いろんなカタチ

Tales,小説リファラ

テイルズオブエターニアの、本編後のリッドとファラのお話です。

※「あおぞら」の後のエピソードになります
※リファラ恋愛要素を含みますが歩みは遅いです

お好きな方はどうぞ!


 

 はじめてリッドが抱きしめてくれたその日の夜。隣で安らかな寝息をたてるチャットの横で、眠れなかったファラは何度めかの寝返りを打った。
 浮かんでは消えていくイメージは、小さな背中でラシュアンの森の獣からファラとキールを精一杯かばったリッドの、歯を食いしばった横顔。道場に通うのだと話したときの、なんて物好きなと呆れてみせた顔。
 やんちゃでいたずらっこで、どんな木でも崖でも素早く登っては、一番高いところで空を眺めていたリッド。
 それなのに、そのリッドが、どんなことだって知っていると思っていたリッドが、近頃全然知らない顔を見せる。
 幼なじみのリッドじゃない。それは、リッド自身がファラに告げたことであるし、リッドに腕を伸ばしたときにファラが望んだことでもあった。
 ぼんやりといろんな人たちの姿を思い描く。幼い頃の両親。旅をしている間に知り合った、カトリーヌ。恋人の名前はなんと言ったか……思い出せずにファラはもう一つ寝返りを打った。
 フォッグも奥さんがいると言っていたっけ。たぶん、あの画家さんのことだと思うんだけどな。会えたのかな……。
 ひとつ、猫のようなあくびを漏らして、上がけの下でファラは体を丸めた。
 これからは、あんなふうになるんだろうか。挨拶ごとにキスをしていた、記憶の中の両親の姿に重ねてみたが、思い浮かべてみた瞬間ファラは勢いよく頭を振ってその想像を追い出した。
 何故か熱くなる頬に手のひらを当ててさましながら、ファラはもうひとつ溜め息をつく。
 リッドへの気持ちが変わったわけではない。それは幼い頃からずっと変わらない。大切な大切な、この世でたった一人しかいないリッド。守りたい人。そばにいたい人。一緒に笑いあえる時間が、とても貴い人。
 幼なじみとしてのリッドの扱い方など心得ている。それは、物心ついた頃からファラの体にしみこんでいる。
 下唇を押し上げるようにぶすくれている時は、冗談混じりに話しかけてはならない。よく後ろ頭をかくリッドだけれど、回数や早さで今リッドが呆れているのか焦っているのか怒っているのか、ファラは正確に把握することができる。
 けれども、どんな時にリッドが抱きしめてくるかなんて解らない。そんなものは今までにはないことだし、極端な話考えたことも想像したこともなかったのだ。
 ちゃんと言葉にしてはいない。同じように言葉にされたわけでもなかったが、額に一瞬だけ触れた柔らかい感触と、回された腕の温もりは、どちらかというと口べたでぶっきらぼうのリッドが日が傾くまで言葉を選ぶよりは確かに、ファラに想いを伝えてきた。
 素直に、単純に嬉しかった。そりゃあ心臓がひっくり返りそうになったけれども、じっとしているうちに、はじめからこうすればよかったと、さんざん遠回りしてきた道のりを思って一人で呆れもした。
 けれど、じゃあ。幼なじみじゃないなら、いったいこれからはどうすればいいのだろう?
 今までと同じでいいのだろうか。そばにいて、隣を歩いて、他愛もないことで笑って、ささいなことで口げんかをして。
 そこに、今日みたいな事が、たまに入るだけなのだろうか。
 ファラは、幼い頃聞かされた物語の中のお姫様と王子様に自分たちをなぞらえてみようと瞼を固く閉じてみた。
 が、いくらもしないうちにしみじみ失敗を悟り上掛けを口元まで引っ張り上げた。
「お姫様と王子様って柄じゃないもんね……」
 眠っているチャットには聞こえないように、口の中だけで呟く。
 ひとつ大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
 今考えても仕方ない。なるようになるでしょう。
 楽天的にファラはそう決めつけ、瞳を閉じた。

 

