君の美徳

Tales,小説ゼロしい

テイルズオブシンフォニアの、本編終了後、まだ微妙な感じのゼロスとしいなのお話です。ほろにが風味。

※ゼロしい恋愛要素がほんのりあります(元カノ設定有効)

お好きな方はどうぞ!


 

 きれいな水をください。
 ほんとうはそれが欲しいのに渇いて泣けない心の真ん中へ。

 

「そもそも、なんだってあたしが」
 ぶつぶつ呟きながらも、しいなはぱたぱたと軽い音を立てながら右から左へ、手前から奥へと小さな部屋を縦横無尽に動き回った。もともと客間と呼ばれている部屋ではあるが、あまり使わないので半ば物置と化している真ん中に寝床をしつらえるのは、少々時間のかかる作業だったのだ。
 一方寝床を用意されている客である元神子は他人の家にも関わらず、畳の上に転がってくつろぎきっているようだった。
「悪いねぇ。明日メルトキオに帰ってから、しいなを呼びつけてもよかったんだけど。ちょーどアルタミラからの帰り道だったからさ」
「用事があったんだから、悪いとは言わないけどさ。おじーちゃ……頭領に付き合って酒盛りまでする必要はなかっただろうに」
 顔をしかめたしいなは、押し入れから寝具一式を取り出してどさりと落とす。口を滑らせて、普段の呼称が出てしまったのを恥じるかのように、その仕草はやや乱暴だった。
 アルタミラで、リーガルを初めとするテセアラの企業主達との協議を終えたゼロスが、ふらりとミズホにやってきて「夜遅いから泊めて」などと言い出したのは、とうに夕餉も終わった時間だった。
 仕方なく頭領の屋敷――つまりはしいなの家でもあるのだが――に泊めてやることにしたはいいものの、何故か妙に盛り上がった頭領とゼロスが酒盛りを始めてしまい、ようやくお開きになったころには日付が変わってしまっていた。
 この隠れ里では、涼やかな虫の音と水のせせらぎだけが静謐を満たす。よって、しいなが口をつぐんで、敷布を整えはじめるとよりいっそう静けさが際だった。
「そういえばあんた、布団で眠れるかい? 生憎、寝台はないんだよミズホには」
 振り向いたしいなの気遣いに、ゼロスはまだ酔いの回ってるらしい頭を振って、おっとなどとよろめきながら笑う。
「なーに言ってんのよ、しいな。すっかり野宿にも慣れてる希少価値な貴族様だぜ? 俺さまは」
「それもそうだったね」
 あっさり頷いて、しいなは笑った。共に旅をしていたときは野宿に雑魚寝が通常で、ぶつぶつ文句を言いながらもしっかり眠っていたのだ。しゅっと小気味良い音を立てて敷布を引っ張り、寝具をくるむと立ち上がった。
「さて出来た。ほら、明日も早いんだろ? とっとと休みな」
 部屋を横切って行こうとする体がつんのめる。怪訝に思って振り返ると、そこには帯の先を手の中にとらえて、何かを企んでいるような笑みの男が居た。
「まだ俺さま眠くねーし。もうちょい付き合ってよ」
 半眼で足元に寝そべっている男を見下ろす。女好きの遊び人の女たらし、しいなの名付けて曰く「歩くワイセツブツ」は、酒精の影響か、いつもの鋭さが減っていて、ちょうど里の子ども達がもっと稽古をしようとせがんでくる時の様子にも似ていた。
 しばらく考えた末、ふすまに近い方に腰を下ろす。正座をすると、ゼロスも捕まえていた帯紐を解放してから身を起こした。
「めっずらしー。どーしたのしいな」
 自分から言い出しておいて何言ってんだい、と顔をしかめると、口に出してなかったのにそれを読み取ったのか、ゼロスは笑った。
「だっていつもなら逃げるじゃないの。俺さまと二人きりなんて冗談じゃないとか」
 一瞬言葉に詰まったが、しいなは慣れた家の空気に助けられて、比較的早くに立ち直った。畳の上に正座をしているのが、やはり一番落ち着くのだ。
「ここはあたしんちだからね。変なことしたらたたき出すだけだよ」
「……この季節に身ひとつで野宿は勘弁だなぁ」
 嫌そうな口調のゼロスは、しかしくつくつと笑っている。酔っているのだろうが、それにしても上機嫌だ。
「随分ご機嫌じゃないかい? まあ盛り上がってたみたいだけど」
 酒宴が盛り上がりきった頃には、酔っぱらいには付き合いきれないとさっさと逃げ出したため、何を盛り上がっていたのかはさっぱりわからない。尋ねてみた言葉に、ゼロスはにっと笑った。
「しいなさんご幼少のみぎりのお話などを少々」
「なっ」
 絶句するしいなに、ますます楽しげにゼロスは笑う。
「だーって、俺さまと頭領の共通の話題っつったら最たるモノはしいなしかいないっしょ。あ、俺さまの知ってるしいなの話もたーんとしといたから」
 膝の上に揃えた両手を握りこぶしにして、向かい合って座っている男の紅の頭にぶつけるのに、まばたきするほどの時間もいらない。げいん、となかなかいい音がした後、しばらく頭を押さえて呻いていたゼロスはがばと体を起こした。
「せめて殴る前に予告してくれよ~」
「善処するよ」
 ぷいとそっぽを向く。
 そもそもおじーちゃんもおじーちゃんだ一体何を話したんだろう植えられたばかりの畑の苗を雑草と間違えて全部引き抜いた話だろうかそれとも5歳になるまでおじーちゃんの隣の布団で眠っていたことだろうかそもそもこいつの事だおじーちゃんに余計な事をあれこれ吹き込んだに違いない。
 もともと多くの情報を取捨選択することに慣れている回転のいい頭を、さらにフル回転させてから、戻した視線で睨み付ける。
