音のない言葉
テイルズオブエターニアの、ゲーム本編終了後のリッドとファラ、キールとメルディのお話。
※『あおぞら』後のエピソードになります
※リファラ&キルメル要素が盛りだくさんです
※ねつ造要素があります
お好きな方はどうぞ!
言葉なんて、ホントに時々とても厄介なもので。
それは、ファラ・エルステッドにとっても切実な問題だった。
バンエルティア号の彼女の城である台所に立って、調子よく包丁を動かしながら、ファラは目の前の人参のことではなく別のことを考えていた。
それは誰あろう、彼女の幼なじみにして現在は人が言うところの「コイビトドウシ」であるリッド・ハーシェルのことであるのだが、実はファラにとって料理を作りながらリッドのことを考えているのは、さほど珍しいことでもない。
彼女の作る料理を誰より待っているのはリッドであったし、美味しそうに食べている様子を思い出すのも、満足そうなごちそうさまを聞くのも楽しみなのだから。
しかし今日は少し事情が違った。
隣で玉葱の皮をむいていたメルディがそーっとファラの顔をのぞき込む。それからメルディはふわふわの髪を肩の辺りで揺らして首を傾げた。
「ファラぁ?」
「ん、何?」
考え事をしていても、ファラの包丁さばきは変わらないし、メルディの問いかけにもきちんと反応する。が、メルディはつるんとなった玉葱を流し場のボウルに入れながら怪訝そうに尋ねた。
「どうしたか? 怖い顔してるよー」
「え?」
ファラが手を止める。それから包丁をまな板の上に置くと、彼女の顔を自身の手で軽くなぞって、やはり首を傾げた。
「……そう?」
「ん。ここ、こーんなになってるな」
言ったメルディが、眉間に皺を寄せて指さしてみせる。ファラは慌てて彼女の額に手をやって、皺を伸ばすかのようにそっと撫でた。
「リッドとケンカでもしたか?」
「してないしてない」
ふるふると首を振って否定する。
実際、リッドとケンカをするなんて珍しいことなのだ。たいていの場合リッドは簡単に折れてくれるし、そうでない場合はファラが笑って聞き流す。
だから、滅多なことではケンカにならない。だいたい、あの日──リッドの腕に飛び込んだあの日から、お互い少し余裕が出来たのか、その傾向は顕著なものになっていた。
「じゃあ、どうしたか? 心配なことのあるのか?」
「んー……」
心配。する事は特にない。インフェリアへの行程も順調だし、もうすぐふるさとに帰れると浮き足立っているインフェリアの人たちは終始ご機嫌で協力的なので、こよなくバンエルティア号を愛するチャットが心配するような事態は起こっていないし、食料も問題ない。
「心配、とも違うような……」
とうとうメルディが8個めの玉葱をむき終えた手を上げた。
「降参だなー。メルディわかんないよ」
いつの間にかなぞなぞかクイズになっていたみたいである。ファラはわずかに苦笑して、刻み終えた人参を別のボウルに移して、玉葱を洗いにかかった。
「メルディは、気持ちを言葉にするのって、得意?」
ぽろっと、そんな問いが唇をついて出た。ゆでているジャガイモの様子を見ようと鍋の蓋に手をかけたメルディがぱちくりと可愛らしく瞬きをする。
「好きとか嫌いとか?」
「うん、そう」
頷き返すと、メルディは肩をすぼめるようにして笑った。
「……あんまり上手じゃない。でも、そうしたいよ」
「そっか」
微笑んで、ファラは手の中の玉葱に目線を落とした。
「難しいよね」
「はいな」
しみじみと女二人で呟いて、そして彼女たちは顔を見合わせてくすりと笑った。
「タイミングの難しいな」
「もうだいたいわかっちゃってるから。今さら、とか思っちゃうしね」
「だいたいキールは言ってくれない」
「リッドも言わないのよねー」
二人で同時にため息をつく。
「……ご飯つくろっか」
「そうだな」
ゆでたジャガイモをつぶすためのすりこぎをメルディに渡して、ファラは玉葱のみじん切りに取りかかった。
リッド・ハーシェルは、大袈裟に言うと苦悩していた。
もしかすると、贅沢な悩みと人は言うのかも知れない。