 重く響く振動音は、もうすっかり慣れたものであったが、以前より少し大きくなったようにも思える。
「快調快調! うん、さすがボクのバンエルティア号! さすがひいおじいさん! さすがマクストン技師! 今までのパワーの比ではありませんね、しかもこの流れるようなラインの美しいことといったら筆舌に尽くしがたいと思いませんか」
 その音の源であるクレーメルエンジンを撫でるだけでは足らないのか、頬ずりせんばかりのチャットに、ファラはおそるおそる呼びかけた。
「あ……あの、チャット? 何か手伝えることある……かな?」
 はっと我に返ったチャットが振り向く。
 こほんと、ひとつ咳払いをしてからチャットは、大きな帽子の位置をなおして少し考え込み、そして大きく頷いた。
「そうですね、各部の状況を見てきていただけますか? エンジンの作動状況に問題はありませんが、揺れの具合ですとか、照明が切れているところがないかとか、そういうところを」
「ん、わかりましたキャプテン」
 おどけて敬礼をしてみせる。
 そして回れ右をしたとき、何故かチャットが短く叫び声を上げるの聞こえた。
「どうしたのチャット!?」
 慌てて駆け寄ると、チャットはいえあのそのと言いよどんでから、帽子のつばの下からファラを伺うように見上げる。
「あの……なんでしたら、リッドさんが試運転の舵を取ってくれてますから、そのサポートをして頂いても結構ですが」
 ファラは首をかしげた。
「自動運転機能のテストも兼ねるからリッドは操舵席に居るだけって言ってなかったっけ? さっき」
「ええまあそうなんですけど! 万一を考えて……」
 何故かもどかしげに主張するチャットの必死の様子に、ファラは肩を落とした。それから、大真面目な顔を作ってぐいっとチャットに顔を近づける。
「あちこち点検してきたらいいのね?」
「……はい」
 おびえたようにこくこく頷くチャットに手を振って、ファラは機関室の扉を開けた。
 まず目指すは台所だ。

 どうしてため息が漏れるのか解らない。
 なのに、もうこれで何度目だろうか。
「……本当に考えても仕方なかったし……」
 チャットがほぼ不眠不休で完成させた新・バンエルティア号の甲板で、ファラは潮風に深緑の髪を風にあおられるにまかせながら手すりにもたれかかっていた。
 調子を見るための試運転だったが、ファラにはバンエルティア号の形が変わって船の中が更に広く複雑になったことしか解らない。台所が広くなって使いやすくなったのは嬉しいけれども。
 チャットに頼まれた、航行中の船内部の様子や振動の具合などを見て回った後、ぽっかり時間があいてしまい、ファラは甲板に出てみたのだった。
 こんなふうに考える時間が出来てしまうと、ついため息が漏れる。
 何かあったからではなく、何もないから。
 ファラの心配はほとんど杞憂に終わった。
 リッドは、たまに、誰もいないときにファラの腕や手に触れてくるくらいで、それもごく稀だ。チャットと三人でいるときなど、まさに以前と何も変わらない。
 むしろ、その様子をチャットが気にして、さっきのように気をきかそうとする始末だ。
 それほど期待していたわけでもない。額にキスされたときだって、心臓が爆発するかと思ったのだ。そうしょっちゅうそんな思いをするのはどう考えても身がもたない。
 けれど、たまに、ふとリッドに触れたくなるときがある。あの暖かな優しい温もりにふれて、安心したくなる。誰よりも近いところで、リッドの鼓動を聞きたくなる。
 どんなところより安心できるのに、どんなときよりどきどきする、あの腕の中を思い出してしまうときがある。
 けれども、リッドは必要以上にファラに触れてこない。話す調子も前と変わらず、笑い方も一緒。ご飯だっておいしそうにもくもくと平らげてくれるけれど、それもいつものこと。
 リッドはどうして欲しいのだろうか。リッドは、私は、どうしたいのだろうか。何が欲しいのだろうか。
 欲張りになっている。
 そう思い当たって、ファラはエプロンをきつく握りしめた。
 リッドは、わがままを言えばいいと言ってくれる。聞いてやるからと、笑ってくれる。
 どれほど時間がたっても、もういいんだと言われても、自身でそう言い聞かせてみても、村が赤い色に染まったあの日の事はどうしてもファラの中から消えない。
 あれは、ネレイドが復活したせいなのだと、キールは言った。けれど、もしあそこに、あの日に、星のかけらがほしいなんてわがままで、レグルスの丘に行ったりしなければ。
 確かにネレイドの封印は解けたのが偶然のタイミングだったとしても、ファラの父がそれに乗っ取られることもなかったのかもしれない。そうしたら、ラシュアンだって襲われなかったかもしれない。
 リッドから、たった一人の家族を奪わずに済んだかもしれない。
 過ぎたことなんだと思う。もしもを考えても仕方がない。取り返せるわけではない。
 けれどもやはり、ファラはどうしても怖かった。
 甘えてしまうのが怖かった。慣れてしまうのも怖かった。
 今度失ってしまったら。あの腕をなくしてしまったら、その時はどうなってしまうのだろう。
 そんなことは考えたくない。けれども、絶対にないなんて誰にも保証できないのだ。
 大丈夫だと繰り返すのは、いつだってどこかで不安だから。口にしたら、本当になるような気がするから。
 しょうがねえなと肩をすくめて苦笑いをする、あの笑顔を見るたびに、期待は何故かいつも確信に変わる。
 からだをひとつ震わせて、ファラはくるりときびすを返した。
 だってチャットは、サポートに行ってもいいと言っていたのだから。

