たったひとり
テイルズオブシンフォニアの、本編前と本編後のゼロスとしいなのお話です。
※ゼロしい恋愛要素がふんだんにあります(元カノ設定有効)
お好きな方はどうぞ!
曲がり角で偶然ぶつかっておっとっと、なんて陳腐な出逢いだった。
招待された祝いの席に出る為、目的地である大広間に向かいながらも数名のハニー達に手を振る為によそ見していたのだから、圧倒的に非は彼にあったわけだが。
歩いていただけなので衝撃はさほどでもなく、ただ真正面から飛び込んできた人間を抱きとめるような形になった。だがグローブ越しに伝わる感触はまぎれもなく柔らかな女性のもので、その上後頭部で結わえ上げられた黒髪は艶やかだったから、即座に声と顔をそっち用に切り替えた。
「おーっと。怪我はないかな、お嬢さん?」
上げられた顔立ちは上等の部類だった。涼やかに切れ上がった目元、通った鼻筋、柔らかそうな唇。その唇が動いた。
「平気さ。悪かったね、こっちこそ」
案外にぞんざいな口調に瞬きをする。ここは仮にも城の謁見の間から正門へと続く回廊で、そんなところを歩く人間でこんな物言いをする女が居るという事実に驚き、そして見上げてきた瞳のまっすぐな光に呑まれ、この顔を見てもまばたきひとつしただけなのに首をかしげかけた。
更に支えるような形で掴んだ腕の近くにあった豊かな膨らみに視線が釘付けになりかけ、その服装がかなり風変わりだったのにとうとう顔をしかめた――のは気づかれないように笑顔の裏に押し込む。
「ナイスバデーなお嬢さん、俺さまとスイートなひとときを過ごさない? あ、お名前は?」
「その前にこの手を離して欲しいんだけどね、あたしは」
「おっと、これは失礼」
あっさりと手を引き、その手を胸の前で礼の形に翻す。
「失礼って言えば名前きいといて名乗らないってのもそうだな。俺さまはゼロスってんだけど」
「……ゼロス? ゼロス・ワイルダー?」
ますます眉間の皺を深くして、気の強そうな風変わりな少女は一歩だけ引いて上から下まで値踏みするようにこちらを眺めた。
こういう視線には慣れている。ただし若い女性にされるのは覚えている限り初めてのような気もするが。
今までになかった展開に興が乗り、ゼロスは愛想笑いのまま頷いた。
「そうそう。あ、やっぱ知ってた? 俺さまってば有名だからなーやっぱりこの知性溢れる麗しい容貌を周りがほっといてくれねぇっての? 町を歩くにも時々苦労するんだこれが参っちゃうねー」
立て板に水の如くすらすらと言葉を流し終えるのを待っていたのか、指の先を切って出したグローブの指を顎のあたりに当てた黒髪の少女は、紅もつけていないのに瑞々しい唇を開く。
「ゼロス・ワイルダー。ワイルダー家当主にして当代神子。放浪癖があり放蕩の傾向があるが、学問所での成績は優良。無類の女好きとされる。両親は亡く妹セレス・ワイルダーはトイズバレーの修道院にて療養中」
淡々と紡がれる説明に、ゼロスはすっと目を細めた。まるで何かの報告書を読み上げているだけの様な言葉にはなんの感情も宿っていない。
ただ向かい合って立っているだけであるはずの彼女に手を伸ばす気はかけらも起きなかった。これはただの変わり者や田舎者ではない。
迷子か何かだと予想していた判断を修正する。目の前に居るのは、戦う事を知っている存在、だ。
心理の内で警戒度を高めた視線の先で、さっきまでの無表情はあっさりと消し去った少女は、肩をすくめて口元を少し緩めた。そうすると途端に年相応に見える。
「……あたしがあんたについて知ってるコトなんてそんなもんさ。ま、女好きってのが確かだってのはわかったけど」
「へー?」
顔面には笑みを貼り付けたままでいつも外してある上着のボタンを右手の指先ではじいた。ついでに髪も肩越しに背にやって、口角を引き上げる。
「そっちは俺さまのコトをよーく知ってるってのはわかった。わかったけど、俺さまがそっちを全然知らないってのはフェアじゃないっしょ?」
