ありしひ

Gust,小説ロアルカ

 アルトネリコ2PHASE5の、VIENAイベント前くらいのクロアとルカのお話。

※個人の妄想と解釈によるロアルカ恋愛要素が含まれています

お好きな方はどうぞ!


 

「あ、クロア。その箱は入れなくていいよ」
 唐突に飛んだ指示に、俺は作業途中の手を止めた。そろそろ見慣れてきたルカの部屋の床に置かれているのは、頑丈なトランクと木箱が一つ。
 天界への塔を創造する為にリムをパージして、目減りし続けているメタファルスを維持する導力を確保する。それと引き替えにして雲海の底へと沈んでしまう場所に、俺とルカの故郷であるミント区も含まれていた。
 俺は数年前に引っ越しを済ませていたので特に持ち出す物もなかったが、ずっとここに住んでいたルカはそうはいかない。一時的な避難先としてパスタリアの俺の家に荷物を移すことになったが、持ち出す荷物はこのトランクと木箱だけに収めるつもりらしい。
 基本的に無駄遣いが嫌いで倹約家のルカだが、その部屋は質素ながらも女の子らしい小物で彩られている。箱とトランクだけで大丈夫なのかと思ったが、彼女は思い切りよく要るものと要らないものを選別しているらしい。
 手に持っていた箱を開けてみると、中に入っていたのは裁縫道具だった。俺は布張りの箱をとりあえず棚に戻しながら、ルカに確認をとった。
「いいのか、ルカ? 持って行かなくて」
「うん」
 せっせとタンスの中身を選別しているルカは、こちらを向かずに頷く。ちなみにルカの傍にはトランクの蓋によって壁が築かれていた。まあなんていうか女の子のタンスの中身をのぞく趣味はないし、遠慮して小物類の選別と荷造りを手伝っていたのだが、ルカは時々こちらの様子を確認していたらしい。
「そうだな、針と糸くらいはパスタリアで買えばいいか。俺の家にもあるし」
「ううん、違うよっ」
 ちょっと笑って、ルカはこっちを振り向いた。
「裁縫箱は、お母さんのを持っていこうと思って」
 微笑んだルカの、瞳の奥にある寂しそうな色に気づかないはずもないが、俺は短く「そうか」と応えるだけに止めた。他にかける言葉が見つからなかったのだ。
「さっきクロア達が出かけてた間にね、お母さんの部屋と台所の整理はすませたの。選んだものだけ、向こうでクローシェ様やアマリエ達が箱に詰めてくれてるから」
 そう言いながら、ルカは俺に大小様々な瓶の詰まった籠を寄越した。色鮮やかな液体が詰められている瓶をひとつずつ薄紙で包みながら、俺はルカの方を見ないままに口を開く。
「……懐かしいな。俺も、よく繕ってもらった」
「クロア、小さい頃はやんちゃだったもんね。ケンカしたり決闘したり、稽古着もしょっちゅう破ってたし。よし、こっちはおしまいっ」
 くすくす笑いながら、ルカはタンスの引き出しをしめ、続いてトランクを閉めた。散らかっている様々な荷物を器用に避けながら俺の隣にくると、腰を下ろして梱包作業を手伝いはじめる。
 けれどもうまくいかなかったのか、巻いたはずの薄紙を豪快にはがしたルカは、俺が包み終えた瓶を箱に詰める作業に移りながら唇を尖らせた。
「もー、私ももうすこし器用だったらなぁ。裁縫道具も、宝の持ち腐れかも。もっと色々お母さんに教わって練習しておけばよかっ」
「ルカ」
 強めの口調で名前を呼ぶと、こちらを振り向いたルカはきょとんと小首を傾げる。
「なに?」
 衝動的にルカを遮ったものの、俺は言葉を探して一度口をつぐんだ。
 指摘することそのものが、ルカにとっては辛いことなんだろうと思う。ルカが一生懸命に押し込めていつも通りに振る舞おうとしているのなら、このまましらんふりしておく方が、お互いに楽なのかも知れない。
