此方彼方

Gust,小説ロアルカ

アルトネリコ2のPHASE2、魔大陸でのルカ(?)視点の、クロアとルカのお話。たぶんシリアス系。

※個人の解釈と妄想によるねつ造要素があります

お好きな方はどうぞ!


 

 私は誰?
 私はルカ。ルカ・トゥルーリーワース。
 私はルカ。この不安定な大陸そのものとなったルカが生み出した、「鍵穴」の役割を担った人形。
 私はルカ。謳える。話せる。歩ける。息が出来る。
 私はルカ。この世界の一部でありながら、そこから突出した存在。今は大地の心臓として生きているオリジナルと同じで違う存在。
 私はルカ。
 クロアの傍で、クロアに護られて、クロアの役に立てる、ルカ。

 木材で出来ているように見える扉の前にたたずんで迷うこと数分。ノックの形に握った手を下ろしたり上げたり、また下ろしたり。
 魔大陸の宿屋は、私たちしか使わないから通りすがりの人に不審がられることはないけど、ある意味誰に見られても正しい意味で怪しまれてしまう。
 だってここは私の部屋じゃなくて、クロアの部屋の扉。そこにずっと立ちつくしている所を見られて気まずくなってごまかすよりは、さっさとノックをして用事をすませた方がいいに決まっている。
 簡単なことじゃないの。I.P.D.のセラピに行こうと思うの、もし疲れてなかったら隣に付き合ってくれないかな。ドアを開けてくれた彼に、そう言えばいいだけ。
 それでもまだ数回手の往復を続けた後、息を止めて小さく拳を扉にぶつけた。早めに2回。
 固唾を呑んで待ってみたけれど、返答はない。物音ひとつしない。止めていた息を大きく吐き出す。
 まだ休むには早い時間のはずなのに、どこかに出かけているのだろうか。
 首を傾げて、意を決してノブに手を掛けた。冷たい金属はあっさりと回り、私は細く開けた隙間から中をのぞき込んだ。
「クロア……? いないの?」
 囁くように尋ねてみたけれど、返事はない。けれど、てのひら一つ分も開けていない扉の隙間から、クロアの姿が見えた。
 明かりもつけたまま、ベッドの上に座ったまま倒れ込んだような様子で、布団も被らずに横たわっている。どこか具合でも悪いのだろうか、苦しそうな呻きが聞こえた。
「クロア……?」
 慌てて扉を閉めて部屋へ入り、寝台の側に駆け寄る。汗びっしょりのクロアの呼吸が荒いのを確かめて、ためらいながらクロアに指を伸ばした。
 肩を軽く揺さぶる。
「クロア、クロア!」
「……っ!」
 ばち、とクロアの目が開いた。すごい勢いで跳ね起きたクロアが、私を見つけて動きを止める。
「……ルカ……?」
 呆然としたような声で呼ばれた名前に、私は小さく笑って見せた。
「うん。どうしたの? 悪い夢でも見た?」
 すごい汗、と袖口で拭おうと伸ばした手は、クロアの腕でやんわりと遮られた。
「――大丈夫だ。自分で拭くよ、ルカの服が汚れる」
 そう、と頷いて、私は所在なく立ちつくした。言葉の通り、クロアはタオルを取りあげて汗を拭っている。
 その手は、指先は、小さく震えていた。本当にわずかに、か細く。武術の稽古で固くなっているけど、大きくて温かなクロアの手が。
 手を取って、握りしめてあげたい。大丈夫だよって言ってあげたい。
 でもさっき、クロアに遮られてしまった手は動かない。
「……な、何かあったかいスープでももらってこようか? あ、お茶でもいいかな。喉乾いたでしょ」
「いや、いいよ。水があるし」
「そう……」
 両手を身体の前で握りしめて、うなだれる。
 こんな時、「ルカ」ならどうしたんだろうか。私はルカだけど、ルカじゃない。だから、正解がわからない。
