このわがままを
テイルズオブエターニアの、リッドとファラのお話。
ファラが十年前の真相を語るに至るまでのお話です。
※ほんのりリファラ要素があります
※個人の解釈をもとにしたねつ造要素があります
お好きな方はどうぞ!
どうやれば、あんなところからここに落っこちてきて無事でいられるんだろう。
ティンシアの展望台の手すりを握りしめて仰ぐ、故郷の空に比べれば薄暗い空に輝くセイファートリングを眺めて、ファラはそんなことを考えていた。
遠目に見ても、今まで完全な円形だったリングは何カ所か切れているように見える。だったら、あれは現実だ。
セイファートリングの中心にある黒体に晶霊砲を打ち込んだことも、その直後、何かの影響でオルバース界面がまるで時化のように荒れたのも。
今、下を見下ろせば見える建物――シルエシカのアジトにある救護室――の寝台に横たわったままのリッドが、とっさに受け身を取り損ねたファラを庇うように抱きしめてくれた感触も。
そこで意識は途切れて、気がつけばシルエシカの救護室の寝台に寝かされていた。跳ね起きたファラの隣の寝台で、リッドはまるで息をしていないかのようにぐったりと横たわっていた。
心臓が凍てついたかと思った。
皮膚の下を通っている血管という血管が、すべて止まってしまったのかと思った。
――動かない、見知った顔の村人達。熱い炎に舐められ、燃え上がる故郷の村。逃げなさいと叫んだ声を背中で聞いたのが最後だった、母親の瞼を閉じさせる叔母の震える手。黒い黒い闇を纏った、影。
ここはどこで、今はいつだ。わからないまま、強張って上手く動かない唇で、働き方を忘れた舌をようやっと動かして、リッドの名前を呼ぶ。と、それで気がついたシルエシカのメンバーがファラの肩を叩いて笑いかけてくれた。
大丈夫。彼はちょっと全身と、あと頭を打っているみたいだけれど、今眠っているのは多分疲れだから、そのうち目を覚ましますよ。
なかなかその音の波が言葉として掴めず、ただその白衣を着たメンバーの顔を穴があくほど見返していると、その人は首をかしげた。
「……言葉、通じてます? あ、ここはシルエシカのアジトです。安心してくださいね」
その言葉に、ファラは我に返った。慌てて、かすかに頷く。
そして、あたりを見渡した。清潔な部屋には、いくつかの寝台が並んでいる。けれど、横たわっているのはリッドだけだ。
「あの……ええと、他のみんなは」
「あ、他のお連れさんならもう目を覚ましてますよ。船長さんは船の方に、あとのお二方はガレノス技師のところにいらっしゃるはずです。会いに行きます?」
案内しますよ、と言ってくれるその人から視線を外して、リッドにあてる。かすかに胸が上下しているリッドを見つめたまま、ファラは小さく首を振った。嫌な顔ひとつせず、彼女はわかりましたと頷いてくれた。
「では、わたしはボスに報告して参りますので。ボスも皆さんを心配されておいででしたので、お時間が取れましたら、どうぞお会いになってあげてください」
「はい。……あの、フォッグに、本当にありがとうと……」
「伝えます」
にこりとその人が笑って静かに扉の向こうに消えてから、しばらくリッドの寝顔を眺めていた。けれど、ご飯だと呼びに来たキールとメルディに連れられて外に食べに行き、現状の確認をした。
そうなると今度は、ぴくりとも動かないまま眠っているリッドの顔を見るのが、なんだか怖くなった。もう少し外の空気を吸いたいからと、心配そうなキールとメルディに先に帰ってもらって、この展望台に来たのだ。
展望台。思い出すのは、こんな立派なつるつるしたもので出来ているものではなく、ラシュアンの木組みの見張り台。
そういえば、とファラは首をかしげた。
どうして、ラシュアンには見張り台が必要だったのだろう?
一体、何を見張るための場所だったのだろう。
あそこは、リッドのお気に入りの場所で、幼かった頃はキールとリッドと三人の絶好の秘密基地で、当たり前にそこにあるものだった。だから、深く考えたことなんてなかったけれど。
リッドなら、何か知ってるかな……?