意味合いは少しずつ変わって行っても、幼い頃から一番大切にしてきた人が、他の誰にも見せない笑顔を向けてくれること。
この上なく貴重で大切で幸せなことなのに、それを伝える言葉が出てこない。
元々口が悪くて、自身が変なところでひねくれてるのは自覚している。
それでも今更、彼女に意地を張ったり体裁を繕ったりする必要はないはずなのに。
何も言葉を交わさない、穏やかな沈黙の中で、互いの息づかいを聞いているのも確かに満ち足りた気分になる。だが、それだけではいけないのではないだろうか。
現に、時々ファラは何かもの問いたげな視線で見上げてくることがあるというのに。
気付かない振りで違う話題を持ち出したり、細い肩に腕を回してごまかしたりしたのも既に両手の指の数でも足らないくらいの回数になっている。
しかしどうにも踏ん切りがつかない。彼女にいわゆる「愛の告白」をしているところなんてリッドには想像することもできなかった。
セレスティアを立つ際、フォッグがいつもの笑顔で、
「まあアレだアレ。しっかり捕まえとけよ」
と言って、咳き込むほど力強く背中を叩いてくれたのは、つい一昨日のことだ。
そう言われて、前にフォッグと旅をしていたときに、好きな女が出来たら嫁にしろ、嫁にしたらしっかり捕まえておけと言われたことを思い出し、まだ嫁にもなってねえぞと憮然としながら、その「捕まえておく」を考えてみたのだ。
まさか四六時中ファラのそばにべったりひっついているわけにもいかない。物理的にいろいろ不可能だし、別にそこまでしたいとも思わなかった。ファラにはファラの都合と仕事と暮らしがあって、彼には彼のそれがある。だから、その中で一緒に居られる時間が作れたらそれで良かった。少しでも長くとは確かに思うが。
だとしたら、逃げられないようにしろということだろうか。愛想を尽かされないようにしろということだろうか?
マイペースであまり他人とは関わらずに生きてきたが、あの狭い村の中でもそういういざこざは時々起きていたのを知っていたし、横目で見てきた。
やれ亭主が浮気しただの、酒癖が悪いだの、甲斐性が無いだの、新しい服を着ても気付かないだの。
村のおばさん達が話していた不満の中で、思い出せる限りをざっとあげてみる。
浮気。しない自信がある。酒癖はたいして悪くないと思う。そもそもあんまり呑まない。甲斐性は──ひょっとしたらあまりないかもしれない。ファラの身なりはちゃんと見ているから変われば気付くが、別にわざわざ言ったりもしない、のは、ひょっとしてまずいのだろうか。
そこまで考えてリッドは気付いたのだ。
具体的に直接的に、ファラに言葉で伝えたことがなかったと。
しかし、もう今更、と思う気持ちが強い。そもそももうとっくにファラだってわかっているはずだし、彼自身もファラが彼をどう思っているかなどよく知っている。
そんなことを、彼が展望室でぼんやり考えていると、唐突に名を呼ばれた。
「リッド?」
我に返って振り向くと、キールが訝しげな視線を彼に向けて戸口に立っている。
「なんだ、キールか。なんか用か?」
「いや、夕食だと。もう第一班は食べ終えたぞ」
今回は、インフェリアに帰る人たちも乗せているので、夕食も一度に全員は食べられないのだ。結果、三つのグループに分けて交代で食事を取ることになっている。
「わざわざありがとうよ。今行く」
言ってリッドは腰を上げたが、何か考えるように軽く握った拳を顎にあてていたキールが、「いや」と声を上げた。
「少し待ってくれ」
タラップを降りようとしたリッドは、足を止めて振り返る。
「なんだよ?」
呼んだり止めたりいそがしーな、と、ぼやくリッドに、キールは真剣な光を瞳に宿してしっかとリッドを見据える。その視線の強さに内心たじろいだ瞬間、キールが口を開いた。
「お前は、さ、その──言えるか?」
「何を」
「だからその、だな。つまり、おそらくは先人達も古くより悩み続けてきた永遠の命題とでも言えばいいのか」
「だから何だよ」
幾分呆れながら重ねて問う。キールはしばらくうつむいて、何やら口の中でもごもご言っていた。が、やがて顔を上げるなり、やけっぱちのように彼は叫ぶ。
