手にするもの

Tales,小説キルメル,リファラ

テイルズオブエターニアの本編後、リファラのお話です。

※リファラキルメルの恋愛要素がほんのりあります

お好きな方はどうぞ!


 

 愛ってどこから来るんだろう。
 不思議だね。

 そう言って笑ったファラの方が、オレには不思議の塊に見えた。

 

 バンエルティア号の甲板に寝っ転がって空を見上げる。
 前はこうすれば、見上げた空にはリングが浮かんでいて、逆さまに広がる明るい大地、インフェリアが見えた。
 今はもう、夜にならないと見えない。青く輝く、瞬く星々より大きく見える、オレたちの故郷。
 リングが壊れてから、セレスティアに来るまでにひとつ季節が過ぎた。こっちはオレたちのふるさと、インフェリアとは季節が違うからよく判らないが、律儀に日が昇って落ちるまでを1日に区切って数えているキールのメモから見ると、そろそろ収穫感謝祭の準備の時期に入る。
 あの祭りがオレは嫌いだった。
 人に関わるのも、関わられるのも避けていたオレには、あの祭りは面倒くさくて仕方がないだけの行事だった。
 どうしても思い出す。
 あの目が、どんな目でオレたちを見ていたかを。低い囁きの中に混じる、嫌悪の言葉を。この手で母さんの隣に父さんを埋めたあの日を。
 いくら時の中に埋もれていっても、父さんの顔を思い浮かべようとするとあの絵の父さんの顔になるようになっても、時々わき上がってくるあの時の衝動を恐れて、オレは必要以上に誰とも関わらないようにしていた。
 オレ一人で生きていくのは無理だから、狩りの獲物をわけるかわりに野菜や穀物をわけてもらったりするくらいの付き合いはしていたけれど、所詮それだけだった。
 ファラだけが別だった。あの頃も、それからも、そして今も。少しずつ位置や意味は変わっても、ファラだけはいつでもオレの中に居た。
 ファラだけしか居なかった。
 けれど、すべてを終えてラシュアンに帰ったら、そこはなんだか今までとは違っていた。
 挨拶をする。声が返ってくる。粉袋を抱えた隣のノイナばあさんから荷物を取り上げて玄関まで運んだら、一週間では食いきれないほどのパンが来た。うまかったので礼を言うと、それからもパンを焼く度に持ってきてくれた。
 そんなことがイヤじゃなかった。前はしかたなしにしてた、そんないろんな事がめんどくさくなかった。
 ここはオレの帰る場所。オレが、暮らしてきた場所。これからも生きていく場所。
 そしてファラは、いい傾向だと笑った。
 それからふとまじめな顔になっていったのだ。
「愛ってどこから来るんだろうね?」
 知らねえよ、と答えると、ファラは肩をすくめるようにして笑った。
「不思議だね」
 お前の方がよっぽど不思議だ。
 これだけそばにいてもまだオレの知らない顔をしてみせるファラの方が、そんなことよりよっぽど不思議だ。
 広がる青い空を見上げて、オレは目を閉じた。

 