 強引にでも、やっぱりもらってくるよと厨房へ行けばいいのだろうか。じゃあまた明日ね、と物わかり良く帰ればいいのだろうか。クロアの為には、どちらがいいのだろう。
 もともと、用事なんてあってないようなものだった。ただクロアの顔が見たかっただけ。だから、用意しておいた口実なんてもうどこかに消えてしまっている。何より、そんな口実でしかないお願いをするのが申し訳ないほど、クロアの様子はおかしいのに。こんなに辛そうなクロアに、私は何をお願いしようとしていたんだろう。
 と、うなだれていた私の目の辺りにかかっていた前髪が取り払われた。驚いて目線を上げた先では、指先で髪を持ち上げたクロアが申し訳なさそうに笑っている。
「すまない。気をつかわせてるよな」
 どうこたえたらいいのかわからずに、口を滑り出て来たのは彼の名前だった。クロア。
「ルカが悪いんでも、ルカのせいでもない。気にしないでくれ」
「でも」
 言いつのろうとした私を遮るように手を振って離れたクロアは、もう一度寝台に腰掛けた。
「……冷たかったんだ」
 膝の上に肘をついて顔を伏せたクロアの、くぐもった声が静かに語る。顔は見えないけれど、声の調子でどんな表情なのかはだいたいわかる。
「ルカの……身体が。俺の腕の中で、ルカが冷たくなったんだ」
 それは、私ではなく、本当のルカのこと。確認する必要などないくらいに、はっきりとした事実。
 ルカの魂と呼んでいいものは、大地の心臓と化した。だから、容れ物である身体は生きているとは言い難い存在になった。けれど、インフェルスフィアでクローシェ様と出会った『ルカ』は、自分の身体もまた存在することを意識した。だから、今はあの身体も生きてはいる。
 それでも、一時は心臓が止まったのだ。クロアの目の前で。
「だから、君の温度を確かめるのが怖いんだ」
 続けられた言葉に、私は目を見開いた。温度を確かめる、のが怖い?
 なんとなくクロアの言葉の意味がわかるようで、でもわからない。だってクロアは、私にインフェルスフィアキーを差し込む時には、延命剤を入れてくれた時と同じように、私を抱き寄せて支えてくれるのに。延命剤と違って痛くはないから、そんな必要なんかないのに。
 だから思わず、疑問が口からこぼれ出た。
「え、でも……鍵を差す時は」
「ああ、あれか」
 クロアは苦笑する。
「あれは、君の言葉に甘えてるんだ。ここにいるルカは鍵穴だ、ルカじゃないんだって。本当のルカは、きっとあの丘で、俺がルカの大地の心臓を持って帰るのを、待っててくれてるんだって」
 『本当のルカ』。
 そう、クロアが待っているのは、今も想っているのは、私ではない。かといって、大地の心臓でもない。
 彼と幼い頃を共有し、傍らで一緒に成長してきたあの身体と魂が揃って初めて、クロアにとっての本当の『ルカ』は還ってくる。
 いつの間にか、また視線は床を向いていた。きつく握りしめすぎて、白くなった自分の手が見える。
「けれど、やっぱり君もルカなんだ」
 続けられた言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
 クロアは私を見ていた。優しい苦笑で、穏やかな瞳で。
「だから君が温かいのは嬉しいことなんだけど、まだ喜びたくないというか……決めたくないというか、やっぱり確かめたくないんだ。――ああ、わけがわからないよな。実は、俺にもよくわかってないんだと思う。すまない、ルカが悪いわけじゃないんだ。俺の身勝手なんだよ」
 筋は通ってない。言葉だけ聞いていたら何を言っているのか全然わからない。
 でもその淡々と紡がれた声音は私への労りにあふれていて、ルカへの想いが満ちていて、返す言葉を持たなかった。
 私は結局、しばらく黙り込んだ末に、ありがとう、と呟いた。

