メモリーズ
テイルズオブエターニアのラスボス戦後、キールとメルディのお話。
※キルメル要素があります
※ねつ造要素があります
お好きな方はどうぞ!
そうっと、入り口から部屋の中の様子を窺う。
案の定、紙とデータと、彼が自分でまとめた簡単なメルニクス語の辞書を側に置いて、キールは思考世界の中に没入しているようだった。
カーテンも閉めっぱなし、昨夜持っていったお茶の入ったマグカップは、朝覗いたときと寸分違わぬ場所にある。
小さく唇を尖らせてから、メルディは溜息をついた。
チャットが不在である上に、緊急事態であるからして仕方がない。大真面目にそう断言したキールとアイラとガレノスは、失われてしまったバンエルティアに代わる船を、さらにそれを改良する手立てを作り上げる為の何かがないかと、チャットの小屋を調べ回ったあげく、めぼしそうな資料をごっそりティンシアへ持ち帰った。
行ける範囲のアイフリードに関する遺跡を尋ねてドックを調べて回り、その調査結果をも持ち帰った3人と、インフェリアに戻れなかったゾシモスを含めた面々は、時には顔をつきあわせて、時には各々籠もりきりで作業に没頭していた。
試作や実験も、あらためて総領主となったフォッグの全面的な支援で行われていたが、この一年近くというもの、まだめぼしい結果は出ていない。
だが、誰一人として諦めてはいなかった。もはや空間的に無関係となってしまったインフェリアとの間に、再び往来を復活させようと必死だった。
ネレイドをなんとか世界から消し去り、グランドフォールは阻止できた。その代償に、オルバース界面は失われ、いまやセレスティアからインフェリアに行く手段は皆無だ。
ゾシモスを始めとして、セレスティアに残されてしまったインフェリア人も数多い。シルエシカはそんな人々を受け入れ、なんとか生活できるように支援していたが、大半の者は何もかもをインフェリアに残してきてしまっている。
そんなとき、ゾシモスが、空に浮かぶ星のひとつにインフェリアらしき天体があることを発見した。
しかし、誰も星の世界に行く方法も道具も持っていない。
メルディがインフェリアにやってきた際に使ったクレーメルクラフトを、さらに大きく、さらに航続距離と耐性度を上げて、そんな船を造れたらとガレノスは提案したが、何せあの当時のセレスティアの技術を結集してもあれが限界だったのだ。
となると、古代の文明、そしてアイフリードの技術力を調べ上げてみようとなった。結果、一進一退と試行錯誤の日々が過ぎて行く。
その間、リッドとファラ、そしてチャットとバンエルティアの捜索も行われた。だが、船のかけらはもちろん、三人の影も足跡も見つからない。
あの爆発のあと、いつの間にか、キールとメルディはアイメンにいた。簡単に修繕された懐かしいガレノスの家の寝台に横になっていて、今や二人だけになってしまったアイメンの住人とゾシモスが、大丈夫かと気遣わしげに問いかけてきてくれたのだ。
運んでくれた武器工房のサグラによると、二人はアイメンに、何かに支えられるようにして空から降ってきたという。
それなのに、リッドもファラも、チャットもフォッグも、観測所にいたはずのガレノスも傍にいない。
ガレノスはすぐに連絡が取れた。ルイシカの、あの研究所の傍で気付いたという。フォッグもシルエシカのメンバーを通して接触できた。ティンシアのアジトの傍に、やはり空から降ってきたところをメンバーが大慌てで受け止めたという。
これは、あの時「帰らなくては」と思ったところへ下ろされたのではないかという結論に達した。もちろん、理論も計算も通用しない事象ではあったが、そう納得せざるを得なかった。
それなら、リッドとファラはインフェリアへ帰った可能性が高い。そして、今やオルバース界面とバンエルティアと中継基地は存在しないのだ。
チャットがセレスティアに戻ってきていないのは不思議だったが、見つからないものは仕方がない。捜索は一旦打ち切られ、そして彼らは使えるだけのものを使ってなんとかインフェリアへ行く手段を生み出しにかかった。
未だ、インフェリアの大晶霊達はメルディとキールのクレーメルケイジに入ったままだ。