 その先で、ゼロスはあぐらをかいた膝の上に肘をついて、くつくつ笑っていた。
「……何が可笑しいんだい」
「んー? しいなは頑固でお人好しですーぐ思ってることが顔に出る、俺さまが話に聞いてたクノイチとは大違いだったって言ったら、じーさんうれしそーに笑ってたぜ」
 怒る気力も失せて、今すぐ床に手をついて力尽きてしまいたくなる衝動を必死で堪えた。
「なんであんたがうれしそーなのさ。ああそうさ、どうせあたしはシノビとしては向いてないよもっと鍛錬しなきゃならないさ」
 投げやりにそう言うと、ゼロスはなおも小さく笑い続けた。
 人が気にしてる事なのに。それに気づかないような鈍さとは無縁だろうに。全くこの男ときたら底意地の悪さは天下一品だ。
「あのなー、しいな。じーさん嬉しそうだったつったろ、俺さま」
「嬉しそうなのはあんただろ。人の欠点がそんなに面白いかい?」
 じと、と睨み付けたのに、ゼロスは笑ったままで唇の片端を引き上げた。
「何が欠点だよ。しいなのいいとこだろ。お人好しなのも、すぐ顔に出るのも」
 凍った。時間も、言葉も、何もかもが凍り付いた。
 それと同じ様なことを言ってくれた少年が居た。
 彼は誰にでも優しかった。しいなのシノビとしての最大の欠点である感情の発露すらも、それがしいなだろうと肯定してくれた。
 けれど、彼には「特別」が居た。だから胸に芽生えかけたモノを押し殺した。枯れて朽ち果てるまで、そのままにした。
 もう水はやってはならない。育ててはならない。だから、ずっと心の真ん中が渇いている。
 既に痛みも感じない。二人を前にしても笑えるし、二人が幸せそうなのを心から喜ぶことができる。けれども。
「おーい、しいなー?」
 ひらひらと目の前で何かが動いて、はっと我に返った。既にいつもの手袋は脱いで、楽になっている男の手がひたりと止まる。
 なんだい、と平静に問い返そうとした言葉は、喉をかすって出てこなかった。
 その様子をどうとったのか、上機嫌だった彼の口元から笑みが消えた。心なしか真剣な瞳が、訝しげに覗き込んでくる。
「――なんだよ、お前そんなに気にしてたのかよ? あのさー、非情なだけがシノビじゃないでしょーが。現にお前のじーさんはあのとーりいいじーさんじゃねぇか。育ての親に似たんじゃねぇの?」
 違う。そうじゃない。気にしてたのは気にしてたけど、けれどそうじゃなくて。
「……なんであんたが言うんだい」
「は?」
 きょとんと問い返してくる声に、いつのまにかうつむいていた視線をあげた。
「だから、なんで、あんたが――」
 ずっとずっと、心の底にそれはわだかまり続けていた澱み。自分はシノビに向いていない。非情に徹しきれない。誰よりも優秀なクノイチになって、里の助けにならねばならないのに、それが出来ない。
 そんな自分が情けなくて口惜しくて大嫌いだった。だから、それでもいいんだときれいな水をかけてくれたあの少年の言葉が大事な宝物になった。
 でもそれは、これ以上育てるわけにはいかない。だから、意識して考えないようにするしかない。
 なのに。それを、どうして。さも当然のように、何でもないことのように、他の誰でもないゼロスが口にする?
 睨む強さでしいなが見つめるその先で、意にも介さず紅の髪を肩から払ったゼロスは、笑みの形に整えた口を開いた。
「お前は、俺を呼ぶから」
 唇は、「え」の形に動いた。けれども声は出ない。
 何か言わなければ。いや、今の言葉の意味を問わなければ。混乱した頭はそう考えるのに、体の動きはひとつもついてこなかった。
 沈黙が痛い。重い。心地よいはずの虫の音が、耳の中でいやに反響してうるさい。
 何か。何か。何か――
「さーて、もうそろそろ俺さまも寝るかなー。しいなも休んだ休んだ。明日の朝お見送りヨロシク」
 金縛りがとけた。
 伸びをしながらの気楽な調子の言葉に、救われたような心地でほっと忘れていた息を吐いた。こくりと頷き、視線を一度外してしまうともう合わせるのが怖くて、逃げるようにして立ち上がる。
 ふすまを開けて廊下から閉めようとした手を、けれど止めた。
 このままでは、きっと明日の朝顔を合わせられない。
 それではいけない。いつもと同じように明日の朝を迎えて、今まで通りのやりとりを続けないと、ここで何かが終わってしまう。
 わけもなく、そんな予感に突き動かされて、しいなは気力を振り絞って顔だけを閉めかけたふすまの間からのぞかせた。
 こちらを見ていた灰青色の瞳と視線がかちあう。
 ある意味、ヴォルトに向かった時よりも強張ってがちがちに力の入った肩で、息をひとつ吸って。
「……おやすみ、ゼロス」
「おうよ、おやすみ」
 ゼロスは笑っていたから、しいなもなんとか唇の端にわずかな笑みを浮かべて、ぱたりとふすまを閉じた。
 逃げるように自室に戻り、後ろ手にふすまを閉めて、そのままずるずると畳の上にへたり込む。
 ゼロスは酔ってたんだ。だからきっと、意味なんてない。
 意味なんて、ない。そうに決まってる。
 けれど、目の奥が熱いのは、干上がらせたはずの心が水を生み出すのは、何故なのだろう。
 滲んだ自分の部屋は、何故か酷く現実味に欠けていた。

 きれいな水をください。
 それがほんとうに欲しいのだと泣く渇いた心の真ん中へ。

 

―了―