「ファラに好きだと、お前はそう言えるか?」
ごん、と、鈍い音が展望室に響いた。
「──どうしたんだリッド。頭を壁にぶつけたら痛くないか?」
「痛ぇに決まってんだろ! なんだよいきなり!」
言いたいことを言い終えたからか、先程とはうって変わって落ち着いた表情のキールを涙目で睨み付け、リッドはわめいた。
とたんに、キールが再びつま先とにらめっこを始める。
「いやだからその……僕とメルディはセレスティアでは一緒に暮らしているわけで、だな」
ぼそぼそと呟くような説明に、リッドは肩を落としながら頷いた。
「知ってるよ」
「まあなんだ──その、契約こそ行っていないが、あちらでは僕たちはつまり、そういう扱いの感じなんだ」
「知ってるっつの」
やけに指示代名詞の多い説明に顔をしかめながら、リッドは先程頭をぶつけた壁に背をもたせかけて腕を組んだ。なおもキールの説明は弱々しい口調で続く。
「しかしながら、僕はまだ、その……メルディに、そういう申し込みをした覚えがない」
「とっととやれよ」
「だから!」
ぎん、と、音がしそうな勢いでキールがリッドを睨みすえた。
「お前の意見を聞きたいんじゃないか! どうせお前だって似たような状況だろう」
「悪かったな!」
図星だ。思い切り図星で、リッドは反射的に怒鳴り返した。
深々とため息をつきながら、壁に預けた背中を滑らせて床にしゃがみ込む。ちょいちょいと指でキールを手招くと、キールはおとなしくリッドの正面に同じように座り込んだ。
「要はあれだろ? お前、自分ちにメルディ連れていくときの紹介だろう、困ってんの」
「……まさにそこなんだ」
キールは嘆息した。
「僕が言うのも何だが、両親は頭が固い。幾分はセレスティアへの偏見も薄くなってはいるだろうが、それでもいきなりメルディを連れていって、あの二人が笑顔で出迎えてくれるとは限らないんだ」
「まーなー……いくらメルディも半分はインフェリア人だっつっても、んなこと関係ないだろうしなあ」
「そうなんだ。けれど、それではまずいんだ。メルディを傷つけるわけにはいかない。もう既に……その、なんだ、夫婦だと紹介すべきか、それとも二人が納得してくれるのを待つべきなのか……どう思う?」
大の男が小さく円陣でも組むように、ひそひそと声を低めての相談事だが、二人は至って真剣だった。
「びみょーなとこだよなあ……。夫婦とか言ったら逆上しねえか? お前のおばさん」
「それも怖い。しかし、普通に、結婚を前提とか言っても、結果は同じ可能性も否定しきれないんだ」
「おじさんはどうだよ? オレ、最後に会ったの十年以上前だからなあ」
「大して変わらない。昔の僕と同じように、セレスティア人なんてと思ってるだろうさ」
その言葉には幾分か自嘲の響きがあった。思わずリッドは苦笑する。
メルディと引き合わせたばかりの頃のキールは、言葉が通じない事情もあって、本当に珍獣か何かの様にメルディを扱っていたのだから。
それが今は、ただ一人の人として、両親に紹介することで悩んでいる。メルディを傷つけず、自分の家族に暖かく迎えて欲しいと願っている。
変われば変わるもんだなあと、リッドは妙な感心の仕方をした。
「まあ、でもさ。それはオレに相談するより、メルディと相談した方が良くねえか?」
「出来るかそんなこと」
キールは即答したが、リッドはまあ聞けって、と手を上下にぱたぱたと振る。
「仕方ねえよ。メルディだって、わかってるさ。ふたつの世界の間の溝は、さ」
「それは……一番メルディが知っているだろうが」
「お前は、メルディが傷つくかもしれないから迷ってんだろ?」
キールが押し黙る。否定も肯定もしない沈黙に、リッドは肩をすくめた。なだめるように両手を上げて、苦笑しながら口を開く。
「へいへい。わかったわかった、答えなくていいから。けどな、たとえお前の両親がメルディに辛くあたったとしても、お前がしっかり支えてやればそれでいいじゃねえか」
「……僕が?」
眉をしかめるキールに、リッドは大袈裟に頷いてみせた。