『あなた達の手で帰してもらうのが筋でしょう』
と、いつもの微笑みのままウンディーネに言われてしまい、キールはそれももっともだと大真面目に納得したらしい。
あれから一年と少し。未だに芳しい成果も出ないまま、それでも一同は諦めていなかった。
特にキールは、その研究に熱心だった。
今も、昨日の夜からぶっ通しで、ティンシアの町はずれにアイラが用意してくれた小さな家の自室に閉じこもったきりだ。
きっと考え事に没頭しているだろうから見つかる心配もないだろう。そう思って、高いところで結わえた柔らかな髪が揺れるのはそのままに、けれど邪魔にならないように息は殺して、メルディはどうしようかな、と心の中で呟いた。
無意識にいつも傍にいるクイッキーを抱き寄せようとして、苦笑する。音を立ててはいけないので、クイッキーは彼女の部屋に閉じこめてきていた。
文献を調べるときは傍につきっきりで文を読み上げるのだが、キールが自分の思考作業に没頭しているときは一人にしておくに限ると、メルディは経験から学んでいた。
そういうときは呼ばれるまで、ガレノスの手伝いをしたりご飯の支度をしたりする。でもやっぱり様子が気になって、こうして度々のぞきに来てしまう。
落ちかかる長い前髪をうっとうしがる様子もなく、彼が書いたメモの中に埋もれるようにして俯いていたキールが、ふと顔を上げた。
「――メルディ?」
視線がぴたりとあってしまって、メルディは慌てた。何か気付かれてしまうような事をしてしまっただろうか?
「あ、えっとな……そう、キール、喉渇いていてないか? お茶にしようかなって思って……」
適当に言い繕う。キールは少し首を傾げ、そう言えば喉が渇いたな、と思い出したように呟いて、何やら書き込んでいたメモを一纏めにして立ち上がった。
「ちょうど詰まった所なんだ。一休みするよ」
「あ、スープ残してあるよ! あと、パンくらいなら今焼いて……」
「そういえばおなかも減ったな。今は何時だ?」
時計も見てなかったらしい。メルディは先に階段を駆け下りて、コンロにかけてあった鍋を温めにかかった。
お茶はあとにして居間に戻ると、キールは長椅子の背にぐったりともたれかかっている。
ちょっとほつれている青い髪を引っ張って、メルディはキールを覗き込んだ。
「やっぱりキール、夜更かしよくない。ちゃんと眠った方、いいよ?」
キールは閉じていた瞳を細めて笑った。
「あれだけ世界中駆けまわったんだ、ぼくだって昔ほどやわじゃないさ。バンエルティアのエンジン組成とエネルギー伝導で、どうしても解らないところがあって……計算式がどこか間違っているんだろうけど。完全な設計書があればなあ……いや、バンエルティアそのものがあれば……」
メルディは口をつぐんだ。
出会ったばかりの頃、キールは怖かった。言葉が通じなかったというのを差し引いても、自分を見る目がファラの様に優しくなくて苦手だった。
それが、キールは少しづつ変わった。言い方は乱暴でも、気分が悪いメルディを気遣ってくれたりもした。優しい目で笑ってくれることもあった。しょげていたら、不器用に励ましてくれもした。
もう最後だと思ったとき、たとえシゼルのようになってしまったとしても、大好きな世界を守れるならと闇のフィブリルを使おうとしたときも、一緒に生きて帰ろうと言ってくれた。
嬉しかった。
だから、キールと帰って来れたのだと思った。
けれど、こうやって研究に一生懸命なキールを見ていると、言い様のない不安に襲われる。
確かに、インフェリアに帰りたい人たちの助けになりたい。もう一度、リッドやファラにだって会いたい。
だけど。
「メルディ、どうした?」
キールの声にはっと我に返る。台所を思い出して、メルディは首を振った。
「どうしたらキールは無理しなくなるか、考えてただけよー。スープ持ってくるな」
いーだをして、メルディは身を翻した。
皿にスープをよそって、スプーンを添えてキールの前に出す。
「いただきます」
キールは無愛想で夢中になると周りが見えなくなる性質だが、こういうことには礼儀正しい。ちょっと笑って、メルディはその向かいのソファに腰掛けた。
一口啜ったキールが変な顔になる。
「……美味しくなかったか?」
