Loving

Gust,小説ロアルカ

アルトネリコ2のPHASE3あたりの、瑠伽CS5をクリアした後のクロアと瑠伽のお話。

※個人の妄想と解釈をもとにした恋愛要素があります

お好きな方はどうぞ!


 

 「初恋はいつ?」っていうのは、仲良くなった女の子同士がする内緒の打ち明け話としては割とありきたりの質問だと思う。
 ラクシャクでダイバーズセラピストとして暮らしていた頃の私は、笑いながら「いつかなんてわかんないよ」と答えていた。そうしたらたいてい、おしゃべりの相手は苦笑しながらはいはいと流してくれることを知っていたから。
 私に幼馴染みで大鐘堂の騎士隊に入った恋人が居るというのは知られていたし、私もそれを隠さなかった。それどころか、一人歩きしている噂を訂正も否定もしなかった。遠く離れている恋人をずっと思い続けている女の子に積極的に絡もうとする人は少ない。居たとしても、周りがガードしてくれる。
 恋人の名前を尋ねられると、私はいつも誇らしげにその名前を口にした。クロア。クロア・バーテル。
 幼馴染みのクロア。子どもの頃から家族同然に一緒に暮らしてきたクロア。
 どっちが私を護るかなんて理由で、彼より3つも年上の男の子と決闘までしたクロア。私を護るために騎士になりたいと言ってくれたクロア。
 そんなクロアを嫌ったりできるはずがない。クロアは自然と私の中で特別な位置におさまっていた。私とお母さんの間に深い溝が横たわった変な家の中で、クロアと私の関係は暖かなままだった。
 だけど、私はそれすら利用した。
 クロアが、騎士になる為にパスタリアへ行くと告げたその時、私は2つの喜びに声を震わせた。
 1つは単純に、いつか迎えに来る、一緒に暮らそうと言ってくれたクロアの言葉が嬉しかったこと。
 もう1つは、そうすれば行方不明の妹に会えるかもしれないと思ったこと。
 忘れようにも忘れられないあの日。まだ3才だったレイカがI.P.D.を発症して、私はお母さんに連れられて逃げた。お父さんはレイカを護ろうとして帰ってこなかった。その後ずっと、レイカの生死は不明のまま。
 だけどセラピストの仕事を始めた頃、I.P.D.はパスタリアの中枢に保護されていることもあるという話を聞いた。I.P.D.は、ダイバーズセラピで症状を押さえ込むことができるということも。
 でも、パスタリアには人口制限があるからそう簡単には入れない。レイカを助け出したいという願いは、そこから先は何も具体性を帯びなかった。
 だけどクロアがパスタリアへ行けば、クロアが言ってくれたようにいつか立派な騎士になって私をパスタリアへ呼んでくれれば、レイカを探しに行ける。あの日護れなかったレイカを助け出すことができるかもしれない。
 それにそうしたら、もう私は独りぼっちじゃなくなる。もしかしたら、万が一だけれど、お母さんも昔の様に笑ってくれるかも知れない。そしてレイカが再発しても、私がセラピで治すことが出来るなら、何の心配もない。
 レイカが居て、お母さんが居て。全てがうまくいけば、クロアも居て。お父さんはもう戻らないけど、それでも家族で普通に笑って暮らせるようになるのなら。
 クロアの真摯な告白を聞きながら、どうしてか頬が熱くなるのを感じながら、頭の中のどこか冷静な部分でそんな打算が根を張った。
 だから私は、壁を創った。
 クロアには絶対知られてはならない真実を、壁の中に閉じこめた。
 彼を利用していること。クロアが私を思ってくれる気持ちを自分の為に使おうとしていること。
 その壁の材料は、クロアの言葉を少しでも喜んでしまった私の気持ち。
 そんな資格も権利も、どこにもありはしないのに、いつか必ず迎えに来るから、待っていてくれるかと言うクロアの真剣な眼差しが私だけに向けられていることが嬉しいと、そう思ってしまった私の気持ち。
 それを利用して、私はクロアに嘘をつき続けることを選んだ。