試してみるつもりの問いかけに、少女はあっさり頷いた。
「それもそうだね。あたしはしいな。ミズホのしいな」
それで何もかも納得した。ミズホ。あの隠密集団のクノイチ、か。
道理で詳しい上にこんな場所でこんな格好のままうろうろしてるはずだ。おおかた、お偉いさんと何やら物騒かつややこしい話でもしにきたんだろう。
……それにしても。
「しっかしミズホの民ってのはみんなこんな格好なのか? 人目ひいてしゃーねぇだろーに。特にその立派なメロンは一度見たら記憶から消せねぇって、男なら」
まじまじとその深い合わせの胸元を覗き込んで言った直後、後頭部に鈍痛を覚え、次の瞬間には柔らかな緋の絨毯と全身で仲良くしていた。
なんだなんだと状況も把握できずに、のろりと顔を上げる。と、かすれた低いうなり声が聞こえた。
「こんの……っ」
見上げた先にはさっきの少女。右手は固く握りしめられている。どうやらあの拳が一応レベルでなく剣術やら武術やらを修めている自分を一撃で昏倒させたらしい。
その恐るべき拳骨を怒りに震わせたしいなと名乗った少女は、胸一杯に吸い込んだ空気を全部吐き出す勢いで叫んだ。
「アホ神子っ!!」
空白が訪れた。
今彼女はなんと言った。
神子、なら呼ばれ慣れている。他でもない彼のことだ。けれどその前に、何かとんでもない前置きがくっついてはいなかったか。
次の瞬間体を二つに折って大爆笑をはじめた彼を気味悪そうに見ていた少女は、ややあって憤然と踵を返して去っていった。
一連を見守っていたのだろう、慌てたように衛兵が駆け寄ってくる。大丈夫ですかとかけられる声に手を振って、ただその後ろ姿を目で追った。
桃色の帯がひらりふわりと揺れて去っていく様を見ながら、笑いすぎでにじんだ涙を拭いつつ起き上がる。
「しいな、か」
口の中で転がしてみた響きは柔らかかった。しいな、しいな。何度か繰り返して、さっきの鮮烈な記憶と結びつける。
このメルトキオで、いやテセアラで、神子にアホをつけて呼ぶ人間がいるとはついさっきまで想像もしていなかった。いなかったが、それは今まで彼を呼んだ中で一番心地よい響きを持っていた。
まっすぐな瞳。まっすぐな感情。それら全てで向けられた裏表なんて到底なさそうな、あの呼称を、もう一度聞きたいとそう思った。
とりあえず次の日、集めた限りの情報をもとに彼女が出入りしているという精霊研究所の前で花束を抱えて待ち構えてみた。無事に再会できた彼女は当然訝しみ、そっぽを向き、疑わしげな眼差しを隠そうともしなかったが、最後にはしぶしぶその花束を両手に抱えてくれた。
「まあ、いーけど別にさ。花はきれいだし。ありがとう」
少し照れた顔で、しいなはそう言った。
どんなに贅を尽くした贈り物を受け取るよりただそれだけの簡単な礼が心地よく胸にしみる理由は、よくわからなかった。
わからないままに日々を重ね、彼女を知り、そして結局彼はしいなを突き放した。
救いの神子であることだけを望まれて生きてきた。重要なのは神子であることであり、それだけの為に生かされてきたはずだった。
彼女が、あの日『ゼロス・ワイルダー』を文字通りたたき起こすまでは。
誰もが尊び、敬いを込めて呼ぶ「神子」を、ただの容れ物の呼称だったはずのそれをもってしてゼロスを呼び起こした、たったひとり。それがしいな。
だからこそ、彼女を手放した。そうして、神子という束縛から自由になるという目的の為に危ない橋を渡りながらうまく立ち回ることを最優先に置き、利用出来るものは利用してそうでないものは切り捨てた。
そのはずだった。
だと言うのに、人生はわからない。
何をどう間違えたのか、これが最後のつもりだった捨て身の賭けは不確定要素の乱入による大番狂わせの末に、とんでもないオマケまでつけてきたのだ。
「こんの、アホ神子ー!!」