「そう、お前が。メルディにちゃんと説明して、それでもちゃんと分かってもらえるまで頑張るから、一緒に居てくれって、そう言っておけばいいだろう? 後は、お前のおじさん達をなんとか説得する」
またキールが沈黙した。きっと彼の中で様々な葛藤が渦巻いているのだろう。
辛抱強くキールの答えを待っていたリッドが、そろそろ空腹に耐えかねて立ち上がろうとしたとき、キールが顔を上げた。
「そうだな。それがベストだな。なんとかやってみる」
静かな決意表明に、リッドはちょっと笑って、そして幼なじみの肩の辺りをげんこつで軽く小突く。
「がんばれよ」
「お前もな」
決意が固まったからか、なにやら余裕げな笑みを浮かべて言うキールに、リッドは歯を突き出すように顔をしかめて見せた。
「ほっとけ」
夕飯の後かたづけ、明日の朝御飯の用意、台所の掃除整頓と、ファラの仕事は遅くまで続く。最後まで手伝ってくれたメルディも、もはや眠っているクィッキーを抱いて先に部屋へと戻っていった。
流しを磨き終え、手を洗うとファラはエプロンを外す。明日の夕方にはインフェリアにたどり着けるはずだ。今日の晩御飯の時も、みんな顔を輝かせていたのを思い出してファラも口元をゆるませた。
きちんとエプロンを畳んで置いたとき、扉が開く音にファラは戸口を振り向いた。
「よ」
顔を覗かせたのはリッドで、ファラは首を傾げる。
「どうしたの? あ、つまみ食いするものなんてないからね」
「腹はすいてねえよ。のどが渇いた」
苦笑いしたリッドが、台所の中に入ってくる。ファラは伏せてあるカップを取り上げると貯水タンクのコックを捻って、半分ほどまで水を汲んでリッドに手渡した。
短く感謝の言葉を呟いてリッドがそれを飲み干す。先程ファラが磨き終えた流し台にそれを置くと、リッドが改まったような声でファラの名を呼んだ。
「なに?」
「んー……あのな」
「うん」
視線を明後日の方にさまよわせながら、リッドがただですら整っていない彼の髪をくしゃくしゃにかき回すように後ろ頭に手をやる。
ファラは眉をひそめた。これは、リッドが迷ったり照れたりしてるときの仕草だ。
「なあに?」
次の言葉を続けようとしない彼を促すように尋ねるファラに、リッドはもう一度唸るような生返事を返す。
「だから、その……な」
「うん」
「色々考えてもみたんだけど」
「……うん?」
何をと突っ込みたいのは山々であったが、とりあえずファラはリッドの言葉の続きを待つことにした。
「やっぱなんていうかこー……オレの柄じゃねえというかどう言やいいかわからんっつーか」
「はあ」
やはり何がと尋ね返したかったが、ファラはそのまま頷く。
と、リッドが頭にやっていた手をおろして、ファラを正面から見つめた。その両肩にぽんと手を置いて、要点を告げるべく息を吸う。
「というわけだからその……まあなんだ」
「何よ?」
とうとうファラが呆れたようにまじまじとリッドを見上げた。なおもぶつぶつ口の中で言っていたリッドが、やおら叫んだ。
「だーっ! ああもういいから解れ!」
「何を!」
なんのことだかさっぱり理解不能なリッドの叫びに、ファラは今度こそ拳を握りしめて突っ込んだ。
「だから解れって!」
「だーかーら、何を? もぉ、リッド珍しくまじめな顔してるから、わたしも真剣に聞いてたのに」
同じ言葉を繰り返すリッドにあきれ果て、拗ねたように尖らせるファラの唇に、リッドは彼の人差し指をそっと押しつけて反論を封じ込める。
「いいから解れ。……解ってると思うけど」
ファラは、しばらく榛色の瞳を瞬かせてリッドを見上げていたが、ややあって吹き出した。
そのまま、けらけら笑い転げながら、無茶な要求をするリッドの背中に腕を回して、肩に額を押しつける。
「……リッドは解ってる?」
「何を」
「解ってね」
囁くように告げられた言葉と同時に、彼の背中に回されたファラの腕に力が加わった。
リッドはちょっと笑って彼女と同じように相手の背中に腕を回す。鼻先をくすぐるいい匂いの髪に頬を埋めて、解ってるよと呟いた。
言葉なんて、ほんとに時々とても厄介で。
でも気持ちは伝わったりもするのだ。
―了―