キールの味覚は、メルディの味覚と大幅に違うらしい。下手をすると一日食事を抜いてしまうキールのために、なるべく料理はキールが好む味になるように作っていたのに。
眉を下げたメルディに、キールは大真面目な表情のまま、首を横に振った。
「いや、普通だったから驚いたんだ」
「それあんまり酷い! メルディは頑張った」
「解ってる解ってる、怒るなよ。気を遣わせて悪かったな」
淡々とスプーンを口に運びながら、キールは左手を挙げて簡単に『すまない』のジェスチャーをした。
浮かしかけた体を、すとんとソファに下ろす。
「……キール、変」
「お前それ、前に観測所でも言ったぞ。ぼくは怒ってるのが当たり前だって」
とりあえず一皿空にして、テーブルに置いてあった果物皿からアマンゴをひとつとったキールは、皮を剥いて口に放り込んだ。
「言わせてもらえば、変なのはお前の方だ。言いたいことがあれば言ってくれ。自慢じゃないが、ぼくは人の心は読めないんだ」
ぎくりとメルディは体を強張らせた。
「――メルディ、おかしくない」
「口数が減る、人に遠慮する、かと思えば変に元気。何を考えているかは知らないが、おかしいことくらいは解る」
それがおかしいのなら、いったいいつもの自分というものはどんなんだろう、と、ちらっとそう疑ったが、メルディは観念してうなだれた。
「……キール、一生懸命」
眉をひそめてキールは空になった皿を脇にやった。ソファに座り直して、腕を組む。
「お前だって頑張ってるだろうが。それがどうしたんだ?」
話の続きをうながすキールを、上目遣いに視界に入れて、メルディはますます縮こまった。
言っていいことなのだろうか。迷ったが、こうなってしまったら、中途半端な言い訳はキールには通用しないだろう。
もう一度視線を落として、メルディは服の裾をきゅっと握った。
「キールが一生懸命なの、インフェリア帰りたいせい?」
沈黙が落ちた。空気が重く感じるのは、気のせいだろうか。それが怖くて、メルディはもう一度口を開いた。
「キールは勉強好き、それは知ってる。インフェリア帰りたい人もたくさんいる、みんなキール達に期待するは当然のこと、でも……」
そこまでが限界だった。どう言っても、キールを疑って試しているように聞こえる。
違うのに、この不安は違うことなのに。
ややあって、溜め息が聞こえた。そして、長椅子から立ち上がる音。
キールの長いローブの裾が、俯いた視界の中に入る。
「隣、座るぞ」
返事も聞かずに隣に腰掛けたキールが、膝の上に頬杖をついて、メルディを覗き込むようにしてその名前を呼んだ。
「――シゼルが最後に言っていたことを、覚えているか?」
反射的に顔を上げる。今まで、シゼルとバリルの話題はキールの口から出なかったのに。どうして今、シゼルの名前が出るのだろう。
しばらくキールの顔を見つめ返して、メルディはそっと視線を外した。
「別れは終わりじゃない。とこしえに思うことこそ、ともに在るということ」
暗唱するように宙に向かって呟くと、キールは頷いた。
「そう。冗談じゃないと思ったよ、最初は」
首を傾げて、キールに視線を戻す。今度はキールがメルディから目を逸らした。
そのうちとれなくなるんじゃないかと心配している眉間の皺を寄せて、キールはしかつめらしく言葉を続けた。
「別れたら終わりだ。会えなくなったら――あとは、記憶が残って、そしてそれすらも風化していく。だいいち、とこしえに思う事なんて無理だ。いつかは死ぬんだからな」
キールの言いたいことが解らずに、メルディはただその横顔を見ていた。
「だけど、最近少し、シゼルの言ったことも解るような気がする。リッドとファラは今ここにいない。どうしているか、まるでわからない。もしかしたら、このまま、二度と会えないかもしれない……そうはさせないけど」
自信たっぷりに付け加えて、キールは組んだ両手に顎を埋めた。
「記憶は風化する。けれど、思い出せる。ファラがどんなに無鉄砲でお節介だったか、リッドがどれだけ面倒くさがりで体力馬鹿だったか。覚えてるという事は、ぼくの世界の中であいつらは存在しているということだ。新しい思い出はできなくても、なくなるわけじゃない。そういうことかもしれないと思う」
