ふれる、ふるえる
テイルズオブシンフォニアのED後、ゼロスとしいなのお話。
※個人の妄想と解釈によるゼロしい恋愛要素が含まれています
お好きな方はどうぞ!
丁重にやってきた王宮からの使者を、これまた丁重に執事が自室へと通して来たのに、ゼロス・ワイルダーはそろそろ自身が一体化するんじゃないかと危惧している椅子の背から身を起こした。
数分の仮眠のために目の上にかぶせていた書類を取り払い、そうして扉のところで畏まっている男に目を向ける。近衛兵でも教会兵でもない、文官姿だった。幾度か謁見の際に見た顔だ。侍従のひとりだっただろうか。
「お時間を頂き、恐縮でございます。ゼロス様にはご機嫌麗しゅう」
男が恭しく一礼し口上を述べるのに、軽く手を振ってやめさせる。
「まー忙しいのはお互い様だし、手っ取り早くいこうや。呼び出しじゃないってことは、何かあったのか?」
「は、それが」
と、控えめに扉がノックされ、使者の口は閉ざされた。来客中にわざわざ割り込むような使用人はワイルダー家には居ない。それが非常時でなければ。
ゼロスは眉を跳ね上げて、なんだと声をかける。扉が開いて、現れたセバスチャンが軽く頭を下げた。
「ゼロス様。火急の知らせと、ミズホの方がいらっしゃいました」
「通せ」
「は」
もう一度セバスチャンが引っ込むのと入れ替わりに、使者が喉のカラーに手をやって呻いた。
「やはり」
その言葉を聞きとがめ、かつてはただの荷物置きだった机にゼロスは肘を置いた。
「やはりとは?」
「まさに、私がお伝えに参りました件について、ミズホの民が知らせに参られたのでしょう」
低い声で使者は前置き、軽く咳払いをしてから、口を開いた。
「藤林どのが、かねてより調停のため訪れていた村にて、捕らえられた模様です」
なんのジョークだと笑い飛ばしたかったそれは、その後セバスチャンの案内ももどかしく飛び込んできたおろちの言によって、証立てられてしまった。
彼は、『しいなからの定時連絡が二日にわたって途絶え、繋ぎの者は捕らえられたと要求書を持ち帰って来た。王宮の動きの詳細を直接伺いたい』とやって来たのである。
情報をありったけ引き出した王宮の使者を帰した後、おろちは苦々しげに唇を噛んで、豪奢な絨毯を睨み据える。
「しいななら、抜け出すくらいわけもないはずなのです」
「そうだろうな」
絞り出すように告げるおろちにあっさり頷いて、ゼロスは椅子から立ち上がり、ソファに腰掛けると向かいのそれをおろちにすすめた。かたじけないと一礼して、隠密集団ミズホの頭領、藤林しいなの片腕である男が身を沈める。
使用人がワゴンと共に入ってきて、紅茶を用意して退出する。小花模様のカップを取り上げ、その湯気を吹き散らし、ゼロスは唇の端で笑った。
「あいつはあれで、クノイチとしては申し分ない腕を持ってる。なのに脱出をはからない。ということは、出来ないか、やらないか、どちらかだ」
「まさにそこです」
おろちは頷き、すすめられるままに紅茶を口に運んだ。
「出来ないのであらば、そしてまだ命があるのならば、我らで救出すればすむ話です。多少の時間は必要となりますが」
「問題は、やらない時だな」
「そして今回は、その可能性が大きいかと」
しいなの幼馴染みであるおろちは、彼女の気性をよく理解している。ゼロスが危惧していることなど、きっとおろちには予想の範囲内だろう。
しいなが、旧テセアラ側の全権大使として今回調停――というよりも説得――の為に訪れていた村は、頑なに提案を突っぱねる側の勢力が強かった。融和派もいるにはいたが、もともと旧シルヴァラントは各地区が独立状態にあることが多かったので、各地で領主の様な役目を帯びた者がその地方独自の統治を行っていた。その為、権力を持っている者の意思が、そのままその地方の意思になってしまう事になる。
使者が携えてきた向こうからの書状には、村長の名で、全権大使の身柄は預かった、返してほしくばこの地区の自治と独立を認めよと、声高な様子で記されていた。
ぴん、と妙にしわの寄っている紙を爪ではじく。おそらくは王かその側近によって、一度握りつぶされたのだろう。
おろちが持参したミズホ側への要求書にもほぼ同じ内容が記されており、やはり妙にくたびれていた。
