内緒話
テイルズオブシンフォニアの本編後、リーガルのもとで働いているプレセアさんから見たゼロスとしいなのお話です。
※ゼロしい恋愛要素が下敷きになっています(元カノ設定有効)
※しいなさんは直接出てきません
お好きな方はどうぞ!
「どうもしいなと神子が良い仲になっているようなのだ」
書類を整理していた私の耳に、しみじみ呟いたその声が届いたとき、私は思わずその手を止めて硬直してしまいました。
ぎこちなく顔を上げた先には、リーガルさんがレザレノ・カンパニー最上階にある会長専用の執務椅子に座って遠い目をしています。旅をしていた時の囚人服ではなくて、今はもうどこから見ても立派な大企業の会長の格好をしているけれども、それでも私にとってリーガルさんはリーガルさんのままです。
世界統合が成された後、リーガルさんはレザレノの会長として世界を復興させる道を選び、私はそのお手伝いをする道を選びました。一部では私がリーガルさんの隠し子ではないかとの説も飛び交っていますが、リーガルさんは珍しく声を上げて笑ってから、「それではプレセアは私が5歳の時の子どもと言うことになるな。無理がありすぎる」と言って終わりにしてしまいました。だから私もそれで終わりにすることにしました。
実際、この子どもの形ではそう思われても仕方のないことですし、本当は28ですなどといちいち説明して回るのもばかばかしいです。リーガルさんは私を家族同然に扱ってくれていますし、その意味では正しいのかもしれないのですから。
そう、だから今もリーガルさんの相談相手――私の分析は中立の立場をとるからわかりやすくていいとリーガルさんは言います――をしながら、山と積まれた書類の整理をしていた所だったのですが。
「良い仲、というと?」
「まぁ、ロイドとコレットのように、という事になるか」
「……はぁ」
気のない返事になってしまいました。だって無理もありません。
ロイドさんとコレットさんは、誰がどうみても「互いが世界で一番大事な者同士」です。二人ともがあまりにもあっけらかんとあっさりとほのぼのと笑っているので、世間一般的な意味合いとしてなんだか違ってくるような気もしますが。
それに比べて、私の知ってる限りのゼロスくんとしいなさんは、ひいき目に見ても「気軽に喧嘩が出来る放蕩な弟とそれを叱るがんばりやさんな姉」という感じでした。その二人がロイドさんとコレットさんの様に、手をつないで寄り添い歩いてる様子など、想像の範疇外です。
「本当なんですか?」
「いや、私とて当人達に面と向かって確かめたわけではないが。雰囲気で感じ取れるものもあるからな」
リーガルさんは顎のあたりを撫でながら、新しい書類を取り上げました。
私だってロイドさんとコレットさんの雰囲気なら感じ取れます。あのお二人は隠そうとかそういう感情とは無縁の様に見受けられますから。けれど、ゼロスさんとしいなさんのお二人に雰囲気と言われても。
まだ半信半疑の私に、リーガルさんは少し重い口調で「実は」と切り出しました。
「メルトキオで知っている者は知っているのだがな。しいながシルヴァラントへ向かうより以前に、あの二人は交際していたことがあるのだ」
今度こそ私は絶句しました。
私が知っている限りでは、ゼロスくんはしいなさんにセクハラな発言を繰り返しては殴られ、しいなさんはゼロスくんのからかいにムキになってつっかかっているばかりで、とてもそんな感じの雰囲気にはほど遠かったのですが。
「元の鞘に収まった、とでも言うべきなのかなもしれぬな。あの二人には良いことだと思う」
私は目をまたたかせました。何も言わなくても、リーガルさんはわかってくれたのか、目元を和ませながら書類を脇に置き、机の上で両手を組んで口を開きました。
「プレセアも耳には挟んでいるだろうが、神子は亡きご両親との間の事情が複雑だ。今やたった一人の肉親であるセレス殿との関係も、難しかった。軽薄を装っているのは、彼なりの防御なのだよ。その点、しいなはあの通りのまっすぐな気性だからな、神子には安らぎであろう。しいなも、以前よりは強くなったとは言え、いつまでも一人で立っているわけにもいかぬしな」
リーガルさんがそう言うのなら、そういうことなのでしょう。深く聞くつもりもありませんし、必要もありません。
私はこくりと頷いて、そして書類を胸に抱きました。