 拾い上げた小石を振りかぶって、木の枝に止まっている鳥に投げつける。落ちてきた鳥に、ナイフを投げて仕留めた。
「ワイール! さすがだなリッド!」
 その場に倒れた鳥に駆け寄って、メルディはおいしく食べるからな~とすまなさそうに呟いている。
 いろんなことがあったけど、インフェリアから星の海を越えて久し振りに会ってみても、メルディは全然変わってなかった。
「ライトニングでやると焦げすぎる」というメルディの主張に負けて、とりあえず狩ってみたけど、この鳥は本当に食えるんだろうか?
 インフェリアにいるものなら、たいてい食えるのか食えないのかわかるけれど、セレスティアの生き物となるともうお手上げだ。
 メルディに聞こうにも、どうもその辺の感覚がまったくないようで、拾ってきたものやその辺にあったものをなんでも料理の材料にしてしまう。
 まあ、ナイトフライヤーの死骸が栄養剤になるセレスティアの食習慣に、インフェリアと同じような味覚を求める方が間違っているのはわかるが。
「これで今日はファラのごはん食べられるな!」
「そうだな。もう保存食は飽きたぜ」
 つい数時間前まで、地晶霊の廃坑に潜っていたのだ。チャットが一度コルレーンのツボが埋まっていた場所を見に行きたいと言ったからなのだが、あそこはなんせ無駄にだだっぴろいから、結局三日ばかりかかってしまった。
 一抱えほどある鳥を縛り上げて担ぎ上げるころには、もう辺りはすっかり暮れていて、闇の中に小さな灯りがちらちらと瞬いているのが見える。
「しゅっぱーつ!」
 と、メルディが明るく声をあげて灯りを、つまりチャットの小屋を指さした。
 道なりに歩きながら、オレはずっと黙っていたことを尋ねることにした。
「喧嘩でもしたのか? キールと」
 ぴたり、メルディの足が止まる。振り向いた表情は驚きに強張っていた。
「……どうしてわかるか?」
 オレは獲物を背負い直して、メルディの隣まで歩みを進める。
「あのなあ。普通オレにくっついて狩りに付き合う暇があったら、キールのそばにいるだろうが」
「う」
 メルディが口を変な形にすぼめて、肩を落とした。
「なんでまた喧嘩なんかしたんだ? って、どーせキールがまた照れ隠しになんか言ったとかそんなんだろーけど」
 ぽんと背中を叩いてうながすと、メルディはオレの横を歩きだした。けれど、視線は地面に落とされたままだ。
 と、メルディが勢いよく顔を上げた。
「リッドは」
「ん?」
 見上げてくる真剣な瞳に首をかしげると、メルディは両の拳を握りしめながらこの上もなく真剣な口調で重々しく尋ねてきた。
「リッドは、ファラに愛してる言えるか?」
 オレは吹きだした。
「なんだよいきなり!?」
「言えるか言えないか?」
 妙な迫力と真剣さに押されて一歩後退ってから、かんべんしてくれ、とオレは天を仰いだ。
「んなもんは一生一度にとっておくもんだとオレは信じてるぞ」
「そんなものか?」
「そんなもん」
 重々しく頷くと、メルディは不服そうに唇を尖らせている。
「そかなー。言わないとわからない思うよ、メルディは」
「けど言葉が全部ってわけでもないだろーが」
「でもやっぱり、言ってくれないとわからないな」
「……そのへんが原因で喧嘩になったのか?」
「だってキール言わせてくれない」
 オレはちょっと尋ね返すのをためらった。なんせ未だにピアスに頼って話しているのだ。キールが言ってくれないの間違いじゃないかと思っていたら、メルディはてくてく歩きながら肩の上に乗っているクィッキーに頬ずりした。
「聞くくらい聞いてくれてもいいのに、な。クィッキー」
「クィキ?」
「キールがとっても照れ屋さん、メルディ知ってる。言ってくれなくてもわかる。けど、やっぱり時々言って欲しいことある。だから、メルディが言おうと思ったな」
「……はあ」
「なのに言わせてくれない。耳ふさいじゃうよ。あんまり酷いな」
 ――確かにそれはあんまりかもしれない。ファラあたりが聞いたらキールに説教のひとつやふたつ落とすだろう。
 けど、なんとなくキールの気持ちも判る。そんなこと言われた日には何か言って返さなければならないだろうし、それができるならキールだって最初から苦労はしてないだろうし。
 何よりそんなこと先に言われてしまったらなんか負けたような気になる――のはオレだけかもしれないが。
 ふと、ファラの言ったことを思いだした。
「愛はどこから来るか、か……」
「……リッドがそんなこと言うはとっても珍しいな」
「オレじゃねえよ」
 目を丸くしてこちらを見上げてくるメルディに苦笑して、オレは鳥を担ぎなおした。
「ファラが言ったんだよ、確かそんなこと。なんでか知らんが」
「そんなの決まってる」
 オレが首をかしげると、メルディはそっと自分の胸を両手で押さえた。
「ここから来るな。あったかくって、わくわくして、どきどきして、でもとってもほっとするキモチ」
 セレスティアの服は、メルディが動くたびにさらさらと音を立てる。軽くステップを踏んで、オレの先に進んでから、メルディはくるりと振り向いた。
「でも、リッドとファラが愛は、ふたりぶんだから。ひょっとしたら、他のところから来るかもしれないな」
「他のところ?」
 恥ずかしい言葉の辺りは無視して聞き返すと、うん、とメルディが頷いた。それからふと気がついたように笑って、メルディはチャットの小屋の方に両腕を差し出す。
「ひょっとしたら、ここからかもしれないな。何故なら、一番に大好きな人にさわれるところ」
 何かを受け取るように手のひらを上に向けて差し出すメルディに、オレは笑った。
「かもしれねえな。ありがとよ、なんかすっきりしなかったんだ」
「そっか? でも、リッドがそう思ったならよいこと」
 にこにこと笑うメルディに、オレも笑い返した。
「だったら、メルディはしょっちゅうキールからもらってるじゃねえか」
「……何をか?」
「キールの……なんだ、その、愛か? もし、ここから生まれるんならさ」
 空いている方の左手でメルディの手を示す。
「メルディがキールと手をつないだり、頭撫でてもらったりするたびに」
 しばらく、メルディはまじまじと自分の手を見つめていた。
 柄にもないことを言ったのは判ってるから、次に来るのは大爆笑かと思わず身構えたとき、メルディは顔を上げた。
「……そう、だな。うん、メルディもそう思うよ」
 笑ったメルディの顔は、完全掛け値なしにまじりっけなしの笑顔で、オレは心の中でキールに恩を売りつけていた。
 このまま仲直りできたら、今日の晩飯はキールの分からオレの分に少し回してもらおう。