「……それは、メルディにもわかるよ」
シゼルとバリルの――両親の思い出。決して多くはないけれど、消えることのない、胸の奥にある暖かかな、自分を支えている光。
「インフェリアに、ぼくはたくさんのものを残してきた。両親もそうだが、友人も、書きかけの論文も、集めた本も資料も観測機材も」
再び体が強張る。
メルディにとって、アイメンが、ルイシカが忘れ去ることの出来ない場所であるのと同じだ。キールにだって、置き去りに出来ないたくさんのものをインフェリアに持っている。
と、唐突に二つに束ねている髪の片側をぐいと引っ張られて、痛みにメルディは「バイバ!」と小さく叫んだ。
「痛い! 何する、キー……ル?」
睨みつけたキールは苦笑していた。首を傾げるメルディに、キールは溜め息をつきながら、メルディの髪から手を放した。
「あのな。ぼくとお前がアイメンに、フォッグはティンシアに、そしてガレノスはルイシカに。どうして気付いた場所が違うのか、どう結論づけられた?」
「……帰りたい思ったところ」
「だったら、ぼくはどうしてインフェリアのミンツではなく、セレスティアのアイメンにお前と一緒に転がっていたんだ?」
「――どうしてか?」
問い返すと、キールは何故か肩を落とした。
「あのなあ……今更お前の分析能力に期待したりしないが……」
「メルディばか違うよ! キールがわかるようにお話してないだけ!」
ムキになって言い返すと、溜息をつきながらキールは天井を仰いだ。
「じゃあ考えろよ。ぼくはなぞなぞを出したわけじゃないぞ」
その顔が真剣なのを見てとって、メルディはからかわれている訳ではないと気付いた。
キールは席を立とうとしないので、そのまま自分のつま先を睨んで考え込む。
帰ろうと思ったところに運ばれた。でも、キールは故郷ではなく、アイメンに自分と一緒に落ちてきた。
確かに、あの時、生きて一緒に帰ろうと、そうキールは言ってくれたけれど。
一緒に帰ろうと。
――どこへ?
はっと気がついてキールの方を見た。と、視線があった瞬間、キールはぱっと視線をそらせてしまった。
その仕草で、思いつきは少し確信に近づいた。
「……キール……もしかして……帰るって……」
インフェリアのミンツでもラシュアンでも、キールがずっと夢に見ていた王立天文台でもなく。
「いいか、誤解のないように言っておくけれどな、ぼくは嘘は嫌いだし約束を破るのも嫌いだ」
「……うん」
あのとき、帰りたいと思った。キールは言ってくれた。生きて一緒に帰ろうと。
「そもそも、普通は気付いてしかるべきだろう、まあお前に普通を期待したりはしないが」
「うん」
アイメンを思った。キールがセレスティアの技術に驚いてわくわくして、楽しそうにしていた、ふたつめのふるさと。あちこちこわれてしまったけど、サグラ達ががんばって建て直そうとしていたふるさと。
「だいたい、インフェリアに戻りたがってる者たちの期待を裏切るわけにはいかないし、お前だってリッドやファラに会いたいと言っていたじゃない……メルディ?」
キールの肩に額を預けて、たっぷりしたローブの袖を握り締めて、メルディはくすくす笑っていた。
「あのな、キール」
「なんだよ、一人で笑うな気持ち悪い」
「メルディ、アイメン帰りたい思った」
「……だろうな」
「でも、キール一緒でないはイヤだった」
今度の沈黙はちょっと長かった。顔を上げなくても、今キールがどんな表情をしているかわかる。
「キールも、メルディとおんなじ。それが正解」
頭を預けた肩が居心地悪そうに身じろいだ。きっと顔を赤くして、おろおろしている。
だから、なおもくすくす笑いながら、メルディは袖を握った手に力を込めた。
聞こえないように、笑いながら、小さく小さく大好きと呟いた。
きっと聞こえてしまったら、何が何でもキールは立ち上がってしまうだろう。
別れは終わりではない。
想うことがともに在ること。
けれど、新しい思い出をいっしょに作れるなら、それはきっと、すごくすごく、素晴らしいこと。
「いつまで笑ってるんだ!」
怒ったようなキールの声は、普段よりちょっと高めで、メルディはまた笑い続けた。
―了―