肩越し
テイルズオブシンフォニアの、ラスダン攻略中のゼロスとしいなのお話です。まだ微妙な感じ。
※ゼロしい恋愛要素がほんのりあります(元カノ設定有効)
お好きな方はどうぞ!
彼女にどこかで見たのと同じような傷を見た。
癒しきれず、癒さないまま、放置している傷を見た。
共感を覚えた。嫌悪を感じた。同情をした。
彼女の矛盾も絶望も悲嘆も、それでもなお一縷の何かにすがろうとあがく行為も、とてもよく解ってしまった。
だから、彼女なら解ってくれるのではないかと思った。
だから、彼女ならそのまま捨てていってくれるのではないかと思った。
そう、いつだって独りで行くあの背中を見送るのはこちらだったのだから。
かつては機械人形じみた天使達が闊歩していた天空都市は、もともと生の気配が希薄な場所であったが、それでもまだ何ひとつ動くものがないというのはさらに寒々しいものを感じさせた。
しんと静まりかえっただだっ広い空間には、機械が低く静かに唸る音だけがこだましている。
リフレッシャーと呼ばれる回復装置も、グミなどを販売する機械も問題なく使うことができた。主もそれを扱う天使も皆いなくなったというのに、意志を持たぬそれらだけが未だに稼働しているようだった。
ガルドを投入しながら、誰も回収しないのにばかばかしいね、と銀髪の少年は両手を軽くあげ、なんだかガルドさんもこの機械もかわいそうだね、と金髪の少女は両手を組んで眉を下げた。
(天使、ね。あんなんでも居ないよりはマシだったってか?)
ひとりごちながら、ゼロスは固い床から体を起こす。
天使達の居住空間らしき建物の内部を探してみたのだが、寝床らしい寝床などなかった。無機生命体であった彼らにはそんなものは必要なかったのだろうと結論づけ、野宿の時と同じように寝袋にくるまって休息をとっていたのだった。
野宿とは違って建物の内部であること、曲がりなりにも部屋の中であることから、交代で一人ずつ見張りをして仮眠を取ることになっていたのだが、室内には静かな寝息がいくつか響いているばかりだ。
首筋に張り付く紅い髪を払いつつ見渡した室内には、彼以外に起きあがっている人影がない。
もはや意志だけの存在となったミトスに乗っ取られていたコレット、それを追いかけてきたロイド、デリスエンブレムとかいう認証システムのせいで離ればなれになっていた仲間達。みな疲れているのだろう、一時の休息を貪っているようだった。
ひいふうみい、と目線で寝袋からのぞいた頭を数える。そんなことをするまでもなく、足らないのが誰かなどよくわかっていた。
本格的に寝袋から這いだし、首を左右に傾けて伸びをする。あの責任感のカタマリの様な彼女が、見張りを放棄してそう遠くに行くはずもない。
案の定、自動で開く扉が開いた瞬間に、身構えて振り向く姿があった。
「よ、しいな。見張りごくろうさん」
「――なんだ、あんたかい。まだ寝てなよ」
戦闘態勢を解いて、しいなは肩をすくめる。軽く笑って返し、閉まった扉の傍らに背をもたせかけた。
「俺さまはじゅーぶん休んだからいーの。まだもうちょい寝かしとくのか?」
ちらりとしいなは腕を組んだ。空のないここでは、時間の経過がわかりにくい。あんたでロイドでリーガルで次があたしだから、と、見張りの数で勘定しているようだった。
「そうだね、もう少しってところじゃないかい?」
「そかそか。なら交代してやるから、お前休んでろよ。睡眠不足はお肌の大敵だぜ?」
「ばか」
あっさりとこちらの気遣いを切って捨てながら、しいなは右手を握り込んだ。めざとくそれを見つけ、片眉を跳ね上げる。
「……なんだ、それ?」
「え? ああ」
目で差した右手に気づいたしいなは、あっさりとそれを開いてこちらに示した。それを認めた瞬間、彼女の表情と同じ種類の笑みを浮かべる。
それは半分に割れた、クモのミニチュアだった。