 

 先にメルディを小屋の中に帰して、オレは鳥の処理を庭先でやってしまうことにした。
 羽をむしってる間に、湯を沸かして、血抜きをした鳥をざっと湯にくぐらす。手を洗って処理した鳥を下げて、扉がわりの布をめくる。
 ただいまと声をかけると、台所からファラが顔を出した。オレを見つけて笑顔を浮かべると、エプロンで手を拭きながら小走りに駆け寄ってくる。
「おかえりー! おつかれさま」
「ああ……みんなは?」
「メルディはキールに謝ってくるって奥に行った。チャットはドッグに……リッド、顔に血がついてるよ」
 軽く顔をしかめて、ファラがオレの頬に手を伸ばした。
「血?」
 痛みはないけどなと呟くオレに構わず、ファラはそっと指でオレの頬を撫でる。
「痛くない?」
「全然」
「じゃあ、鳥の血かな」
 幾分ほっとしたように呟いてから、ファラはポケットから手布を取りだして、さっき撫でたあたりをごしごしこすった。
 ちょっとひりひりするのを我慢して、おとなしくされるがままになっていると、ファラはちょっと背伸びしてこすったところをまじまじ眺めてから、ひとつ頷いた。
「うんとれた。けど、ご飯までにお風呂入ってね、やっぱりちょっとにおいがするよ」
「わかった」
 答えて手を上げようとしたとき、鳥を下げていたのを思い出した。
 と、ポケットに手布をしまっていたファラがそれに気付いて歓声を上げる。
「わあ、おっきい鳥! さっすがリッド」
「たぶん食えると思うぜ」
 鳥を渡そうとして、差し出されたファラの手を見た。
 ちょっと荒れてて、メルディほど細くはないけれど、形のいい手。うまい飯を作り出す手。
 どんなときでもためらわずに、オレに触れてくるあったかい手。
 鳥を左腕に下げると、オレは右手でファラの手を取った。
 意外に柔らかい手は、水仕事をしていたせいか、ちょっと湿っている。それを軽く二、三回握ってから離した。
「……何?」
 きょとんと、ファラが見上げてくる。
「いや、渡しとこうと思って」
「何を?」
「ほい、鳥」
 眉をひそめて首をかしげるファラに鳥を渡して、オレはもう一度外に向かった。
「リッド?」
「風呂の前に血抜きの後始末してくる」
 振り向いて言うと、ファラはまだ不思議そうな顔をしながらも頷いた。
「うん、よろしく。お風呂わかしとくね」
「おう。あ、その鳥、詰め物入れて焼いたのがいい」
「わかった。期待してて」
 言って笑ったファラに軽く手を上げてから、オレはもう一度外に出た。
 その手には、まださっきのファラの手のぬくもりが残っていた。

 愛はどこから来るかって?
 お前がいれば、どっからでも来るだろうよ。

 

―了―