Turn and turn

Tales,小説ゼロしい

 

12 (必殺)

 

「兄妹げんかぁ?」
 素っ頓狂な声をあげたしいなを睨み付けた瞬間、彼女はしまった、というように片手で口を覆った。
 横目で投げた視線は、思惑通りに「嘘つき」と伝えることが出来たらしい。しいなはわずかに視線を泳がせた後、口元から手を剥がした。
「ほら、笑ってないよあたし」
 ほらほら、と自分の顔を自分で指さして強調する彼女を、半眼でねめつけてゼロスはあぐらを崩した。タタミについた手を後ろの方にずらして、ふんぞり返る。
「呆れないって約束はどこいったんだよ」
「いやけどさ、そこはなんていうか……だって普通思わないだろ? 御前会議もマーテル教会の職者会議もほったらかして、分刻みの生活を送ってるはずのあんたがいきなりミズホに来た理由が」
 困り顔で彼女は一度口をつぐんだ。眉をしかめて肩をすくめて。
「妹と喧嘩したから、だなんて」
 まあ確かに少々突飛だったかもしれないとは思いながらも、ゼロスはそっぽをむいた。
 ゼロスの妹、セレスは正確には異母妹だ。十年以上に渡り離れて暮らしていたせいもあり、意思の疎通は多少の困難を必要とする。そして衝突するその度に互いの忠実な執事が傍らではらはらと手と気を揉んでいるのだが。
 生真面目で勝ち気で、けれど健康とは言い難い体に苛立ちを抱えているセレスと、ちゃらんぽらんで遊び人だった表出している気性はそのままに、仕事熱心まっしぐらな生活を送っているゼロスとでは、一緒に暮らすようになってもまだ大小数々の軋轢を生んでしまうのだった。
「で、喧嘩の原因は?」
 なだめようとしているのか、いつもより柔らかな声で尋ねてくるしいなが、湯飲みをこちらに押しやってくる。緑色のお茶が湯気をたてているそれの縁を持って取り上げ、息を吹きかけて冷ましながらゼロスは舌打ちをした。
「……忘れた」
「――そうかい」
 そんなこったろうと思ったよ、と言いながらしいなもまたお茶を啜る。
 嘘ではない。熱があるというのに、多忙で睡眠不足なゼロスの代わりに、社交界でのオツキアイである夜会に出ようとしたセレスを止めようとしたのが発端ではあったが、直接的な引き金は忘れてしまっていた。
 喧嘩の末、ミズホまで来たのは初めてだが、冷戦になり、たまたま屋敷を訪れたしいなが仲裁に入ってくれたこともある。それのどれもが後になってみればくだらなかったり、取るに足らないことだったりするのだが。
「セレスの物言いは強がってるだけだって、あんたにもわかってるだろ? 甘えるのも甘やかすのもヘタな所はそっくりだよ、あんた達ときたら」
 さらに畳みかけられて、言葉に詰まる。虚勢を張って平気だと言い張る事で平気でいようとする妹を見るのはどこか痛ましくて、その虚勢を無理矢理ひっぺがしたくなるのだ。
 言い負かしたいわけではないのに、またセレスが言葉を額面通りに受け取って言い返してくるものだから舌戦がエスカレートし、そしてついには勝手にしろ勝手にしますわで終わってしまうのがワイルダー家での兄妹げんかのパターンになりつつあった。
 セバスチャンの『大概になさりませ』という視線に耐えきれずに発作的に家出をしてきたわけだが、やはりここでもお説教は喰らわねばならないらしい。
 兄なんだから、年上なんだから、健康なんだから、さあどれで来るかと身構えていたのに、諦めたように瞼を閉ざしていたゼロスの耳に届いたのは、小さく笑うような溜息だった。
 目を開けてみると、そこではしいなが湯飲みを持って――ゼロスには真似のできない年季の入った優雅な手つきなのだが――忍び笑いを漏らしていた。
「……なんだよ」
「んー?」
「人の不幸を笑うなんて、一体誰の悪趣味がうつったんだ?」
「違うってば」
 なおもくすくす笑いながら、しいなはふわりと目を細めた。
「前のあんたなら、てきとーにあしらってたのにな、って思って」
 返す言葉もなく、ただ空気を呑んだゼロスに、しいなは笑みを深くして小さく首をかしげた。
「セレスも分かってるんじゃないかい? あんたがちゃんと向き合ってくれるのが嬉しくて、だから喧嘩になるんだよ。あたしは進歩だと思うけどね」
 一応仮にも恋人と言うポジションにあるであろう女から、まるで母親が子どもの成長を喜んでいるような言葉をかけられて嬉しい男はそう居ないだろうと思うのだが、全く悪気のない目の前の彼女はにこにこと満面の笑顔でこちらを眺めているものだから、怒る気力も失せる。
 湯飲みを脇に置くと、ゼロスはその場にねっころがった。あらかじめ靴を脱いでいるタタミだから出来る芸当だが、ごろりと大の字になる。
 そのまま目を閉じて息を吸うと、覚えのある匂いがした。草の匂いに似ているそれは、しいなを抱きしめるとき、着物から僅かに薫る匂い。
 強張っていた何かが、ゆるゆるとほどけていく。細く長い溜息を、ひとつ。
「俺さま、みっともねーなぁ」
「ほんとだね」
「かっこわりーし」
「まったくだよ」
 間髪入れずに返ってくる同意に、ゼロスは目を閉じたまま顔をしかめた。
「……否定しろとまでは言わねぇけど、慰めるとか励ますとかしようぜ、せめて。俺さま達って、これでもあまーい関係なんじゃなかったっけ?」
「甘くない。だいたい、本当の事なのになんで否定するのさ? おかしいじゃないか」
 いつの間に傍にやってきていたのか、寝ころんだ時に顔にかかったままの髪を払う指が眉間に寄せたしわをなぞり、最後に額を軽くこづいた。
 文句を言おうと瞼を持ち上げると、覗き込んでいた彼女の笑顔が真っ先に飛び込んできて。
「それがあんただろ?」
「……」
 計算も駆け引きも何もない、まっすぐに思ったことを思ったように言う彼女の言葉は、こういう時にはまさに一撃必殺で。
 ああもう全くもってかないっこないのだと噛みしめながらも、一矢報いる為にゼロスは彼女の死角にある腕を持ち上げた。軽く二十日ばかりのブランクがある恋人同士に相応しい行為に関しては、彼女より分があるのだから。
 それだけは意地とプライドにかけて譲らない決意を固めながら、捕らえた彼女の腕を勢いよく引っ張った。