二枚を見比べながら、ゼロスは息を吐く。
「言われなくても、ふつーに自治が前提なんだけどなぁ。テセアラにだって、そこまで抱え込む余力はねえっつの」
呟きに、おろちが力強く頷いた。空になったカップを戻し、居住まいを正す。
「それはしいなが今回特に言い添えに参ったはずなのです。それでもその要求が来ると言うことは」
「こいつ、よっぽど後ろ暗いことがあるんだな。なんか過去にやばいことやらかしたか、こっそり蓄え込んでるとか」
「おそらくは。しいなが最後に寄越した報告にございます」
鳥の足にでも結んでやりとりをしていたものなのだろう、差し出された細長い紙は小刻みに皺が寄っていた。
そこには見慣れはじめてはいるが、まだ完璧に読みこなせないミズホの文字が連なっていた。心なしか、普段の彼女が綴っているものより荒れているように見える。
「読み上げます。『村長は密かに兵まで配置して干渉は無用の一点張りだ。説得できれば長男が突破口になりそうだ、出来るだけはやってみる』――以上です」
出来るだけ。その範囲が恐ろしく広いのが、藤林しいなという人間だ。
「――閉じこめられているなら、村長に近いところだろうな」
「そしておそらくは、その状態で件の息子にも接触出来るのでしょう」
あのお人好しのクノイチは、囚われの身で説得工作を続けているのだ。
期せずして、ため息が重なった。ふと笑って、ゼロスは肘掛けに置いた腕で口元をかくす。
「苦労するね、おまえさんも」
今まで緊張しきっていた顔をわずかにほころばせ、おろちは首を振った。
「いえ。既に数名を送り込みました。いずれ、ご報告に」
「いいもんで頼むわ」
「必ず」
端的に請け負って、しいなからの報告を懐に戻し、おろちが立ち上がった。彼は彼で、不在になったミズホの頭領の代わりを務めねばならないのだ。多忙なのだろう。
ゼロスも立ち上がり、協力者の為に扉を開けてやった。恐縮したように礼を述べたおろちが、ゼロスの手の中にある二枚の書面に目を留め、立ち止まった。
「こちらに来た要求書も、テセアラ王に」
「りょーかい」
「その前に握りつぶされても、写しは用意してあります故」
一度だけ灰がかった蒼の瞳を瞬かせて、そしてゼロスは片頬を歪めた。
「ご好意に感謝」
「いえ」
控えめに頭を下げたおろちが扉の向こうに消えると、ゼロスは二枚の紙きれを持ったままソファに戻った。柔らかな背もたれに体重を預け、天井を仰いで目を閉じる。
あのお人好しは、きっとあの村の中で結論が出るのを待っているのだろう。できれば、こちらが望む形のモノであるように仕向ける目算があって、捕らえられているのだと、そう考えることは容易だ。
手を出すわけにはいかない。たとえ余裕があったとしても、テセアラの軍を向けることも彼自身が出向いて派手に暴れることも、しいなの目的を阻害することにしかならない。きっと彼女は、誰も傷つけず、傷つけあう事なく、なんとか事態を収めたいのだろうから。
ミズホの民がうまくやるだろう。情報を撒き、攪乱させ、しいなの説得が通じやすいように内側から切り崩す。それを待てばいい。
ふ、とゼロスは鼻で笑ってみた。
手の届かない所にいる彼女の安否が不明なのは、今にはじまったことではない。
まだ実在することすらあやふやだった頃のシルヴァラントへと神子暗殺の為にしいなが出向いた時に比べれば、所在がはっきりしている分だけ現在の方が状況としては悪くはない。
悪くはないはずなのに。
完膚無きまでに握りつぶされた紙くずがデスクのそばに転がっているのを、入室してきた執事が拾い上げて、丁寧に広げ皺を伸ばす。
なんとか原型を取り戻した紙を机の上に載せたセバスチャンは、ソファに座り込んだままの主に向かって恭しく頭を下げた。
「ゼロス様。テセアラ王から、急ぎ城に来られたしと御使者がおいでです。藤林様の件についてご相談と」
「可及的速やかにと伝えろ」
「かしこまりまして」
執事が下がると、ゼロスは忌々しい紙切れを掴み上げるために立ち上がった。
****
全てを投げ出して――文字通り放り投げて、彼は自室の扉を力任せに引き開けた。ワイルダー家の長い歴史の中でもかつてないほど乱暴に扱われた扉は、それでも役目を律儀に果たし、主を廊下へと案内する。