彼女に初めて出会った日に抱いた願いは一応達成され、それこそ親にもされたことのない手荒い扱いを山ほど受けた。頬が腫れ上がったりたんこぶが出来たり鼻の頭をすりむいたり、せっかくの日頃のお手入れの成果の顔を台無しにされる事も多々あった。まあそうされる事がわかっていてやっていたのだから、別に不満があるわけではないが。
しかし今は大いに不満がある。
「いいいいいきなり何すんだい!」
ゼロスは、真っ赤な顔で仁王立ちしているしいなを見上げた。
「何ってキスを」
「言わなくていい!」
ごくまっとうな返答をしたのに、彼女は怒髪天を衝く勢いをゆるめる気配もない。
「しいなが聞いたから答えたのにー。大体いきなりっておまえ人聞きの悪い。まあ確かに隙はついたけど」
「うるさいうるさいうるさいっ!」
見慣れた彼自身の部屋に、一応世間ではいわゆる恋人同士と呼ばれるであろう女性と二人きり。久しぶりにこれと言って急用があるわけでもないのんびりした時間なのに、どうして床にへたりこんでいなければならないのか。不意打ちで彼女の唇を奪っただけだというのに。
「しいながかわいいのが悪いのに」
「なんだって?」
小声での抗議はよく聞こえなかったらしく、ぎり、とにらみ付けてくる視線を真っ向から受け止めて、ゼロスは小首を傾げてみせた。
「予告すればキスしても殴らない?」
「確認もするな!」
ならばどうしろというのだ。床の上に組んだあぐらに頬杖をついて、ゼロスは唇を尖らせる。
不意打ちも駄目、予告も駄目となるともう方法が思い浮かばない。かといってこのまま一生お預けでいるのも馬鹿馬鹿しいし、心身の健康にも良くない。
しばらく思案した後、ゼロスは右手で膝を打った。
「はいはいわーったわーった。じゃあ練習しようぜ、しいな」
「……はあ?」
不審、と絵に描いて額に飾って題をつけたような顔と声で問い返すしいなを、指先でちょいちょいと手招く。しばらくためらっていたようだが、彼女は桃色の帯を揺らしてゼロスの前にしゃがみ込んだ。
「恥ずかしいんだろ? でもこれだって結局は慣れだって、慣れ。何回したって減らないし俺さまは嬉しいから構わないし。あ、誓ってちゅー以上はしないから」
どうだか、と言いたげな目で彼を見ているしいなの頬を軽くてのひらで挟み込む。「え」と声を漏らす彼女をなるべくそっと引き寄せ、額に口づけた。
と、しいなが我に返ったらしい。その柔らかな頬がぱっと染め上がっていく。
頬にあてていた手で顎をすくい上げ、彷徨っていた目線もきっちり絡め取った。
「こ……っこの、アホ神子! 馬鹿ゼロスアホゼロスエロゼロス!」
やぶれかぶれにわめくしいなの頬に口づけを落としながら、ゼロスは肩をすくめた。
「はいはい、なんとでも呼んで。しいなが呼ぶならなんでもいーし」
「何わけわかんないこと言ってんだい!」
「そぉ? 顔が赤いぜ、しいな」
ゼロスはじりじりと距離を詰める。それを阻むべく彼の胸板を押し返すようにしているらしい手には、まるで力が入っていない。
「あ、あかくないっ」
どもったあげくかすれて上ずったしいなの声。
悟られまいとしているらしい努力など彼にとっては紙でできた盾くらいのものだ。口角を引き上げて、ゼロスは笑った。
「いーや、この上なく正真正銘真っ赤っか。おいしそーなくらい」
「おっ」
絶句した隙に、ほら目ぇつぶれって、ともう片方の手でぐいと肩を引き寄せる。体を強張らせながらも、しいなはきっとゼロスをにらみつけた。
「あっ、あんたのせいじゃないか!」
虚をつかれて、目を丸くする。
「俺さまのせい?」
そう呆然と呟いた後、彼はにっこり笑った。
罵倒されているはずなのだが、事実しいな自身はそのつもりなのだろうが、その内容ときたら。
(とんでもない愛の告白にしか聞こえないぜ、しいな)
何故か、あ、とかう、とか呟いているだけのしいなをあらためてきっちりと抱き込んだ。顔がゆるむのはもうどうしようもなかったので、額に額を寄せるようにして彼女の視界を陣取る。
「……俺のせい?」
彼女にとって優しいものであるように細心の注意を払いながら、もう一度、唇を重ねた。
―了―