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Gust,小説ロアルカ

 アルトネリコ2PHASE4の、ルカが昏睡から目覚めた後のロアルカ話。シリアスの皮を被った痴話げんかです。

※個人の解釈と妄想に基づくロアルカ恋愛要素があります

お好きな方はどうぞ!


 

「レイシャさん!」
 そう名を呼んだ人は、この時間帯ならいつも居るはずの台所に居なかった。
 幼い頃を暮らした家の扉を開けたまま、クロアは困惑する。もう一度呼んでみたが、やはり返事はない。とりあえず中に入った彼に、ルカやクローシェ達も続いた。そしてそれぞれが、戸惑ったように室内を見渡す。
 火の消えた炉には、料理の途中だったらしく鍋が掛かったままだ。突然昏睡したまま目覚めなかったルカを待っているはずのレイシャが、炉の火を完全に落としてまでどこか遠くに行くとは考えにくかった。
 そして、見つかった置き手紙に記されていた内容に一行は息を呑んだ。『ルカを助ける方法を知っているとラウドネスが言うのでムーンカルバートへ行ってきます。ルカは二階に寝かせておいてください』。簡潔に、急いだ走り書きのような文字で、それだけが記されていた。
 しかし、当のルカは、今ここに自分の足で戻ってきたのだ。心配していた母を安心させる為に、未だ調子の戻らない身体を時折支えてもらいながらも、この家に戻ってきたのに。
 どう考えても、レイシャが呼び出されたのは罠だ。だがラウドネスになんの目的があるのかと、ラウドネスと一時行動を共にしていたジャクリですら眉をひそめた。
 しかし、まずはレイシャを追わなければならない。クロアは踵を返した。
「レイシャさんが危ない」
「クロア!」
「ルカは家で待ってろ。俺が行って助けてくる!」
 追いすがるように呼び止めるルカを振り向かずにそう宣言したのに、彼女は首を振った。
「私も行く!」
 そう言い出すだろうと思っていた、と言いたげなため息がクローシェの唇から漏れた。クロアも足を止めて、ルカへと向き直る。
「体調がまだ十分じゃないだろ?」
 諭すように言うクロアに少女はしばらく言葉に詰まった。だが、ややあって素直にひとつ頷く。
「……うん。まだちょっとフラフラするけど……でも、行かなきゃ……。ああ、もう……。本当に何考えてるのよ……あの人は! どれだけ……私に辛い思いをさせたら……気が済むのよ……」
 今にも泣き出しそうな声で、ルカは必死に訴えてきた。気持ちは痛いほどにわかるが、とても無理をさせられる状態には見えない。
 ムーンカルバートといえば、確か大鐘堂の地下牢から脱出した先に繋がっていた場所だ。当然、主な移動手段は徒歩になる。そんな所へ、生体エネルギーを大量に喰われ続けたあげくに昏睡から覚めたばかりのルカを連れて行くなど、どう考えても無茶以外の何ものでもない。
「ルカ」
「見つけたら、うんと怒ってあげるんだから……」
 どう言い聞かせようかと迷っていたクロアの前で、ルカが床に崩れるようにしてへたりこむ。慌てたアマリエとクローシェが駆け寄って支える彼女の前に、クロアも膝を折った。
「ルカ、無理するな。レイシャさんは俺達が連れて帰ってくるから」
 泣き出しそうな瞳が見返してくる。説得する意気をくじかれそうになりながら、言い聞かせるクロアに、ルカは首を振った。
「……ううん。お願いクロア……私も一緒に行かせて。あの人、このまま放っておいたら死んじゃう。早く、助けに行かないと……」
 クロアはクローシェを見た。仕方ないわ、と言いたげにクローシェが小さく息を吐いて頷く。
 ルカは頑固だ。一度言い出したら梃子でも動かないことをクロアは知っているが、無理があることはわかりきっている。だが、ここで置いていっても、後から一人で追いかけてきそうな勢いだ。そっちの方が、ずっと危ない。
 クロアは、ため息を押し殺して頷いた。
「わかった、一緒に行こう」
 そう言った途端、強張っていたルカの表情が少し和らいだ。ありがとう、と呟いた唇は相変わらず青ざめていたが。
 とりあえず、大鐘堂に戻る為に一度ラクシャクに戻らなければならない。そこから飛空挺を手配してと算段をはじめた一行に、「ちょっと待って」と冷静な声がかかった。