そのままバウンドしてゆっくりと戻ってきた扉の把を白い手袋が包み、引き戻した。
階下から主の名を呼ぶ使用人のうわずった声が響いてくる。高かった足音がとたんに低くなった。
いってらっしゃいませ、そう送り出す声に答えはなかったが、扉が開く音は長年この屋敷を預かってきた執事が聞き慣れた通常のものだった。
ゆっくりと開閉の動作を繰り返し、先祖伝来の扉の無事を確認した執事は、髭に包まれた口元をゆるめさせる。
「やれやれ。まあ、それほどお嬉しいことがあったのだ。良かったではないか、なぁ?」
もちろん扉が応えるはずもないが、執事は金の把を労るように撫でた。
「陛下にはひとかたならぬご助力を賜りまして、お礼の申し上げようもなく」
片膝を真紅の絨毯について頭を下げるミズホの頭領に、テセアラ王の冠をその頭上に頂いた男は、鷹揚に頷いて片手を振った。
「無事で何よりであった。大儀であったぞ、しいな」
「は」
顔をあげたしいなの顔を確認して、王は安堵したように吐息を漏らした。
「わずかにやつれたようだが、元気そうで何よりだ」
「おかげをもちまして」
テセアラ城の謁見の間にひさしぶりに姿を現した全権大使は、もう一度頭を下げる。よい、と手を振ってそれをやめさせ、王は隣に佇む王女に向かって頷いてみせた。
それに応じたヒルダ姫が優雅にドレスの裾をさばき、しいなの前に進み出る。その白い手にしいなの荒れた手を取って立たせ、にこりと微笑んだ。
「しいな、本当によくしてのけてくれました。囚われの身でありながら見事な働き、父上もお喜びです。何よりそなたが無事であったことに、マーテル様へ感謝を捧げます」
「ありがたきお言葉です、姫」
微笑みを返し、しいなは一礼した。その様子に満足げに笑んだ王は、玉座の上で頬杖をつく。
「全く、よくやってのけたものだ。私は軍を派遣した方がよいのではないかと思うたのだが、神子がそれには及ばぬと申すのでな。しばらく様子を見ることにしたのだが、いやはや十日で片を付けてくるとは」
王の言葉に、一度だけ瞬きをしたしいなは、軽く首を振った。
「私だけの力ではございませぬ。陛下のご威光、我らが同胞の力あればこそ」
「そう謙遜せずともよい。そなたは全権大使以上の事を成し遂げてくれたのだ。まこと、見事と――どうした」
最後の問いかけは、謁見の間の戸口に現れた衛兵に対してのものであった。敬礼をした兵が、朗々と声を張り上げる。
「神子様がおいでにございます」
「うむ」
王が了承の意を表すが早いか現れた男は、その場で恭しく一礼をした。
「陛下、ヒルダ姫、ご機嫌麗しゅう」
「早耳だな、ゼロス」
笑みのまじった声に、顔を上げたゼロスは上等な笑顔のまま口を開く。
「おそれながら、陛下。しいなを全権大使にと推薦したのはこの身なれば、何かあればすぐにしらせようと仰られたのは他ならぬ陛下にて」
「確かに申したな。これは迂闊。その口調が嫌味のつもりなら、普段のものに戻すがよい」
笑んだテセアラ王に笑い返すと、ゼロスは続いてその場に立ち尽くしているしいなに目をやり、うってかわった気軽な様子で片手をあげた。
「いよう、しいな。元気そーで何より」
「……おかげさんでね。なんか今一気に疲れたけど」
がくりと肩を落としての返答に、彼は前に落ちかかってきた髪を後ろに払い、にっと唇の端を引き上げた。
「そーかそーか、そりゃいけねぇな。陛下、疲れてるよーなんで、我が家に招待して休ませようと思いますが」
しいなはぎょっとしたように目を見開いたが、王は顎に手をあててふむと呟いた。
「ここで休んでもらおうと思うておったのだが、しいなにはその方が気安いか。よい、報告の詳細は明日聞こう」
「んじゃ、明日」
ゼロスはしいなの傍まで歩み寄る。急な事態の推移に戸惑っているしいなの、いつものように一つに結わえられた頭を押して一緒に礼をさせ、次は背を押してくるりと回れ右させる。
そのまま出口へと連行されていたしいなは、はっとしたように扉のところで振り返り、失礼いたしますと頭を下げた。
「ゼロス! ちょっと、ゼロスってば!」
