風光星雨
アルトネリコ2の、クロアと瑠伽のお話。
PHASE5の、VIENAイベント前くらいのクロアとルカのお墓参り話です。
※個人の妄想と解釈をもとにした恋愛要素があります
お好きな方はどうぞ!
約束の丘。それは、王家の墓として代々伝わってきた場所だという。だから、本当の『クローシェ』であったルカが死んだと思われた時も、大鐘堂騎士隊隊長のレグリスはルカをそこに安置するように取りはからった。
その場所の意味は知っていたというのに、大地の心臓として大陸と一体化していた時期ならまだしも、ルカがもとの身体に戻った時にもまるでそのことに気が付かなかったのだ。
彼女が再び目覚めたその場所の、ルカにとっての意味を。
「ルカ」
400年前、メタファリカを紡ごうとしていた澪の御子、インフェルの日記を読んだ一行がそれぞれに複雑な想いを抱えながら野営で一晩を明かした朝、クローシェに名を呼ばれてルカは振り向いた。
手には携行食の堅パンがある。火にかけられているスープの中に割り入れようと悪戦苦闘していたのだが、続きを隣にいたクロアに渡して立ち上がった。
「あ、おはようございますクローシェ様。よく休めました?」
ルカは笑顔で尋ねたのだが、クローシェの表情は固い。インフェルの日記に記されていた内容がよほどショックだったのだろうか。瞬きをひとつしたルカは、関係ない話を持ち出すべきなのか、このまま何か言おうとしているクローシェを待つべきか考えたが、結局待つことを選んだ。
しばらくためらっていたクローシェは、腰に手を当て、「クロア」と騎士の名を呼ぶ。
「なんでしょう」
呼ばれるまでルカから引き継いだ作業を続けていたクロアが立ち上がった。
「少し歩きます。護衛を」
「はい」
「ルカ、あなたもついてきてちょうだい」
ルカは、まとめあげた髪をひょこんと揺らして首を傾げた。
「今からですか?」
「今からよ。朝食の支度はもう少しかかるでしょう。レグリス、この場は頼みます」
「承知しました」
無骨な騎士隊長が頭を下げるのに頷いて、クローシェは踵を返した。さっさと歩き出す彼女に戸惑いながら幼馴染みを見上げたルカは、とりあえず行こう、と促す目線に頷いて歩き出す。
あちこち崩れかけて埃っぽく、独特の雰囲気をたたえた大きな墓に渡された廊を相変わらず颯爽と歩くクローシェに追いついて、ルカは「クローシェ様」と名を呼んだ。
「どこに行くんですか?」
「すぐそこよ」
言葉通り、クローシェは二つほど角を曲がったところにある、比較的新しい模様が彫られている扉の前で立ち止まった。
同じように立ち止まったルカに向き直って、クローシェの菫色の瞳がまっすぐに注がれる。自然、ルカの背筋もぴんと伸びた。
「ルカ」
「はい」
何か大切な事を言おうとしている時の目だ。それがわかるから、余計な事をきかずにルカはただ頷く。
口を開く前にはわずかなためらいを見せたものの、一度その唇から紡がれた言葉はよどみなかった。
「ここは、先代御子アーシェ様が眠られている場所です」
その言葉に、ルカもクロアも目を見張る。
そうか。そうであった。ここが代々の御子が眠る場所なら、当然その名もここに刻まれているはずだった。
先代御子、アーシェ。表向きにはI.P.D.の暴走に巻き込まれて、しかし真実はクーデターを企てたアルフマン一派の手によってその命を奪われた、『クローシェ』の母。
「……私は、一度だけ来たことがあるの。私が大鐘堂に来て少したった頃にね。ルカ、あなたがこの場所をどう想うかは、あなたの自由でしょう。でも――知らせておいた方が良いかと思って」
ルカはしばらく無言でその扉を見つめていた。
そのクーデターの際はまだ赤ん坊だったというルカに、生みの親であるアーシェの記憶はない。ルカにとって母とはレイシャであり、父はバッツであり、そして妹はレイカであった。
それを、クローシェは知っているはずだ。クローシェこそが、そのレイカなのだから。ルカがずっと探し求めてきた、大切な妹なのだから。
どちらも強張った表情のままの二人の御子をかわるがわるに見比べて、クロアは沈黙を保つ。今ここに彼が立ち入るべきものはない、そう判断を下して護衛として側についている姿勢を崩さなかった。
「昨日ここを通った時にね、アーシェ様の事を思ったの。あなたを残していかなくてはならなかった方のことを。あなたを……この世に産んで下さった方のことを。それを考えた時、私、ありがとうございますって想ったのよ、本当に」
クローシェは、微動だにしないルカを見守るようにしながら、淡々と続ける。