 

 ねえ、ルカ。本当のルカ。私のオリジナルのルカ。
 あなたはどうして『私』を創ったの?
 インフェルスフィアキーの鍵穴としてなら、何も『ルカ』じゃなくてもいい。この大陸はあなたそのもの。ペペンでもスープもどきでも、何でも良かったはず。そこに鍵を入れるインストールポイントがあればいい。そしてスープに触れられるものであればそれでいい、はずだ。
 なのにどうして、『私』はルカの姿をして、ルカの記憶を、ルカの力を、そして……ルカの『想い』をもっているの?
 ただ単に、創りやすかったから?
 それもあるよね、きっと。私以外にもこの大陸には『ルカ』がたくさんいる。案内役として、出題役として、そしてルカの一部分として。
 だから私もその一つでしかない。たまたまこの大陸では唯一の『鍵穴』としての機能を持っているだけ。そう思っていた。
 でも、オリジナルのルカに聞かなくたって、私はルカがどうして『私』を創ったのかという答えを、知っている気がする。
 だって、私に与えられたものは、鍵穴としての役割だけではなく、クロアの傍にいる為に必要なもの全て。
 ルカの姿、ルカの記憶、ルカの力、ルカの詩。人間の身体を捨てて、よりいっそう精神が自由になったと言うルカが、それでもどうしても隠したくて本当は隠していたくない、それが私という存在そのもの。
 クロアの傍で、クロアに護られて、クロアを助けて。ううん、そんなすごいことでなくてもいい。同じものを見て、なんでもないことで笑って、朝はおはようを言って一緒にご飯を食べて、そんな普通の毎日を過ごしていたかった、『ルカ』の想い。
 ねえ、ルカ。
 私はあなたから生み出された一部。だから、私には『ルカ』への影響力はない。どれだけあなた呼びかけても繋がらないし、意味もない。けれども。
 『私』は本当に、そのままでいいの?
 本当は人間の身体に戻って、クロアの傍で、新しい思い出を積み重ねていきたいんじゃないの?
 クロアはルカを探しているのに。ルカを取り戻そうとあんなに必死なのに。それは、ただの『鍵穴』である私ではないのに。
 ねえ、ルカ。
 あの日々は二度と戻らないし、私の罪も汚さも消えないよね。
 レイカには会えないままだし、お母さんのことだってまだ何も解決してないし、酷いこともたくさんしてしまったし、初めましてからやり直そうと決めたクロアとのことだって、まだ全然先も見えない。クローシェ様に酷いことをして、みんなを利用して、勝手な正義を世界に押しつけた。
 これだけ揃ってしまえば、不安だらけで未来に明るい材料なんてこれっぽっちもないように見える。
 本当はとても怖いんだよね。怖くて怖くてたまらない。あれだけのことをしておいて、まだ許されるのかって。許してもらえるのかって。もしも許してもらえないのかもしれないなら、これ以上傷つくくらいなら、もういっそこのまま嫌われて見捨てられて消えた方が楽じゃないかって思っちゃうくらい、怖いよね。
 でも、クロアはここまで来てくれた。ルカを取り戻そうとしてくれてる。
 だからこそあなたは、私を創って、私に「鍵穴」の役割を与えて、クロアの所に行かせたんじゃないの?
 もう人間に戻る必要はないと言いながら、あんなにたくさん罠をはって試すような真似をしておきながら、それでも一縷の望みを私に託して、ひょっとしたら手が届くかも知れない、一番欲しい未来への希望をつないでいるんでしょ?
 ねえルカ。オリジナルのルカ。本当の『私』。
 私は役割を果たしたら消え失せる。きっともうすぐだ。大地の心臓に手が届くところまで、クロア達は辿り着いた。
 でも、ルカ。
 その時はあなたも一緒に還ろう?

 あの、あたたかなひとが待っててくれるところへ。

 

―了―