そう考えても、瞼の裏に浮かんでくるのは、まるで病人みたいな顔色で寝台に横たわっているリッドで、ファラはたまらずちぎれそうなくらい首を振った。
考えるな考えるな考えるな。
呪文のように、口の中で呟いて、握りしめた手すりのその拳の上に額を乗せて息を殺す。
覚えてる。バンエルティア号が転覆しかけた刹那、どっちが上で下なのかわからない方向に体が投げ出されたとき、確かに受け止めてくれた力強い腕と暖かな胸を。
リッドは頭を打っているという。なら、それは。
「もぉ、やだ……」
噛み殺しきれなかった嗚咽が漏れる。
どうして。
どうして、いつもいつもギリギリの時に、そんなに優しいの。
わたし、嘘つきなのに。
ずっとずっとずっと、隠し事をしているのに。
あなたの家族を奪ったのに。
本当なら――あなたのそばで笑ってることなんて、わたしには許されるはずないのに。
「……ファラぁ……?」
呼びかけられた声に、ファラはびくりと体を強張らせた。可愛らしい、少し舌っ足らずな聞き慣れた声を間違うはずもない。
「ファラ? な、どしたか? どこか痛いか……?」
心配そうに矢継ぎ早に問いかけてくるメルディにううんと首を振って、手の甲で頬を乱暴に拭う。そして大きく息を吸うと、なんとか笑顔が浮かんだ。
その表情のまま、声の主を見やる。心配そうに、明るい薄紫色の瞳を曇らせているメルディと、同じような表情をしているように見えるクィッキーに、ファラは大丈夫、と笑いかけた。
「本当?」
「うん。ちょっとね、ほらいろいろあったじゃない。しんみりしちゃった」
「……そうか? キールも心配してたな。ファラの少しおかしいって」
「そっかな? 大丈夫だよ」
首をかしげるようにして、妹のような少女に笑いかける。作ってるわけじゃない。少しでも嬉しいことがあれば、楽しいことがあれば、ちゃんと笑顔は浮かぶ。
けれど、メルディはファラの顔を見上げるように覗き込んで、ふるふると首を振った。柔らかなくるくるの巻き毛がつられて揺れ、肩に乗っていたクィッキーが驚いたようにメルディの頭の上によじ登った。
「ファラ、ひょっとしてちょっと気付いてないか? ファラが顔、真っ青だよぅ?」
真っ直ぐに見上げてくる瞳に、ファラは否定の言葉を飲み込んだ。
メルディから視線を外すことも出来ずに、絶句したままその瞳を見つめ返し、そしてファラは参ったな、と口の中で呟き、視線を空に投げた。
「……そんなにひどい顔してる、かな? わたし」
「はいな」
間髪入れずに頷くメルディを見つめて、そしてファラは手すりを握りしめた。
「……メルディは、さ。怖かった?」
ぱちくりとメルディは瞳を瞬かせた。
「バリルと……シゼルは、メルディの知り合いなのかって、キールに聞かれたとき」
メルディはひとつまばたきをして、そして目を伏せる。
しばらくの沈黙の後、メルディは彼女の頭の上に陣取っていたクィッキーをそっとおろして胸に抱きかかえた。
「とっても怖かったな。もう……一緒に行ってくれなくなるは悲しいけど、でも、もうメルディに笑ってくれなくなるかも、が、一番怖かったよ」
抱きしめているクィッキーのふさふさのしっぽに、顎を埋めるようにして呟くメルディの言葉に、ファラはひとつ頷いた。
「……だよね」
怖い。
あの笑顔を失うかもしれない。
あの優しい手を失うかもしれない。
たったひとつ残された、最後のあったかいものを失うかもしれない。
このまま、ずっとずっと隠し通して押し込んでいれば、そのままでいられるかもしれないと、思っていたけれども。
あの嘘がある限り、リッドにどれだけあったかいものをもらっても、きっと心の底からありがとうを言うことが出来ない。
ごめんなさいと、そう心の中で謝っている間は、きっと。
「ファラ……?」
気遣わしげな呼びかけに、ファラは首を振った。
「ゴメンね、メルディ。心配してくれてるのに……まだ、言えないんだ」
わたしは弱いから。
十年間後回しにし続けてきた、あの人に謝る勇気も、怒られる決意も、嫌われる覚悟も。まだ、ひとつも、出来ない。
ぎゅっと唇を噛みしめるファラの固く握りしめられた手に、メルディのてのひらがそっと重ねられた。
「んーん。ファラの自分で言える、それが一番」
メルディの笑顔は、なんだかひとつ年下とは思えないほど大人びていて、ファラは少し涙のにじんだ瞳を瞬かせて頷いた。
そっと、音を立てないように気をつけながら救護室の中に入る。
先程、メルディと二人でフォッグの所に挨拶に言ったときに聞かされた通り、リッドはまだ目を覚ましていなかった。
そっと触れてみた額は、出かける前より暖かくて、顔色も幾分血の気が戻っているように見えて、ファラはそっと息をついた。
体をかがめて、リッドの口元に耳を寄せて呼吸を確認する。
ゆるやかな、けれども確かな呼吸が繰り返されるのに、ファラは思わず涙ぐんだ。
「――わたしが悪いんだ」
呟く。熱い塊が喉の奥からこみあげてきて、声が掠れる。
「わたしが、わがままだったから……だから」
リッドとキールを、あの罪に巻き込んだ。
お父さんもお母さんも、リッドのおじさんも、みんなを殺した。
「いつか、ちゃんと謝るから……ちゃんと、言うから。お願い、待ってて……」
そうしないときっと、もうここから一歩も動けない。
ぽた、と、リッドの頬に落ちた涙を、ファラは指で拭い取って体を起こした。
傍に用意されていた水桶に手布を浸して、それで顔を拭う。
ぱん、とひとつ両手で頬をはたいて、ファラは目を閉じた。
「……リッドは力を持ってる。わたしは、助ける。グランドフォールが迫ってる。わたしは、わたしに出来ることをする」
言い聞かせるように呟いて、大きく息を吐き、そして息を吸いながらファラは目を開けた。
「――よし」
「光? ぴかぴかの光? お星様みたいだな」
メルディが、シルエシカとインフェリアとの会議の席上で首をかしげた瞬間。
その時が訪れたのだと――そう思った。
あのレグルスの丘。過ちの始まった場所。ガレノス達が欲しがっている鉱石は、きっとあの時欲しかったお星さまのカケラだ。
そこにちゃんと戻っていく。なかったことにして生きて行くことなど、決して許されないように。
口にするタイミングをはかっているファラの様子にいち早く気付いたリッドが、いつものようになんでもないような、けれど気遣わしげな声色でファラの名を呼ぶ。どうした、と尋ねてくれる。
――優しくしたりしないで。
泣きたくなるから。今すぐ何もかもぶちまけて、終わりにしてしまいたくなるから。
でも……お願い、どうか、どうか。あの時はじまったわがままを、終わりにするまでは、どうか。
あなたに助けられて、大きく遠くなっていく背中を追いかけて、ここまで歩いてきたのだと、そうちゃんと伝えることができるまでは、どうか。
ファラは、震える拳を握り込んで、顔を上げた。
「あのね、行きたいとこがあるんだ」
―了―