Turn and turn
テイルズオブシンフォニアの、本編開始前からED(ラタトスク)以降の、別れて再会して旅をしてもう一度二人を始めることにするまでのゼロスとしいなを時系列順に追った、短編14本の連作集です。
※ゼロしい恋愛要素がふんだんにあります(元カノ設定有効)
※ロイコレ要素もあります
※個人の解釈と妄想によるねつ造要素が満載です
お好きな方はどうぞ!
1 (押し込まれた愛情)
なんてことはない。簡単なことだ。
何もなかったことにして小さくなるまで握りつぶして胸の奥底に沈めた後、厳重に鍵をかけてしまえば良いだけだ。
感情の種類は違えど、物心ついたばかりの頃からずっと、幾度も繰り返してきた。だから今度だって同じ事。
けれど、自分で鍵をかけたのでは、すぐに開いてしまうかもしれないから。
「……つまり、何が言いたいんだい? ゼロス」
きらり、猫のような瞳が光った。ミズホのクノイチには似合わない、けれど彼女には似合う昼の陽射しが差し込む中庭で。
繁栄し続けるテセアラの王都の中心に位置する閑静な高級住宅地の中庭は、鳥籠のように静かで平和だ。
噴水の音と、どこからか紛れ込んだ小鳥のさえずりだけが響くその庭で、うららかな陽射しとはうらはらに、しいなは拳を握りしめてゆらりと白い椅子から立ち上がる。
「おーこわいこわい」
茶化すように肩をすくめると、いつもなら即座にふざけるなと返ってくる怒声はなかった。かわりに、下唇がきつく噛まれている。ゼロスはわずかに眉をしかめた。
(あんなに噛んだら血が出るだろーに)
冷静なままの思考がそう呟くのを他人事のように感じながら、口元には軽薄な笑みを刻んだままにその唇を開く。
「だってそーでしょーよ。一応これでも仮にも、俺さまとしいなは恋人同士のはずなんじゃなかったっけ?」
「それが?」
何か膨れあがるモノを押し殺した声。後もう一歩。もう一押し。
「それと、あのお嬢さんたちがあたしに寄越したイヤガラセの文とになんか関係があるってのかい? きっちり聞かせてもらおうじゃないか」
言って、テーブルの上にぶちまけられた手紙の山をしいなが親指で示す。つい先程、鬼のような形相でしいなが持ち込んだものだ。
中身を開いて見ずとも、書かれているであろう内容は知っていた。ちょっとお嬢さん方の耳元で甘く囁くだけで良かったのだ。『おままごとの相手も疲れる』と。
笑みを深くして、ベンチに座った足を組み替えた。それが彼女の怒りを煽るのに一番効果的であることを前提として。
「だーって。手を握るのもやっとって、いくらなんでもさー。俺さま、お子様とおままごとやりたいわけじゃねーしなぁ」
ひらり、手を振る。
「けどまぁ、それはそれ、これはこれ。一晩遊んでくれるおねーさんならたっくさんいるし、まあしいなも割り切って」
「割り切れるかこのアホ神子ー!」
怒声と共にものすごい勢いですっ飛んできた植木鉢から、すんでのところで身をかわす。
がしゃん、とそれは噴水の中に飛び込んで破壊音と水音とを一時に立てた。壮絶な音に、さすがにこめかみのあたりから一筋の冷や汗がしたたり落ちる。
「いくらなんでも、アレが当たったら俺さまの命が危ないと思うんですがしいなさん」
「知るか!」
彼女の懐に潜んでいる刃より鋭く斬りつけるような声が叩きつけられた。あまりのまっすぐさに、作ったモノではない笑みが浮かぶ。
当たり前だ。その一言を待っていたのだから。その一言を引きずり出すために、わざわざ人気のない、誰も入ってこないこの中庭を選んだのだから。
怒りの炎を宿してまっすぐにこちらをにらみ据える瞳の、なんと力強いこと。こんな時ですら、彼女は決して目をそらさない。
それは清涼な心地良さ。それは細糸を渡る恐ろしさ。
「もーあんたなんか知るもんか! 綺麗なお嬢さん方と好きなだけ遊んでればいいさ! 今日限り、あたしはもうこの屋敷には来ない!」
一気にまくしたてると、彼女はくるりと身を翻した。鮮やかな紅色の腰帯が後を追って舞うように揺れる。
それを呆然と見送りそうになるのに、我に返った。
行ってしまう。
このままではダメなのに。これでは、鍵がきちんとかからない。
「しいな」
「何!?」
足を止めて、半身だけこちらに振り向いた彼女がきっとにらみつけてくるのに、笑みを向ける。
とっておきの、作った笑顔。普通の女なら、一発でしなだれかかってくれる極上の笑顔。
けれど、彼女には決して通用しなかった、笑顔。
「俺さまはしいなが好きだぜ?」
「あたしはあんたが大嫌いだよ」
かかった。
さあもう大丈夫だ。鍵は厳重にかけられた。
だからもう何も怖くない。もう誰も踏み込んできたりしない。開けようとしても開け方がわからないまま、死ぬまで眠り続ける。
それでいい。
選んだ扉がどこに通じていようとも、これからこのテセアラに何が起きようとも、これでいい。
するりと中庭の出入り口の向こうに、鮮やかな桃色の帯が消えた。
ガラス戸に映ったそれを押し込めるようにまぶたを下ろす。