マイ・テディ
アルトネリコ2のED後のクロアとルカのお話。
※個人の妄想と解釈によるロアルカ恋愛要素がふんだんに盛り込まれています
お好きな方はどうぞ!
「クロアに名前呼んでもらうの、好きなんだ」
肩口に無防備に預けられた頭の重みと、ほど近いところにある温もりが心地良い。そんな状況で唐突に殺し文句を呟いた恋人の様子を確認しようと、クロアは目を落としていた報告書から顔を上げた。
細かい文字を追う為にかけていた眼鏡の位置を直しながら、ぐるりと首を廻らせる。この仮宮では一番いいソファに腰を落ち着けている彼に寄り添うようにしたルカは、長い睫毛を伏せたまま口元に柔らかい笑みを浮かべていた。
緑の大地メタファリカへの先遣隊代表御子と、その護衛として派遣されてきて数ヶ月。仮宮、と簡単に呼ばれているメタファリカ移住を中心業務にする政府機関の仮施設も、住み心地という点でそこそこ整備されてきた。
とはいえ、『焔の御子の私室兼執務室』という大層な肩書きがついているにも関わらず、この部屋にあるのは寝台に机に応接用のソファだけという、最低限のものだ。装飾品らしいものといえば、ルカを溺愛している妹がどうしてもとごり押ししてもたせたゲロッゴのぬいぐるみと、彼女がこれだけはと持ってきたペペンのぬいぐるみだけである。
その二つのぬいぐるみのうち、ゲンゴローという名前のペペンを両腕に抱えたルカの表情に苦しそうな影は見受けられない。それにほっとしながら、とりあえずクロアは報告書を脇に置いた。
「……ルカ? どうした、いきなり?」
ぬいぐるみを抱いている柔らかい手を左手で包む。疲れて眠いのか、風呂上がりだからなのか、それとも両方か、彼女の手は温かかった。ぽんぽん、と軽く叩いてやると、大きな瞳を縁取る睫毛が重たげに瞬く。
「えー、いきなりかなぁ? そうでもないよね、ゲンゴロー」
ねー、と抱えたぬいぐるみに同意を求めたルカは、クロアに預けていた頭を上げて微笑んだ。
「クロア、私の名前を呼ぶとき、ちょっとだけ息を吸うんだよ。それから口が『る』の形に動くの」
「……細かいな」
感心して呟くと、ルカは得意げにえへんとささやかな胸をはった。
「えへへ、よく見てるでしょ?」
屈託なく笑う少女――とはそろそろ呼べない年代でしかもルカの方が一つ年上だが、幼い頃からの印象が強くてついその形容になってしまう――は、一度開いた唇を閉じるとぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
自然、ルカの視線はそちらに落ちる。
クロアは反射的に身構えた。今までの経験から得た危険信号が脳裏に鳴り響く。
そう、ルカが恥ずかしそうに一度目を逸らすときは、言おうか言うまいか迷ってる時のクセだ。それもたいていは彼女自身が恥ずかしいと思っている事を言う場合で、つまりクロアにとってはクリティカルヒット以外の何ものでもない。
それも、こんな風にはにかんでいるルカの口から飛び出す発言など、超弩級の爆弾に違いないのだ。
思えば、今日は一日怒濤のスケジュールだった。本格的な移民と開拓が始まるにあたって土地区分の最終確認に同行したルカは、丸一日というもの早足で歩きづめになったのだ。いつもより短めの風呂上がりにバスタオル一枚の姿でぐったりしていたルカは「疲れたーもう動きたくないーこのまま寝るー」と甘えモード全開でだだをこね、それをなんとか言いくるめて夜着に着替えさせたのだ。
したがって、今日はもうルカを休ませなければならない。明日だって、どうせ今日と同じくらい忙しいに決まっているのだから。ルカがベッドの中に潜り込んだのを見届けたら、隣にあてがわれている自分の部屋に戻るのだ絶対に。
理性は瞬時にそれだけの防御壁を築き上げたが、滑らかな頬を花の色に染めたルカは「あのね」と唇を開いた。
「私の名前、大事に呼ぼうとしてくれてるみたいに見えるんだ。だから、好き」
宝物を披露する様にこぼされた言葉。その破壊力の前に防御など無駄であったことをクロアが悟ったころには、すでにゲンゴローを彼女の腕から取り上げた後だった。
「へっ?」
どこか間の抜けた声が上がる。報告書の上にゲンゴローを鎮座させて、ついでにかけていた眼鏡も外してゲンゴローの頭にかけた。
二人の間にあった障害物を全部排除して、あとはじりじりと逃げ腰になっているルカの腕を絡めるようにして封じ、上体をこちらに向けさせて抱きしめる。
ひゃあ、と甲高い悲鳴があがった。
「ちょっ、クロア! 脇はだめだってあれほどっ」
「抱きしめるときにはどうしようもないってあれほど言った」
「や、違うそうじゃない! 抱きしめる時のはずみじゃないでしょこの手!」
「はいはい。そろそろ俺を喜ばせる時の限界を覚えような」
「げ、限界ってそ……っ」
必死で抗弁しようとする努力を吐息ごと唇で塞ぎ、クロアは右手でルカの髪を耳の後ろにかきやった。ついでに指の腹を滑らせて、ルカにびくりと身をすくませるのも忘れない。
むき出しにした耳に唇を寄せて、そして彼は囁く。
「――ルカ」
先程よりはっきりと細い肩が跳ねる。詰められていた息がゆるゆると吐き出され、恨めしげに睨み上げてくる瞳に笑みを返して、瞼の上に口づけた。
長い睫毛が唇に触れてくすぐったいのにちょっと眉をしかめる。と、細い手が伸びて、クロアの耳をつかんで軽く引っ張った。耳を寄せろと言いたいらしい。
痛いので逆らわずに頭を下げる。どんな反撃がくるのかと身構えていたが、ついさっき堪能した柔らかい唇は吐息が頬に掠める距離で彼の名前を囁いた。
「クロア、大好き」
そう言った唇が、頬に軽く押し当てられる。
十中八九、逆襲のつもりなのだろう。実際やられてはいる。それはもう完膚無きまでに徹底的に。
ただ、この場合やられたらやり返すのみなのだ。そろそろルカは懲りればいいのに。いや懲りられたら困るのはこちらか。
そんなことを考えながら、クロアは腕の中に閉じこめている彼女をどう押し倒せばこの狭いソファの上にちょうどよく収まるのか試算をはじめていた。
―了―