「皆が、うんと幸せになるといいですね」
「全くだ。それではとりあえず私達のささやかな幸せのために、休憩を取ることにしようか、プレセア。ケーキが用意してあるそうだから」
「はい。それでは、お茶を淹れますね」
そんな会話をしていたことを思い出しながら、私はメルトキオの街角で既視感を覚える情景を眺めていました。
腕には書類と手紙と資料の束の詰まったファイルケースがあります。リーガルさんに頼まれて、私はゼロスくんへとこれを届けに来たはずなのですが、届け先のお屋敷にたどり着く前に渡す人を見つけてしまいました。
けど、取り込み中にしか見えないので、声もかけずにそれを眺めていたのです。
「神子様ぁ、いつぞやは楽しゅうございましたわ。今度はいつゆっくりお会い出来ますの?」
「そうですわ、ゼロス様。お忙しいのはうかがってますけど、たまにはお相手して下さらないと」
「あん神子様、私もお忘れになられては困りましてよ?」
色とりどりの綺麗なドレスに身を飾った女性達に囲まれた、紅の髪の持ち主は、私の見慣れたちょっと下品な笑い方ではなく、気どったような笑みを唇に浮かべて適当に相づちを打っていました。
……リーガルさんの観察眼も、間違うことがあるのでしょうか。
「まぁまぁまぁ、ハニー達。俺さまも忙しくてね、そうそうは体が空かないのさ。家ではかわいいスィートハニーが俺様の帰りを待ってるんでね~」
「あら、聞き捨てなりませんこと!」
「うかがいましたわ、神子様がネコをお飼いになられたって。可愛がっていらっしゃいますのねぇ」
「ま、さぞかし可愛らしゅうございますのね! 一度、わたくしにも抱かせて頂けませんこと?」
「それが、めちゃくちゃ人見知りでねぇ。俺さまも懐いてもらうのに一苦労……っと、プレセアちゃん!」
突然名前を呼ばれて驚きました。私はこれ以上ここで立って待つよりは、お屋敷で待たせて頂こうと思って踵を返しかけたところだったのです。
振り返った先では、笑いながらゼロスくんが手を振っていました。女性の方々に「悪いね、知り合いが訪ねてきたみたいだ。またね、ハニー達」と手を上げてこちらに小走りで駆け寄ってきます。
「いよう、プレセアちゃん! 相変わらず可愛いねぇ」
「こんにちは、ゼロスくん。ひさしぶりです」
「ひさしぶりだなぁ~。リーガルさんのおつかい?」
「はい。ゼロスくんに、これを」
言ってファイルケースを差し出すと、うげぇと何かが潰れたような声を出してゼロスくんはそれを受け取りました。かたかたと振って、中身の量を確認しているようです。
そんなことをしても中身は同じだと思うのですが。
「ま、こんなとこで立ち話もなんだし。寄ってって寄ってって。メシくらい食ってけるだろ?」
「はい。ゼロスくんは、大丈夫なんですか?」
ひょいとゼロスくんは肩をすくめます。ファイルケースをひらひら振って、情けない声でそれがさぁと呻いたゼロスくんは、それでも目元が笑っていて。
「これがなければ今日は一日骨休めだったんだけどねぇ。まあ、昼ご飯食べてる間くらい大目に見てよ」
「それじゃ、ご馳走になります」
ぺこりとお礼をすると、ゼロスくんは右手を優雅に胸の前で翻して「どういたしまして」と礼を返してきました。そういう仕草をすると、この人も貴族だったのだなぁと思い出します。
「で、リーガルさんは元気?」
促されて高級住宅街の方へ歩きながら、ゼロスくんが尋ねてくるのに私は頷きました。
「元気です。あ、その中に手紙が」
「私信で?」
「はい」
レザレノの会長であるリーガルさんと、旧テセアラ側マーテル教会の代表の様な形をとっているゼロスくんとは、公的なものと私的なつきあいがあるわけで、使い分けがあるのです。大人の世界って面倒な決まり事や不文律が山ほどあって、時々鬱陶しいです。
「そっかー。ま、プレセアちゃんも相変わらず可愛くて元気そうだし、何より何より」
私はゼロスくんを見上げました。
リーガルさんが言うまでもなく、ゼロスくんが私達を裏切って見せたあのとき、私もゼロスくんの闇を見ました。軽い言動も大げさな身振りも、何かを隠すための擬態なのだと知っています。ただ、ゼロスくんの場合、もうどこからどこまでが擬態でどこからどこまでが本当なのか、私にはわからない部分が多いのですが。
でも、今のゼロスくんは、とっても自然で、普通で。何も無理をしていないように見えて、そんなゼロスくんは初めてで、私はまばたきをしました。