 なのにどうして、クロアは許してくれるんだろう。
 初めましてからお願いできるかな、なんて図々しいお願いに、うなずいてくれたんだろう。
 もう消えた方が楽だとすら思っていた私を助けるために、必死になってくれたんだろう。
 いつもは感情の見えにくい声を揺らして、私と一緒に居たいって言ってくれたんだろう。

 

「ルカが好きだからって、あの時も言わなかったか?」
 ものすごく思い切って尋ねてみた質問に、クロアは間髪入れずにそう答えた。
 思わず飛んだ思考回路の端っこをなんとかひっつかんで、体勢を立て直すために私はぎゅっと自分の袖口を握りしめる。
「い……言ってないよ!」
 寝台に腰掛けたクロアが、首を傾げる。戦闘中にはしないメガネに、ラフな服装。もうあとは眠るだけの時刻にクロアは私の部屋を訪ねてきた。
 主に強い詩魔法を紡ぐ為に行われる、レーヴァテイルへのコスモスフィアダイブ。でもそれは深層に行けば行くほど潜られているレーヴァテイル自身にも把握出来ない程の本心を晒すことになる。だからたいてい、レベル5と呼ばれる階層より深い場所にはよほどの絆と自信がないと入れない。
 けれどクロアは、潜ってきてくれた。ダイブマシンから降りた時、長い間心の底に抱えていたはずの澱みが薄れていた気がした。その一方で、やっぱりずっと聞きたくて聞けなかったことをクロアに確かめたくてたまらなくなっていた。
 クロアは本当に、私で良かったの?
 大事にしたいと思う人が、側に居たいと思う人が、私なんかでよかったの?
 思い切って尋ねた私を、クロアは抱きしめてくれた。こんな風に抱きしめてもらうのははじめてだと後で気づいたけれど、その時はそんなことを考える余裕もなかった。
 クロアに好きだとはっきり言ってもらえた時、私だって本当にクロアのことが好きなんだと、そう素直に思うことが出来た。
 優しくて力強かった腕から離れてもなんだか名残惜しくて、そのままクロアを引き留めてなんてことのない思い出話を続けていた。その最中、もう一つずっと不思議に思っていた疑問をぶつけたクロアの反応はそんな恥ずかしいセリフで、私は落ち着き無く自分の袖や裾を引っ張ったりしながら口を尖らせた。
「だ、だいたい、あの時っていつ?」
「もう身体に戻らないとかルカがだだをこねた時」
「っだ」
 だだなんてこねてないもんと反論しかけて、その主張に全然説得力がないことに気づいて口をつぐむ。クロアはしょうがないな、と言いたげに笑って、私の頭を軽くひとつぽんと叩いた。
「コスモスフィアならルカは覚えてないだろうけど、インフェルスフィアで言ったと思うけどな。俺はルカが好きかもしれないって」
 あくまで真面目に言われた台詞に、私はなんとか反論の糸口を見つけた勢いのままに口を開く。
「だって、好き『かも』じゃない」
 うわ、なんだか自分で言っておいてなんだかすごいショックだ。
 クロアもやっぱり苦い顔をしてる。途端に後悔でいっぱいになった。
 今さっき、私の頭に載っかったままの暖かい手に抱きしめてもらったばかりなのに。心底からほっとしたばかりなのに。この人の言葉を信じられる、一緒に生きていけるって思ったばかりなのに。
「……ルカ」
「ごめんなさい今のナシ! ちがうのそうじゃないのっ、クロアの気持ちを疑ったんじゃないの、ただ」
「わかってる」
 クロアにすがりつかんばかりになっていた私の両手を、大きな右手が包んでくれた。私をのぞき込むようにしてクロアの優しい瞳が微笑む。
「さっきも言ったろ? 曖昧にしてた俺が悪いんだよ。ルカを不安にさせていたんだから」
 そっと私の頭を撫でていた手が、ぱちんと髪留めを外す。はらりと肩口に落ちてきた髪を背中の方にかきやって、クロアが髪留めの飾りの部分を手にした。
 はっと私は息を呑む。だってそこは。
「クロア、そこは壊れやすいからあんまり触ると」
 早口で紡いだ言い訳を意に介さず、クロアは私から手を離してそれを両手にとった。私が止める間もなく、簪の形になっているそこを引き抜く。
