月と花畑とラストダンス

Tales,小説キルメル,リファラ

 村長と神官の簡単な挨拶と祈りの後、篝火に男達が火を点す。油の染み込ませてある薪は一気に燃え上がり、薄暗くなっていた広場を赤い光で満たした。
 楽器を扱える者達が、今日のために練習した曲を賑やかに奏でる。酒も料理も遠慮なく全員に振る舞われ、あちこちで笑い声が弾ける。
 メルディはわくわくしながらそんな様子を眺めながら、唯一人の姿を探していた。リッドは先程火を点すときにちらっと見えたが、キールの姿が見あたらない。
「なあファラ、キール居ないか?」
 まわりの喧噪に紛れそうになるので、心もち声を張り上げてファラに尋ねると、ファラは少し背伸びをして辺りを見渡した。
「うーん……あ、あそこで村長に捕まってる」
 村長の一言に、メルディは少し身を縮こまらせた。最初にここに落ちてきたときから、村長はいつでも険しい目でメルディを見るので、どうしても苦手意識が先に立つ。
 ファラはそんなメルディの背中を安心させるようにひとつ叩いた。
「ほら、先に腹ごしらえしちゃお? キールもそのうち来るよ」
「はいな」
 頷いたものの、ちらりと人混みの中で見えた濃紺の後ろ頭に気をひかれながら、メルディはファラに手を引かれて料理のテーブルへと向かった。
 パンに野菜と鳥の冷や肉を挟んだサンドイッチ、甘く煮詰めた果物のパイと、ふかしたてのジャガイモにバターをたっぷりかけて塩をふったものを食べたところで、メルディはお腹いっぱいと音を上げた。
「なんか飲む? あ、キルマフルーツのジュースあるよ」
 そう言って取り上げてくれたコップを受け取ろうとしたとき、ファラの肩を叩く人があった。
 リッドかとメルディが視線を移した先には、見知らぬ若者が立っている。ファラが、ミウド、とその人の名らしきものを呼んだ。
「ファラ、ちょっといいかな?」
 言って、焦げ茶色の瞳で広場の端にある風車の方を指す。
「あの、でもミウド、わたしこの子と……」
「あ、セレスティアからのお客さんだっけ? おーい、キール!」
 困ったようにメルディの方に一歩近づいたファラに構わず、ミウドと呼ばれた青年は未だに村長に捕まったままのキールを大声で呼んだ。
 気付いたキールがこちらを振り返る。そっちにメルディを押しやりながら、ミウドはメルディに「ちょっとファラを借りるね」と告げて風車の方にファラの手を引っ張って行ってしまった。
 村長に何か一言二言告げたキールが、人混みをかきわけてやってくる。
「どうした?」
 ほとんど一日ぶりに見るキールは、見慣れない格好をしているからか、それとも古めかしい衣装のせいか、なんだか普段より大人びて見えて、メルディは目をぱちくりさせた。
「メルディ?」
 重ねて問われて、メルディはふるふると首を振る。
「なあキール、ファラ借りるってどういうことか?」
「はあ?」
 今度はキールが何度かまばたきをする番だった。メルディがざっと経緯を説明すると、キールは舌打ちを漏らした。
「リッドのヤツ、さっさとファラを捕まえておかないからだぞ」
「捕まえる?」
 キールは軽く頭を振って、リッドの自業自得だから放っておけ、と呟いた。
「……キールはリッドにかなりの冷たいな」
「あのな、こういうことは人がお節介をしてもこじれるだけと相場が決まっているんだ」
「そんなことない! ファラ、メルディがキールとダンスできたらいいねって、いっぱい手伝ってくれたな! こじれたない!」
 両手を握りしめて言いつのるメルディに、キールは肩を落とした。
「――こじれて、ないだ」
 キールはメルディの言葉を訂正してから、メルディのブーケをそっと人差し指で撫でる。その拍子に、はらりと一枚、赤い花びらが落ちた。
「作ったのか?」
「はいな。ファラが教えてくれたよ」
「そうか」
 まだ少し頬を膨らませているメルディに、キールは衣装の合わせにある隠しポケットに手を突っ込んで、銀色の小さな髪飾りを取りだした。
「ほら」
 メルディの手を取って、その手のひらに髪飾りを乗せる。
 メルディは、炎の揺らめきで時々赤く光る銀の髪飾りをじっと見つめた。プーチの花を象った流れるような細工は、端の方が葉っぱの形になっている。
「――気に入らなかったか?」
 あまりにも長い間、メルディが沈黙して髪飾りを眺めているので、キールはとうとう痺れを切らしてそう尋ねた。
 髪飾りをそっと両手でくるむように握りしめて、それを胸に抱きしめたメルディが、小さく頭を振る。その拍子に、またプーチのブーケの花びらが舞った。
「……うれし……」
 小さく呟いたメルディの声は、ざわめきに紛れずキールの耳に届いた。キールは、唇の端でほっとしたような満足したような笑みを浮かべて、それからそっとメルディの肩に手を置いた。
「ほら、そのブーケを僕にくれよ。でないと、ダンス受けてもらったことにならないんだからな」
 どこか照れたような響きの、ぶっきらぼうな台詞に、メルディは涙を拭いながら笑って顔を上げた。
「取って。ファラがつけてくれたから、メルディ取るは難しい」

 何曲か踊っている人たちを見ているうちに、だいたい覚えたメルディは、いやがるキールを連れてダンスの輪の中に加わった。器用に踊るメルディに、何人かの人が楽しんでるかい、ゆっくりしていきなさい、と声をかけてくれるのに、メルディは笑ってお礼を言った。
 その中には、もう新しい髪飾りをつけたユゥリも居て、不器用に足元ばかり見て踊っているキールと、そのキールを引っ張るように踊っているメルディを見つけて笑いかけてくれる。
 それに笑い返して、ふとメルディは辺りを見渡した。まだリッドとファラの姿が見えない。
「キール、リッドとファラの居ないよ?」
「放っておけ。収まるところに収まるさ、どうせ」
 メルディは少し唇を尖らせた。
「けど、さっきが人……」
「あの二人だぞ? 入り込むことの出来るヤツが居たらお目にかかってみたいね」
 その聞いたところは冷たい言葉の後ろに、キールが二人に抱いてる信頼のような思いを感じ取って、メルディはうっすら微笑んだ。
 結局、キールの予言通り、最後のダンスの時にはさっきファラを連れていった人は輪の外で一人でぽつんと酒を飲んでいたが、ファラとリッドは見あたらなかった。