王宮の門をくぐり、貴族街に入ったあたりで、しいなは非難の声を上げた。広場でくつろいでいる人々に遠慮して、声量は幾分抑えてあるが。
傍らを歩くゼロスは、しいなの腕をつかんで連行の態勢を崩していない。
あくまで足どりは優雅なのだが、ちょっと力を入れて抵抗してみても拘束が緩む気配はなかった。
「あたし、今日のうちに報告すませて、ミズホに帰るつもりで」
「ここに来る道すがらにしてあるだろ。おろちが迎えに行ったって聞いたぜ」
面倒くさげな答えに、彼女は眉間に皺を寄せた。
「簡単にしただけだよ! だいたい、おじーちゃ――ご隠居だって、心配してるだろうし、早く顔を見せたいのに、って、あんた聞いてんのかいっ?」
返事がないまま、いつの間にか辿り着いていた慣れた屋敷の扉が開けられ、中に押し込まれる。おかえりなさいませ、と出迎える声も、いつもの執事のものだ。
思わず体の力を抜きそうになり、人の家に来て安堵してどうする、としいなは顔をしかめた。確かに幾度となく訪れ、勝手知ったる場所ではあるが。
「セレスは?」
「お出かけにございます。音楽会に」
「ああ、そいや朝に言ってたなそんなこと。用があったら呼ぶ」
「は」
主従のやり取りの間、しいなはつかまれたままの腕をどうやって振りほどこうかと思案していたのだが、そのままそれを引っ張られて階段へと連れて行かれた為に、せっかく練った作戦も無駄になった。
しいなの中で生まれていた戸惑いが、次第に怒りに転化する。ゼロスが強引に事をすすめるのはいつものことだが、それにしたってあんまりではないか。
ゼロスの私室兼執務室の扉が押し開けられ、先に入ったゼロスが扉を押さえるために手を離した。いつものように彼女が入るのを待っている。
一瞬ためらったものの、部屋へと足を踏み入れて息を吸い込んだ。
「あんたね、勝手に――」
扉が背後で閉まるのと同時に、傍らの壁に押しつけられた。瞬きする間もなく、頬を両手で挟まれて固定される。
そのまま唇が重ねられた。喉の奥でつぶれた呼気が、わずかに音を立てる。驚いて丸くした目を、息苦しさに閉じたあたりで、ゆっくりと押し当てられた唇が離れていった。
「な、なんだい、いきなり……っ」
呼吸を整えながらの抗議に答えることもなく、探るようにその蒼灰の瞳がせわしなく動き、そしてひたと止まる。しいなの瞳を覗き込むようにして。
「ケガは」
低い声に、視線の強さに、思わずしいなはたじろいだ。
「そ、そんなひどいもの……は。擦り傷とか、打ち身くらい」
「痩せた」
「そりゃ、しばらく監禁されてたんだから……」
答えながら、至近距離のしいなは、逃げるように視線を彷徨わせた。それを許すまいと、ゼロスの額が同じ場所に押し当てられる。
「なんか、酷いことは」
それが、女である以上の心配であることを悟ったしいなは、ただですら紅潮していた頬をさらに染めた。
「ないよっ! だから、大丈夫だから、離して」
顔を固定していた手が離れる。しいなが安堵する間もなく、その手は彼女を捕らえて引き寄せた。
息が詰まる。手加減のない抱擁に、しいなは身じろいだ。が、背に回った腕はよりいっそう捕らえた身体を閉じこめる為だけに動く。
次第に乏しくなる酸素を惜しみながらも男の名を呼ぶが、返答はない。こめかみのあたりに柔らかな感触が触れ、そして押し当てられた。
「――生きてる、よな」
掠れた声がそう囁く。
しいなは、一瞬顔をしかめ、そして次の瞬間にはそれを歪めさせた。
頬にあった熱が、瞼へとあがってくる。
唇を噛んでそれをこらえ、行き場のなかった腕を上げようともがくと、少しだけ拘束する力がゆるんだ。
なんとか右腕の自由を取り戻したしいなはそれを上げて、そっと男の肩のあたりに触れさせる。
ゆるゆると頭を預けると、押し当てる形になった耳に直接心音が響いてきた。それに息をついて、微笑む。
ゼロスからは見えないとわかっていても。
「……ばかだね」
呟いて、腕を男の背に回した。長い髪を巻き込んで引っ張らないように、慎重に。そうして回りきらない分を、服を握りしめることで固定する。
「幽霊は、あんたにさわれないよ」
頬にこぼれた滴を、とくとくと動く男の胸に預けて、しいなは目を閉じた。
―了―