 あらかじめ、そこが何なのか知っていたとしか思えない動きで。
 絶句したままクロアの顔をまじまじと見つめる私に、クロアは隠しナイフを元の飾りに戻しながら肩をすくめる。
「……俺はこれでも騎士隊のエースとか呼ばれてたんだぞ? 隠し武器くらいわかる」
 掠れた声で、そっか、と呟いた。
 ラクシャクで、人気のダイバーズセラピストとして働いていた私には、いろんな誘惑と同じくらいに危険があった。同業者の妬み、ストーカーめいたしつこい男性。いざという時のために、隠しナイフを仕込んだ髪飾りを特別に作ってもらった。
 そんなこと、クロアに話したことなんてなかったはずなのに。
 私の唯一の武器を脇に置いたクロアは、まとめていたクセがついたままの髪を指で梳くように撫でながら、そっと私の肩を抱き寄せてくれた。
「5年前、俺はあの頃の俺なりに真剣にルカを護ろうと思っていた。でも、全然護れてなかったんだよな。もうちょっとでルカを失うところだったし、この髪飾りもルカは自分だけで自分を護ろうとしてる証明みたいだった」
 そんなこと、と否定しようとして、出来なかった。言葉だけで違うと言ってみるのは簡単だけど、でもそれじゃ多分なんにもならない。
 クロアは私を護ろうと思ってくれていた。これはきっと本当のこと。
 でも実際には、そう言いながらクロアは私に対してどこか一歩引いていた。私が壁を作っていたのもあるけれど、でもそれだけじゃない何かが理由で。
 だから私はどこかで安心して、クロアを利用し続けていたのだ。たくさんの後ろめたさを誤魔化して。
「さっき、ルカはどうして許してくれるんだって言ったけど、俺にはルカが俺を好きだと言ってくれる事の方が不思議だ」
 瞬きをする私に、クロアは私の肩を抱く手に少しだけ力を込めた。
「俺はルカを護っていなかった。全然ルカをわかろうとしていなかった。なのにルカは、俺を信じてくれて、コスモスフィアに入れてくれて、そして還ってきてくれた」
 クロアの顔をじっと見上げる。男の人にしては整った顔立ち。暗い色の髪、落ち着いた紫紺の瞳。
 それが、少しだけためらうように逸らされて、でもゆっくりと私に戻ってくる。
「……俺は、ずっと怖かったんだと思う。誰かの本心を知ることも、俺の本心を知られることも」
 ああ、それはわかる。とてもよくわかる。
 私たちは多分、そこはとてもよく似たもの同士。
 踏み込まなければ踏み込まれない。そうやって私たちは恋人ごっこを続けていた。その間は少なくとも、クロアを失わなくて済んでいたから。クロアに嫌われずに済んでいたから。
 そっとクロアの方に身体を寄せる。少しずつ、重心を預ける。クロアは細身だけれど、でもやっぱりがっしりとしたその広い胸にもたれかかる。
「だけど、これからはルカの本当をちゃんと受け止めたいんだ。こんなものを持っていなくても、ルカが安心できるように。ルカが俺の傍で心から笑っていられるように、俺は出来る限りのことをしたい」
「クロア……」
 震えそうになる唇を、必死で引き結んだ。勝手に熱くなるまぶたからこぼれそうになる雫を堪える。
 でもそんな私の努力を無にするように、クロアの手はどこまでも優しく私の髪を撫で続けた。
「約束するよ、ルカ。俺は、ルカを護る」
 どうしても堪えきれなかった涙が頬に滑り落ちるのを感じながら、私はクロアに抱きつく。
 抱きついたまま小さく何度もうなずくと、クロアは私をすっぽりと包むように抱きしめてくれた。
 私だってクロアを護りたいよ、と声にならない言葉の代わりに、クロアの背に回した腕に力を込めた。

 

 初恋はいつですか、と聞かれたら、私はきっと「わからないよ」と答えるだろう。今までと同じように。
 だって、どこからが恋だったのかなんて今でも分からない。
 でも私はきっと、これからも何度も、クロアに恋をする。どんどんクロアを好きになり続ける。
 だから私の初恋は、今までもこれからも現在進行形だ。

 

―了―