 けれど、その逃避の積み重ねが、いつの間にかすれ違いを生んで、深い溝を刻んだ。あの喪失を生んだ。誰よりも分かり合っていられるはずだったルカを、一度は確かに失った。
 あんな想いはもう二度としたくない。
 軽く息を吸って、ルカに手を伸ばした。髪飾りのついていないあたりの髪を撫でるようにしながら、ルカの瞳をのぞき込む。
「頼むから、辛い時に頑張って笑わないでくれ」
 ルカが棒でも飲み込んだような顔になった。しばらく固まっていた表情は、ゆるゆると崩れて、そして瞼が伏せられる。
「……ずるい、クロア」
 ぽつりと呟かれた言葉に、ごめん、とルカの頭を右腕で抱え込んだ。きゅ、とルカの指が俺の服を握りしめる。布越しに感じた細い指は、ひどく冷たかった。
「ひどいよ、しらんふりしててよ……」
「ごめん。でも、そうやって我慢して、ルカが辛いことをため込んでいくのをただ見てるだけなのは、もういやなんだ」
 俺の膝の上に、ぽつりと雫が落ちた。まだ包みかけだった瓶は脇に置いて、両手でルカを抱き寄せる。
 ひっく、としゃくりあげる背中を軽く叩いてやる。線の細い身体が小さく震えるのが痛々しくて、少しだけ腕に力を込めた。
「……お母さんの裁縫箱」
 唐突に呟かれた言葉に、赤ん坊をあやすように背を叩いていた手を止める。
「私がね、昔作った針刺しが入ってたの」
「――そうか」
「ひっどいんだよ。色とか紫と緑と黄色だし。縫い目もがたがただし、形だって丸だか三角だかわかんないようなの」
 そういえば、ルカが指を傷だらけにしながらそんな縫い物をしていたことがあった。水が染みて洗い物がつらそうだから代わっていたことを思い出しながら、かろうじて泣き笑いを保っているルカの頬をてのひらでそっとぬぐった。
「なのに、大事そうに、破れたところは繕って、まだ糸が残ったままの針とか、刺さって……っ」
 堪えきれなくなったのか、ルカが俺の肩に額を押しつけた。ぽんぽん、とその頭を撫でてやってから、なるべくそっと、あまり重い言葉にならないように気をつけながら「良かったな」と囁いた。
「良かったな、ルカ。レイシャさん、喜んでくれてたんだ。大事にしてくれてたんだな」
「……ん、うん……っ」
 お母さんごめんね、と続いた言葉は嗚咽の中に消える。声をあげて泣くルカを抱きしめた俺は、好きなだけ泣かせてやりたい気持ちと、誰かが乱入してきたらどうしようという不安の板挟みになっていた。
 この状況だとどう見てもルカを泣かせている俺が悪者だ。
 けれど、それは結果として杞憂に終わった。後から聞いた話だが、レイシャさんの荷物をまとめていたクローシェ様も泣き出してしまい、ココナとアマリエの二人がかりで慰めていたらしく、ルカは思う存分泣いてから身じろぎをした。
 身体を起こそうとするのを手伝ってやると、はれぼったい目元をちょっと手の甲でこすりながら、えへへ、と照れくさそうに笑う。
「……ちょっと、すっきりしたかも」
「そうか。なら良かった」
 目尻に残っている涙を拭ってやると、ルカがぽすんともたれかかってきた。
「ゲンゴロー、持っていってもいいかなぁ」
 迷っているような様子に、俺は驚いた。思わずルカの肩を掴んで引き離し、不安そうなルカを正面から見つめる。
「いいに決まってるだろ。というか、絶対に持っていくものだと思っていたぞ、俺は」
 それでもルカは、まだためらっているようだった。細い指を組み合わせて、うつむいてしまう。
「でも、おっきいし」
「どうしても入らなかったら別に箱を用意するから。あれだけは持っていきたいだろ、ルカは。レイシャさんが、ずっとルカの作ってくれたものを持っててくれたみたいに」