「だから、あなたをここに案内するべきだと思ったの」
一連の行動の説明をそうしめくくって唇を閉ざしたクローシェに視線を移したルカは、薄く微笑んだ。
「……うん。ありがとう、クローシェ様。少しだけ、お祈りしていってもいいですか?」
「もちろんよ。私とクロアは少し離れているから」
「ううん、ここにいて」
きっぱりと言い切ったルカが、クローシェに右手を伸ばす。小首を傾げたクローシェの手を取り、左手は胸に当て、ルカはそっと瞼を閉ざした。
わずか数秒の沈黙の後、彼女は顔を上げた。そこには、いつもの笑顔が浮かんでいる。
「さ、そろそろ戻ろっか。パンがふやけ過ぎちゃったら大変」
朗らかに告げたルカに引っ張られるようにクローシェが歩き出し、クロアもそのすぐ後に続く。
こういう時に、ルカは内心を表に出さない。自分の中で気持ちを切り替えてしまう。
溌剌と歩くルカの背を眺めながら、クロアは軽く唇を噛んだ。
何か言わせてくれればいいのに、と思う。思いながら、生みの母の墓前に立つルカを見たときに彼自身が覚えた妙な違和感は奥底に沈めた。
****
リムの一部をパージすることで確保できる導体エネルギーによって塔を創り、天上に居る今の神と対話をしに行く。そう決めた時こそ、それしかないんだから仕方がないと言っていたルカは、故郷の人達がその決定を受け入れた時に、淋しいよと泣いた。
そう言えば、小さかった頃のルカは泣き虫だったな、とクロアは思う。もう顔も覚えていない両親の墓前に座り込んだままで。
ルカとクローシェは、二人の母であるレイシャの墓前に居る。他の仲間達はその近くで待機しているはずだ。
お前の両親の墓もあるんだろう、とレグリスに薦められるままにクロアは一行から別行動をとることにした。ここに戻ってくることを確認して踵を返したクロアの耳に、レグリスはアマリエにも同じ事を薦めていた。アマリエの故郷は、ミント区と同じようにパージされるカナカナ突堤だ。最後に一度戻っておいたらどうだと言うレグリスに、アマリエは明るく笑って手を振っていた。
――もういいのよ。あそことのお別れは、随分昔にすんでるから。
(すんでいた、つもりだったんだよな。俺も――多分)
小さな石に刻まれた、父と母の名。大規模なI.P.D.の暴走事故で、あっけなくいなくなってしまった両親。
クロアの両親以外に亡くなった人も多く、個別にお葬式などあげている余裕もなかった。とにかく生きている人の救助と生活の立て直しが最優先で、亡くなった人を悼むのは後回しだった。
けれどクロアにとっては順番が逆だった。まだ4才だったクロアだが、それでもあの時の記憶はぼんやりと残っている。どうせ覚えているなら両親の顔や幸せな思い出であればいいものを、彼の記憶に残っているのは焼け崩れかけた家や、埋葬された両親の墓の前で呆然と見上げた夜の暗い星だ。
そんな暗いばかりの思い出の中で、唯一光と共に現れたのがルカだった。一緒に暮らそうと手をとってくれた、あのぬくもりは一生忘れることが出来ないだろう。
だから、あまり墓参りにはこなかった。そんな暇があれば、引き取ってくれたレイシャの手伝いや武術の稽古の方が大事だったし、遙か上方にある大鐘堂を見つめるルカを、いつかきっと俺があそこに連れて行くから、と励ます事の方が大切だった。
「……俺は、薄情な息子だよな」
そっと小さな石を撫でる。風雨に晒された冷たい石は、不思議と手に馴染んだ。
誰もがただ生きていくだけで精一杯。そんな世界に希望の大地を。未来を育むメタファリカを。そう、凛と主張するたいして年の変わらない御子の姿は、少年だったクロアに一つの指針を与えた。
あのまま、ルカの家に世話になり続ける訳にはいかなかった。確かに、ルカの傍にいて女二人暮らしの家の男手として役に立つことは出来るだろう。けれど、レイシャとルカの間にいつの間にか広がっていた亀裂はいよいよ確定的なものになっていたし、クロアに対しては普通の態度で接するレイシャの姿を見るたびルカは傷ついているに違いなかった。だというのに、このまま厄介になり続ける訳にはいかなかったのだ。
それなら、メタファリカが実現してこの世界が豊かになれば。そして自分が騎士として立派になり、約束通りルカをパスタリアに呼ぶことができれば、ルカに辛い想いをさせなくてもすむ。クロアは、そう考えたのだ。
だから、パスタリアに行く前日、クロアは最後のつもりでこの墓の前に立った。もしもまたここに戻ってくる時は、ルカを迎えに来る時だと思っていたあの時、気持ちの上では両親の眠るこの故郷に別れを告げていたのかも知れない。