 しゅん、と軽い音を立てて扉が開く。操舵室に入ってすぐに操舵席にいるはずのリッドの姿を探し、そしてファラは溜め息をついた。
 自動運転がよっぽど暇だったのか、リッドは舵にもたれて寝息を立てていた。
 いくら自動運転中は舵を動かしても支障がないとは言っても、これではテストの意味が何もないのではないだろうか。
 起こすべきかどうか迷いながらリッドに近づく。気配と息を殺して、舵の上に置いた腕の中に埋もれるようにして寝息を立てている、あまりにも脳天気な寝顔にファラは起こすのを諦めた。
 あれこれ悩むだけ損なのかもしれないと思いながら、そっとかがみ込んでその紅い髪に隠れた顔を覗き込む。
 あの時は確か、このくらいの距離だった。リッドの呼吸の音と、心臓の鼓動が聞こえてきて、気恥ずかしかったけれどとても満たされたような気がした。
 欠けていたカケラが、ぴったりはまった時のような。
 と、一度まばたきして目を開けたときには、リッドの空色の瞳にファラの顔が映り込んでいた。
 体の中でざっと血が流れる音が、確かに聞こえた。
 しばらくぼんやりしていたその瞳の焦点が、真ん前にいるファラに合う。やがて、ゆっくりとリッドは口を開いた。
「……ノゾキ」
「ちっ違うよ!」
 寝惚けた掠れ声で呟いたリッドに、ファラは慌てて体を起こそうとしてつんのめった。
 それより強い力でリッドがファラの腕を捕まえていたのだ。
「じゃあ夜這い」
「今は昼!」
 あまりと言えばあまりな言い様に、至近距離で怒鳴り返してから溜め息をつく。
「お仕事さぼるヒトにあげる晩ご飯はありませんからね。新しい台所だから張り切ろうと思ってたけど、二人分にしておこうっと」
 平静を装って、掴まれたままの腕をそっとほどこうとしたが、リッドはそれを許さなかった。
 あのなあ、と、リッドが呆れた声を出す。
「お前こないだオレが言ったことあんまわかってねえだろ」
「こないだ?」
 きょとんと瞬きをしたファラに向かって眉間にしわを刻んだリッドは、今度こそまだ敷いたままの方の腕に顔を埋めた。
「やっぱわかってねえ……」
「だから、何を?」
 リッドの瞳が隠れ、今までずっとものすごい早さでばくばく言っていた心臓が静まり、ファラは内心ほっとしながら問い返した。
 が、リッドはわずかに顔を動かして、視線の端でファラを捉える。途端に復活した動悸にファラがうろたえるのも構わず、リッドは溜め息まじりに唸る。
「あのな。不用意に顔近づけたりすんなよお前。自覚してくれ、頼むから」
 どこか投げやりな調子の台詞に、ファラは一瞬意味が飲み込めず眉をひそめ、それから息を呑んだ。
 リッドの瞳に映った顔が見えるくらいの近さ。呼吸を確かめられる距離。
 気付いた途端に、全身の熱が顔に集まってしまったかのようだった。
「赤くなる前に気づけ。頼むし」
「だだだだだって、そそそそんなこと言ったって! 眠ってるのかなって思ったから」
 つっかえつっかえ言い訳しながら、ファラは言い様のない悔しさを覚えていた。
 悔しい。
 だって、リッドはこんなにいつも通りなのに、ひとりでうろたえたり悩んだりしてるなんてばかみたいだ。
「もう、離して!」
 力任せに掴まれた腕をふりほどくと、一瞬リッドの表情が曇った。
 それを見た瞬間に頭が冷える。どこかぎこちない沈黙が落ちて、それでも見つめてくるリッドの瞳から目を逸らすことができずにファラは必死に言葉を探した。
 触られるのがイヤだったわけじゃない。あんな表情をさせたかったわけじゃない。
「……ごめんなさい」
 結局、唇からこぼれたのはそんな言葉だった。
 リッドが舵にもたれていた体を起こして、ファラへ向き直る。
「なんで謝るんだよ」
「だって」
 いろんな感情がごっちゃになってしまって持て余して、それをただリッドにぶつけただけ。
 これではまるで、子どもが駄々をこねているみたいだ。
 リッドの瞳を真っ直ぐ見られない。先を続けられずに、ファラは俯いて唇を噛んだ。
「謝んなよ」
 思いの外柔らかい声でそう言われ、ファラはおそるおそる顔を上げる。その視線の先で、リッドは苦い笑みを浮かべていた。
「悪いコトしたわけじゃねえだろ?」
 諭すようなリッドに、ファラは何度か首を振った。
「ううん」