「……うん」
 こくん、とうなずいたルカが、あれ、と声を上げて俺の胸にもたせかけようとしていた顔を上げた。
「私、ゲンゴローはお母さんが作ってくれたんだって、クロアに話したっけ?」
「ああ。コスモスフィアでだけど」
「そっか」
 呟いたルカが、ベッドの上に移動させていたゲンゴローに手を伸ばす。微妙に届かない様子だったので、少し身を乗り出して代わりに取ってやると、ルカはペペンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「……みくりの森の守り神みたいに、ここも全部、メタファリカに連れて行けたらいいのにね……」
 その呟きはきっと、ここで同じ時を過ごしてきた俺にだからこそ言える、俺にしか言えない願いだ。
 連れて行ければ。この家も、ルカと駆け回った草原も、名残惜しく眺めた夕陽も、内緒の秘密基地も、顔も思い出せない両親の墓も、おかえりなさいと迎えてくれたレイシャさんの笑顔も。今もなお胸を刺す痛みですら懐かしい想い出が、そこかしこに残るこの場所を、全部連れて行ければ。
 けれど、それを捨てても、どうしても叶えたい願いがある。望む未来がある。俺にも、ルカにも、みんなにも。
 だから俺は頷いた。
「連れて行けるさ。ルカの心の中に、俺の中に、ずっと残ってる。この家も、ここであったことも、全部」
「――うん、そうだね」
 ゲンゴローごと抱きついてきたルカを何度目かに抱きしめなおしてから、俺はその背中をぽん、と一つ叩いた。
「さあ、もうひと頑張りしてしまおう。ゲンゴローも入れてやらないとだし」
 うん、と頷いたルカは、けれど俺から離れないままに「クロア」と俺の名を呼んだ。
「どうした?」
 よしよし、と子どもをなだめるように頭を撫でてやると、俺の肩あたりに埋まっている頬が少しふくらんだ。
「もう、そうじゃないよ。あのね」
 身体を起こしたルカはゲンゴローを抱いたまま、小首を傾げて微笑んだ。
「ありがと、クロア」
 ……泣いたせいでまだ潤んでいる瞳での上目遣いでその一言は破壊力が強すぎるから使用には気をつけてくれと心の中で盛大に注文をつけながら、俺はちょっと視線をそらした。
「別に、そんなたいしたことじゃないだろ。泣かせてごめん、って俺が謝るならともかく」
「ううん。泣かせてくれてありがとう、でしょ」
 わざわざ俺の視界に入るように身体を寄せて、ルカはなおも笑う。
「それから、お礼ついでにもうひとつ聞いてくれる?」
「ん?」
 なんだまだ俺の臨界点を試したいのかと用心しながら向き直ったルカは、笑顔の中にも真摯な瞳でじっと俺を見つめていた。
「私を、諦めないでいてくれてありがとう」
「……?」
 思わずルカの大地の色の瞳をまじまじと見つめ返す。ルカの言う意味がよくわからなかったのだ。
 ルカは、「あのね」と言いづらそうに少し口ごもってから、一つ息を吸い込む。
「私、クロアの事だましてたし、クロアに辛くあたったし、振り回したし、嫌われた方が楽だと思って酷いことも言った。なのにクロアは、ずっと私を諦めないでいてくれたでしょ? 今だってそうだよ、私の本当の本当を探して、見つけ出してくれた」
 だから、とルカは笑う。幸せそうに、満足そうに。まだ涙の痕が残った頬を、柔らかくゆるませて。
「ありがとう、クロア」

 ぬいぐるみの中綿がつぶれてしまったら、あのやけに商魂たくましい心の護は怒るだろうかとそんなことを考えたけれど、俺は気が付かなかったことにして力一杯腕の中の温もりを抱きしめた。

 

―了―