逃げるな、といういましめかもよ、とロイドが笑ったそれを持っておこうと言ったのはしいなだった。宣言した通り、本当に持ったままだったらしい。
「お前ねぇ、フツー女の子はそういうグロテスクなものを持って立ちつくすもんじゃないと思うぜ?」
「悪かったね。生憎フツーとは縁がないんだよ。誰かさんとおんなじで」
彼女の精一杯の皮肉などどこ吹く風の様子でゼロスは壁から体を起こした。ゆっくり歩み寄って、彼女のてのひらからクモの半分を取り上げる。
つまんで目の高さに持ち上げ、唇を笑みの形にゆがめた。
「生まれた意味、生きている価値、ね」
呟きに、しいなは小さな苦笑めいた吐息をもらした。
「ロイドだって……色々あったのにさ。すごいよ、本当に」
「だな」
笑ってそれを肯定する。
そうと望んだことは一度もないのに、彼女も自分も命を背に負った。償うことで逃げていたしいな、全てを裏切ることで逃げていた自分。けれどしいなは先に立ち止まった。立ち向かい次に進む為に、立ち止まった。
だからもう二度と同じ場所には立たないのだと漠然と思っていた。こんな風に話をすることなど、ないのかもしれないと。
けれど、今はこうしている。不思議なものだ。しいなが暗殺の為にむかったはずのシルヴァラントからやってきた神子ご一行様と出会った頃には、想像もしていなかったというのに。
「ま、四千年続いてきたことをひっくり返そうってんだ。これが終わったところで、俺さまも大忙しなんだろうなぁ。リーガルの旦那の台詞じゃないけどさ」
「そうだね、あたしらだって……ってそうだ。あんたちょっとひどくないかい?」
突然向けられた非難の矛先に、驚いて目を丸くする。しいなはとがめるような眼差しをこちらに向けていた。
「何なに、俺さまが何かした?」
「したっていうか」
唇を尖らせて、しいなは腰に手を当ててゼロスをにらみ据える。人工的なここの明かりは彼女の目の色に合わないな、と思いながらその視線を真っ向から受け止めていると、しいなは右手に残っていたクモの片割れを握り込んだ。
「あんた、ミズホの事はまかせろとか言っておいて。あんなニセモノの甘言にのせられかけるなんてサ」
きらりと、濃い榛の瞳が光る。両手をあげて、こちらに向かってきそうな彼女を押しとどめるようにてのひらをむけた。
「ちょ、それはないでしょーよしいなさーん。お前だって、ミズホの里が救われるならとかちょっと思ったでしょ」
「ぐっ」
言葉に詰まったしいなは、けれどもその立派な胸を反らせる。
「あんたのまかせとけは泥船だって言ったのはあんたじゃないか」
「あらら、言葉の文ってご存じない?」
「あんたに言われなくたってよぉっく知ってるよ」
しばしにらみ合ったものの、やがてなし崩し的に二人して小さく笑いながら、なんとはなしに天を仰いだ。
ここは何かの建物の中。だというのに、円球状の屋根は高く、まるで空を仰ぐ心地がする。
けれど仰いだ先に広がるそこは青くなく、風にちぎれる雲も燦々と降り注ぐ陽光もない。それが寂しい。
「……あんたが自分で言ったんだよ。らしくないって」
「ああ」
ぽつりと呟かれた声に相づちを打つ。知っている。この上なく、アホ神子ゼロス様らしくないことをしたのだと、誰よりもゼロス自身が理解していた。
たとえ世界が統合され救われたとしても、これから先をどうすればいいのか。不安がっていた彼女に、テセアラ国王に反逆した形になっているミズホの民のとりなしくらいなんとでもしてやると、そう請け負った。
「言ったろ? ロイドくんの熱血がうつっちまったって」
笑って返した言葉に嘘はない。影響されてしまったのだ。あの熱血でまっすぐでお人好しの少年に。
彼はあっさりとしてのけてしまうがゼロスには決して容易くないそれを、伸ばすことなどないと思っていた腕を、つい動かしてしまったのだ。
あの背中は独りでいくものだと、見送るだけなのだと、そう思っていたはずなのに。
「……そうだけど……」
納得してない様子で、しいなはため息と共に言葉をこぼした。あの時と同じように。