 もう一度ごめんなさいを繰り返してから、顔をしかめるリッドに慌てて言葉を添える。
「なんか、わからなくって」
「何が」
「いろいろ。なんか……考えすぎで、わけわかんなくなっちゃったみたい」
「いろいろ?」
 リッドの瞳に覗き込まれると、どんなごまかしも通用しないようで、ファラは観念して口を開いた。
「――今までどおりにすればいいのかなとか、変えなきゃいけないのかなとか。でも、どうしたらいいのかわからなくって、やっぱり今までどおりの方がいいかなとか……」
 リッドの棒でも呑み込んだような表情に気付き、そこでファラはひとつ息を吐く。
「わかんないよね、やっぱり。わたしもわかんないんだもん」
「……わかんねえのはお前だ」
 何故かこめかみのあたりを押さえながら、リッドはあのなあ、と続けた。
「今までどおりってなんだよ」
「は?」
 熱でもあるのかと思いながら、眉間にシワを寄せる。
「今までどおりは今までどおりじゃない」
「その『今までどーり』はいつからいつのことだよ」
「……いつ、って……」
 考え込んだファラに、リッドは笑いかけた。ファラの好きな、ちょっとおどけたような企んでるような、やんちゃな笑顔。
「生まれたときの赤ん坊のままか? オレ達は」
「あ」
 しばらくぽかんとしてから、ファラはそっかと呟いた。
「そうだよね……そうだった。おかしいよね、そういえば」
「おかしいだろ? いーじゃねーか、いつのまにか変わってくのが今までどーりだよ」
 ハイおしまい、とリッドは操舵席の椅子から立ち上がって、ぽん、とファラの肩を叩いた。
 それを合図に、いろんなこだわりがほどけていく。ちょっと息を吸い込んで頷くと、自然に頬がゆるんだ。
「うん。そだね、そうだね」
 不思議だけれども、それは『いつもどおり』だった。そこにリッドが居るから、いつだって歩いて来れたのだから。
「そう気負うなよ。あんま考え込むと老けるぞ」
「なんですって!?」
 憤然と叫んでリッドを見上げるように睨みつけたとき、その顔に幾筋か居眠りしている間についたらしい跡を見つけて、ファラは吹きだした。
「なんだよ?」
「だって、リッド顔についてる」
「え? なんかついてるか?」
 ごしごしと顔中をこするリッドがおかしくて笑うと、リッドはぎゅっと目を閉じて顔中をこすりはじめた。
 ますます笑い転げながら、ふといたずらを思いつく。
 目尻に浮かんだ涙を拭いながら、ファラは笑いをおさめてリッドを手招いた。
「待って、取ってあげるからちょっとかがんでよ」
「ん?」
 ファラの目線にあわせて膝を曲げたリッドの唇に、小鳥が餌をついばむようにちょんと唇を触れさせて、それからファラは身を翻してドアの所まで駆けていった。
 扉を開けて振り返ると、まだ呆然とリッドが操舵席の横で立ちつくしている。
「不用意に顔近づけちゃダメなんでしょ?」
 にっこり笑ってそう言うと、ファラはタラップを駆け下りた。と、ちょうど操舵室に行こうとしていたチャットと機関室の入り口で鉢合わせる。
「どうしたんです? そんなに急いで……」
 目をぱちくりさせるチャットに、なんでもないのと言いかけたとき、やはりタラップを駆け下りてくる音が響いてきた。しかもタラップが壊れるんじゃないかという勢いで。
「ごめん、チャット、あとでね!」
 言い終えるより早くもう一度駆け出す。
「あ、ファラさん!? 待って下さい何かあったんですか?」
「てめえおいこら待てファラ! 今度という今度は絶対許さねえ!」
 背中を追いかけてくる二つの声に振り向きもせず、ファラは台所を目指して走り続ける。
 いったい体のどこから湧いてくるのか、こみあげてくる笑いの発作に立ち止まりそうになりながらも、無事台所に籠城してファラは扉をロックし、その場に座り込んだ。
 笑みを殺しながら呼吸を整えていると、開閉ボタンのロック表示に気付いたのか、何度か無理矢理開けようとする破壊音にも似た音のあとに、激しいノックが続く。
「開けろ開けろってこらファラ! そこに居るのはわかってんだぞ出てこいやり直せさっきの!」
 ドアの向こうに居るリッドに、見えないのを承知で舌を出してファラは笑った。
「無理でーす。やり直しなんてきくわけないじゃない」
「やり直せ! つーかやり直させろいーから開けろ!」

 

―了―