 入り口の近くの壁に背をもたせかけた黒髪の少女が、腕を組んだまま右手を軽くあげている。
「ルカ、あなたは生体エネルギーを大量に喰われたのよ。延命剤の投与が必要だわ」
 はっとしたようにクローシェが顔を上げた。そうだ、昏睡したルカを担ぎ込んだ先でダイブ屋もそう言っていたではないか。このままだと、延命剤を投与し続けなければ助からないと。
 幸いにもその事態は回避したが、生体エネルギーは失われたままなのだ。補充しなければ、ルカの命に関わる。
「レグリス、予備はあるかしら? 出してちょうだい」
「は。少しお待ちを」
 クローシェに命じられた騎士隊長が、荷の中から予備の延命剤を取り出す。それを見たルカはまだ床に座り込んだまま顔を上げた。
「待って! いいよ、投与なんてしたらしばらく動けなくなっちゃう」
「何を言っているの、ルカ!」
 さすがにクローシェが厳しい声を上げる。びくりと身体をすくませたルカだが、唇を噛んでいやいやと頭を振った。
「だって、早くしないと間に合わなくなっちゃうよ……!」
「どれだけ保つかわからないのに、そんな危険な賭けが出来るはずないでしょう?」
「そうだよルカ、無理しちゃだめだってば」
 説得しようと言葉を重ねるクローシェとアマリエに、それでもルカは首を横に振る。
「だけど、投与したら確実に一時間は動けなくなっちゃうよ! 私は保つかもしれないじゃない、そんなの後回しで」
「ばかを言うな!」
 突然の怒声に、ルカも周囲もしんと静まりかえった。
 クロア、とルカの唇が動く。
 ルカの前に膝をついたままのクロアが、いつになく険しい顔でルカを見据えていた。その灰紫の瞳が、珍しく怒りに燃えている。
「レイシャさんが、何の為にこんな危ない話に乗ったと思ってるんだ! ルカが元気で、無事でないと意味がないってことくらい分かってるだろう!?」
 雷に打たれたようにルカの肩が震える。焦った様に二人を見比べたココナが、クロ、と彼の名を呼んで腕を引っ張った。
「保つ、かも? ルカの命をそんな不確かな賭けにのせられるわけがないだろう! 助けに行ったレイシャさんの前で倒れる気か!? それなら俺は一人で行く、ルカはここに残るんだ」
「クロってば!」
 ぐい、と妹のような少女に一際強く腕を引かれ、クロアはひとまず口をつぐむ。
 だって、と弱々しく言葉を紡いだルカを一瞥したジャクリは、腕を組み直して目を閉じた。
「ムーンカルバートへはそう容易い道ではないわ。母親を助ける足手まといになりたくないなら、投与しておくべきね」
 ルカがますます力なくうなだれる。アマリエがその肩を抱き、ココナは「もー、クロもジャクリさんもぷーだよぷー!!」と唇を尖らせた。
 腕を掴んだままのクロアを無理矢理に後ろへ押しやったココナが、かわりにルカの前に跪く。
「ね、ルカさん。ココナ達は、レイシャさんだけじゃなくて、ルカさんも大事なんだよ。心配なんだよ。だから……ね?」
 しばらくして、ルカの髪飾りが小さく縦に揺れた。
「……うん。ごめんなさい……」
 安堵した空気が、その場に流れる。レグリスから延命剤を受け取ったクローシェは、それをクロアに差し出した。
「私たちはしばらく外で待っていますから。お願いするわね、クロア」
 しばらく躊躇うようにクローシェの手にあるクリスタルを見つめていたクロアだが、ややあって押し頂くようにそれを受け取った。
「――はい。お預かりします」
「頼みましたよ」
 言葉は依頼なのに、これ以上何か辛い目に遭わせたりしたら許しませんからねと言いたげな気迫のこもった一言を最後にクローシェが立ち上がり、それに残りの仲間達が従う。
 そしてその場にはルカとクロアだけが残された。
 しょんぼりとうなだれた風情のままのルカの前に改めて膝を折ったクロアは、躊躇いながら指を伸ばし、ルカの顔にかかる髪をそっと払う。
「……ごめん、ルカ。言い過ぎた」
 ルカは一度だけ首を横に振った。そうしてから上げた顔には、泣き笑いに似た表情が浮かんでいる。
「クロアに怒られるの、二回目だね。どっちも延命剤を入れる前なんて、変な感じ」