わかっている。彼女は鈍いけれど聡い。煙に巻ききれなかった、ゼロスの不手際だ。
どうしてだろう。あれをうやむやにしきれなかった。
信じてくれとはとても言えなかった。
そんなわけないだろと冗談で突き放すこともできなかった。
信じていいのかと問うてくる眼差しに、ためらうような声に、冗談に紛らわしきる術を見失った。どうしてもそれは出来なかった。
あまり認めたくはないが、おそらくはそうしたくなかったのだ。だからどちらもできなかった。
ただ、あの時、独りで悄然とうなだれていたあの肩を、ミズホの民の行く末を負っているあの背を。
(――動くな)
理性に命じて、握り込んだ手に鈍い痛みを覚えた。半分に分かたれたクモのミニチュア。罪から、過去から、痛みから目を背け逃げ続けてきた二人への戒め。
もう逃げないのだと、戦うのだと。直視しないまま放置してきた傷を晒して癒して、未来を生きていく為に。
だが、一朝一夕にどうにかなるわけではない。そんなことは同じような傷を負ってきたゼロス自身が、一番よくわかっている。
彼女はまだ独りで立っているのだ。凛と背を伸ばし、前を見据えているその身に、まだ痛みを抱えたまま。
だから、つい言ってしまったのだ。俺にでも出来ることがあると。心配することはないのだと。
けれど。
(動くな。伸ばすな。触れるな)
繰り返しながら、ゆっくりと瞼を伏せた。
(……まだ、早い)
握りしめたままの右手を隠しに突っ込み、そろりと息を吐く。
次に顔を上げたときには、いつものアホ神子だ。彼女が知っている、彼女が見ている、ゼロスだ。その通りに、軽い調子で言葉は口から滑り出た。
「ま、それもこれも、とりあえずこの上に行って、全部を終わらせてしまってからの話だからな。せいぜい気張るとしましょーか?」
「あんたに言われるまでもないね」
鼻の頭に皺を寄せるようにして、彼女がいーだ、と顔をしかめた。踵を返したしいなは、皆が休んでいる扉の方へと向かう。
「そろそろみんなを起こそうか。頃合いだろ」
そうだな、と頷いたゼロスの前に、しいなが手を突き出す。首をかしげると、彼女は短く「クモ!」ともう一度てのひらを動かした。
「なんで? お揃いで持ってればいーんじゃねーの?」
「なっ」
かっと頬に朱を上らせたしいなは、けれど呆れたように額を抑えた。
「そんな悪趣味なお揃い、あたしはゴメンだね」
「そりゃぁ確かに」
うんうんと頷きながらも、けれど右手は隠しに収めたままゼロスは小首をかしげてみせる。
「お前だけのお守りってわけじゃねーんだから、俺さまが半分持ってたっていいだろーが。それともそっちもくれる?」
言って指さした、片割れのクモを収めているはずの右手をしいなはぱっと後ろ手に隠した。
「なんであんたにやらなくちゃならないんだい! あんな隙をつかれちまう程、まだあたしが弱いってのはよぉっくわかっちまったんだ。あたしも要るんだからね!」
「じゃ、俺さまにだって要るんだから、ほーらこれでよし」
言葉に詰まったしいなの背を、左手で扉の方に押しやる。てのひらに伝わってきた、感じ取ってしまったぬくもりは、今はまだ知らぬふりで。
「ほれほれ、みんな起こしてくるんだろ? 俺さま、あの機械からてけとーにグミ買ってくっから」
納得してない彼女を開いた扉の向こうに押しやり、さっさと方向を変えて歩き出す。
「気をつけるんだよ」
唐突にかけられた声に、肩越しに振り返った。大丈夫だと、誰を心配してるんだと、そう言おうとしたのに、しいなが腹の前で右手を握りしめているのが見えてしまった。
その榛の瞳がまっすぐこちらを映しているのがわかってしまった。
何も言えないまま手をあげて、ひらりと振る。
向き直る事は、まだ出来ない。だから、こちらを見送っているその様子に、思わず浮かんだ笑みを隠そうと前を向いた。
いつだって、独り行く背中を見送るのはこちらだと思っていた。
―了―