「ん?」
視線に気づいたのか、きょとんと見返してくる瞳に、私はちょっと首を振りました。
「あの、そういえばゼロスくん。さっきのハニーたちはよかったんですか?」
「んー、いいのいいの。プレセアちゃんがせっかく訪ねてきてくれたのにさー」
「でも、ハニーでしょう?」
私が言うと、見上げていた先の唇が少し歪みました。道行く人が軽く会釈をしてくるのに手を上げて返しながら、ゼロスくんは低い声で私の名前を呼びました。あのね、プレセアちゃん、と。
「名前を呼び間違えられて、嬉しい女の人はいないんだね、これが」
「はい」
女の人でなくても、そうかもしれません。激怒する人も少ないでしょうが、感激する人も少ないでしょう。
「だから、みんなハニーなの。わかる?」
私はちょっと肩を落としました。つまりそれは、いわゆる十把一絡げとか言うものではないでしょうか。
「ゼロスくん、最低です」
何度か呟いた覚えのある台詞を、久しぶりに言うと、ゼロスくんは苦笑しました。
「まぁ、そう言ってくれるなよ~。プレセアちゃんのことは、ちゃぁんとプレセアちゃんなんだし」
言われてみれば、そうでした。初めてゼロスくんと出会った時の記憶は、まだ私がエクスフィアに寄生されていたときですからどこか霞がかかっているようなものですが、でもなんとなく覚えてます。
あれ、そういえば。
「でも、しいなさんのことも名前でしたね、ゼロスくん」
「んー? ああ、そーだっけか。だって初対面から『アホ神子!』とか叫んで殴り飛ばした人の名前、ふつーは忘れようたって忘れられないっしょ」
……初対面でゼロスくんがしいなさんに何をしたのかは、何も聞かなくてもだいたい予想がつきました。
「さてと、今からドア開けるけど。ひょっとしたら飛びかかってくるかも知れないから、身構えててね」
「はい?」
何度かお邪魔したことのある、大きなお屋敷の扉を引く前に、ゼロスくんはそんな注意をしました。首をかしげながらも、私はその通りにちょっと足を開いて立ちました。
かちゃり、と開いた扉の隙間から、ものすごい勢いで小さな何かが飛び出してきます。
「っとぉ!」
慌てた様にゼロスくんがそれを受け止めました。驚いた私の目の前で、ゼロスくんの腕の中に落ち着いたそれをよく見ると、白い子ネコでした。
「あーあ、ったく聞き分けのないヤツだなぁお前は」
ちりり、と首に飾られた鈴を鳴らした子ネコは、ゼロスくんの胸に頭をこすりつけて甘えています。私はさっきの女の人たちとゼロスくんの会話を思い出して得心しました。
「……ネコ」
「おう。そいえばプレセアちゃん、動物好きだったな。コリンもいじってたし。しいなが拾ってきてコレットちゃんが名付けたんだぜ、ミューってんだ。女の子ね」
そう言いながら、ゼロスくんはひょいと首根っこをつまんでそのネコを私の腕の方へ差し出しました。
瞬きしながらそれを受け取ります。みゃぁ、と小さく鳴いた白い子ネコは、あっさり私の腕の中におさまって、匂いをかぎ始めます。
私は半ば無意識にその足もとを探り肉球をそっと触って、その感触に少しだけ頬を緩めました。
……あれ?
「あの、ゼロスくん?」
「はいはい、なに?」
扉を手でおさえて私を通そうとしてくれているので、先に入らせてもらいました。ネコが伸び上がってほっぺたを舐めようとするのにちょっと片目をつぶってから、思いきって疑問を尋ねてみることにしました。
「人見知りなんじゃなかったんですか? このコ」
ゼロスくんは少し驚いたように目を見張って、それからウィンクして唇の前で人差し指をたてました。
内緒話、の合図です。
「黒ネコみたいなスィートハニーがね、こいつ以外の女を抱いたりしたらそれこそ体中の毛を逆立てて怒ったあげく、帰ってきてくれなくなるんでね」
……外見は12歳でも、長いこと私の中での時が止まっていても、自然と知っていることは知っているもので。
最初から名前だけで呼ばれていた黒い髪のしいなさん。ネコみたいに、身が軽くて少し吊り目のしいなさん。
そして、なんだかとっても自然体のゼロスくん。
リーガルさんから聞いた話と照らしあわせなくても、判断材料には十分です。
私はやれやれと思いながら、子ネコを抱き直して、そうですか、と呟きました。
帰ったらリーガルさんに報告することが増えたな、と思いながら。
―了―