをするのだから。彼を護る手足を作り上げるのだから。
「ほい、終わり」
 不器用なんだか器用なんだか、よくわからない包帯の結び目にウィンリィは少し笑って顔を上げた。
「ありがと」
「おう。やっぱ新しい腕は動きがいーなぁ」
「だからちゃんと手入れしなさいってば。あたしが丹誠込めて作ってんだから、マメに手入れさえすればねぇ」
「マメって言うな!」
「あんたの事じゃないわよ豆!」
「オレの事だろうそれは!」
 いつも通りの口論を続けながら、ウィンリィは笑った。最初はむっとしていたエドも少しずつ吊り上がっていた眉がさがってゆき、そしてついには吹き出した。
 何がおかしいのかわからないまま、二人でけらけら笑い転げながら、ウィンリィは鋼の義手を軽くはたいた。
「大事に使うのよ」
「わかってら」
「どこまでホントだかねー」
 笑いすぎたせいで滲んだ涙を拭い、ウィンリィは笑っている幼なじみに向かって特大のあっかんべを送った。

 

―了―