ルカが、生みの母である御子アーシェの墓前に立った時覚えた違和感は、おそらく違和感ではなかった。
あれは、両親の墓の前で立ちつくしている自分を外から見たらあんな風に見えるのだろうかという、一種の既視感に近いものだったのだろう。
本当に、あんな短い時間でよかったのか。あの日、約束の丘を後にしようとするルカにそっと囁いた時、ルカは笑って頷いた。
――私を産んでくれてありがとう、って、ちゃんとお礼は言えたもの。だからいいの。
そう言えば、この墓の前で、そんな言葉を心に浮かべたことがあっただろうか。元気だから安心して眠っていてくださいと、それだけを繰り返して来た気がする。
ざわ、と、みくりの森に葉擦れの音が響く。この音も、もうすぐ消えてしまう。いつかメタファリカの中に蘇るまで、大地の心臓として眠り続ける。
けれど、この墓は持って行けない。この小さな石の下で眠り続ける人は、二度と蘇らない。
どうしてこの世に自分だけを置いて逝ってしまったのかと、一人膝を抱えて涙を押し殺した夜がある。恨まなかったと言えば嘘になる。どうせなら両親と一緒にあの時死んでいればとすら思ったこともある。うっかり声に出して呟いてしまっていたらしく、ルカに「ダメ! 絶対ダメ! とにかくダメーっ!」としこたま怒られたあげくに泣かれてしまい、二度と言うまいと固く決意したこともあった。
あの時は、どうしてルカがあんな風に泣きながら怒ったのかわからなかったけど、今ならわかる。
「……俺を、産んでくれてありがとう」
この世に、命を与えてくれてありがとう。
生きているから、悲しかった。生きているから、喜びを感じた。生きているから、どんなに辛くても絶望を覚えても、未来に希望を繋ぎ、あがくことができる。
「今まで、こんな簡単なことも言えなくてごめん。俺は、もう大丈夫だから」
だから、安心して眠っていて下さい。
そう呟いて立ち上がった時、また優しく森が鳴った気がして、クロアは目を細めた。
一足先に合流場所に戻ったクロアは、その後戻ってきた二人の様子に安堵の息を吐いた。ルカの目はほんの少し赤かったものの、クローシェと寄り添い笑顔を浮かべている。
とりあえず森を出ようとレグリスの指示があり、歩き出したクロアの隣にルカが小走りに寄ってきた。
「ね、クロアはお墓参りに行かなくて良いの?」
心配そうに見上げてくる瞳に、小さく首を振る。
「いや、隊長に時間を頂いて行ってきた。大丈夫だ」
「そっか。さすがレグリスさん、気配りだなぁ。クロア、ほっといたら行かないんじゃないかって、ちょっと心配だったから」
ほっとしたように笑みをのぞかせるルカに歩調を揃えて歩きながら、クロアは苦笑した。
「俺はそんなに薄情に見えるか?」
「んー……薄情っていうか、クロアっていつでも自分のことは二の次でしょ? クローシェ様の護衛があるから離れるわけにはいかないって、そう思っちゃいそうだなぁって」
ルカが唇を尖らせるようにしてそう言うのに、クロアは吹き出す。ルカも人のことはあまり言えないだろうと反論したかったが、そうすると埒の明かないやり取りになりそうなので、違う事を口にした。
「大丈夫だよ。ちゃんとルカをお手本にして来たから」
「お手本?」
きょとん、とルカが見上げてくる。その首にきらりと光るものを見つけて、クロアは瞬きをした。見覚えがあるなと記憶を手繰り、そして思い出す。確か、I.P.D.ラボの奥で、ルカがクローシェに叩きつけたものではなかったか。
I.P.D.は大鐘堂が意図的に操作していると知らされ、探していた妹は既に亡くなったと聞かされ、世界に敵意をむき出しにして大嫌いと叫んだルカを思い出す。
そんなに昔の事ではないはずなのに、今同じネックレスを首に飾った彼女はこんなにも穏やかで、健やかだ。
人は変わる。世界だって変わる。生きているから。
命を与え、愛を注いでくれた人がいるから。
「ね、お手本って何?」
じっと見下ろされて居心地が悪かったのか、ルカが続きを促す。クロアは笑みを浮かべた。
「お礼の言い方」
「へっ?」
「ほら、行くぞ。シュンから連絡があるかもしれない」
不思議そうに問い返すルカの肩をぽんと叩いて、先を促す。まだ納得していないのだろう、不満げな顔のルカが、クローシェに呼ばれて駆け出す。
赤い蝶がひらひらと舞うようなその背を見送りながら、クロアは右手を握りしめた。
今度こそ、本当の意味で護ってみせる。二度とあの笑顔を曇らせることのないように。
いつかの約束を、新しい大地で果たす為に。
―了―