 まだ声に力はないものの、少しは調子が戻ったらしいルカを、クロアはその場に腰を下ろして引き寄せた。
 戸惑ったように見上げるルカに、クロアはため息をつくと、彼女の前髪をかきやって額を押さえる。グローブはわずかな間をおいた後、じっとりと汗を吸った。素手ではないからわからないが、おそらく熱もあるのだろう。
「立ったままは辛いだろ、今は」
「……うん、でもやりにくくない?」
「なんとかするさ。ごめん、服」
 さすがに脱がすのは、と口ごもるクロアに、ルカはようやっと少し笑った。
「クロアのえっち」
「――急ぐんじゃなかったのか」
 憮然と応えるクロアに、ごめんごめんと笑いながらルカは上着の留め紐を解いた。座ったままなので腰の辺りまで落とした辺りで止める。
 左脇に位置するインナーを少しめくり上げた所に現れた、ルカの髪飾りのような形をしたタトゥーの中心が、延命剤を充てる場所だ。
 膝を立ててルカを囲い込むようにもたれさせ、クロアは右手に延命剤を握り直した。行くぞ、と声をかけようとした時、向かい合うようにして座っているルカの手がクロアの鎧部分にかかった。
 そのまま、肩口にルカの額が埋められる。
「……さっき、ごめんね。クロアは心配してくれてたのに……」
 くぐもった声での謝罪に、クロアは苦笑した。ルカの後ろ頭をぽんぽんと叩いて、少しだけその頭に頬を寄せる。
「俺が悪かったって言っただろう? 入れるぞ」
「――うん」
 頷いたルカを抱き寄せる手に力を込めてから、クロアはクリスタルをインストールポイントに押し当てた。どういう仕組みになっているのか未だによくわからないが、じりじりと溶けるようにそれが飲み込まれていく瞬間、ルカは身体を強張らせた。
 押し込む形に添えた右手の力を抜きそうになるが、ルカが激痛に耐えている時間を延ばすだけだと思いとどまったクロアは、急にならないよう、けれど不必要に引き延ばさないよう、彼にしがみついている少女の様子に気を配りながら、ゆっくりと手に力を込める。
「……あ、のね」
 と、苦しそうに息を吐いたルカが呟いたのに、クロアは視線を右手からルカの顔へと移した。
「どうした、辛いのか?」
「ううん……あの、ほら――前、入れてもらった、時」
 切れ切れにルカが続けるのに、クロアは応えるかどうかを少し迷った。雑談で気が紛れるのだろうか、それとも黙らせた方がいいのだろうか。
 彼が逡巡している間に、ルカは一つ籠もった息を吐き出して、そうしてから震える指でクロアにすがるように掴まり直す。
「ほんとは……あんまり、痛く――なかった、んだ」
「無理しなくていい」
「ほんとだ、よ? 私、酷いこと……言った、のに」
「ルカ、もういい」
「なのに、クロアは優しか、った、から」
「もういいから」
 不規則に震える細い背を抱える左手に少し力を込めて黙らせると、クロアは彼女の耳元で囁いた。
「いいんだ。俺は、ルカが元気になってくれればそれでいい。笑っていてくれたら、もっといい」
 苦しそうな重い呼吸の狭間に、ルカの唇が譫言のように睦言のように彼の名を呼ぶ。その頬に汗ではりついた髪をかきやったクロアは、そのまま彼女の髪をそっと撫でた。
「その為に、俺がルカにしてやれることがあって、それがルカにとっていいことなら、俺にはなんの文句もないよ」
 手がぶれたりしないようにと静かに静かに囁いた答えに、ルカはひとつぶ涙をこぼして目を閉じた。
 命を繋ぐ為に彼女を苦しめる時間は、まだクロアの手の中にはっきりと残っている。けれど、涙をこぼしながらもルカは微笑んでいたから、クロアはともすると引いてしまいそうになる右手にぐっと力を入れた。
 そうだ。ルカが一人で痛みを堪えているくらいなら、いっそこうやって自分の前で、この腕の中で、この手で痛みを与える方がいい。そうしないと生きていけないのが、レーヴァテイルであるルカの定めであるならば。
 それでも、せめて、少しでもルカの痛みが軽いものであるように。涙を含んだ睫毛が震える様子に、詰めた息を吐き出すタイミング一つですら掴み損ねないように細心の注意を払いながら、クロアは腕の中の愛おしい温もりをやんわりと抱きしめた。

 

―了―