月と花畑とラストダンス
「ほら、こっちだぞ」
「待って、リッド、ひっかかっちゃった」
お祭り用の衣装は普段着ている服と違って、動きやすくはできていない。長いスカートの裾が茂みから突き出た枝に引っかかって、ファラは先を行くリッドを呼び止めた。
しょーがねえな、と、リッドが戻ってきて枝から服をとってくれる。
「ほら、いくぞ」
差し出された手を素直に握って、ファラは暗い夜の森を奥へと進んでいった。
両親を失って、二度目の収穫祭。なんとなく居心地が悪くて、ぼんやりと広場の隅に立っていると、珍しくリッドから声をかけてきて、ヒマならついてこいよと森に誘われたのだ。
「ね、どこまで行くの?」
「いいとこ」
自信満々にファラの質問に答えて、リッドは村の者なら見落としそうな獣道へと分け入っていく。
茂みをかき分けて、あっちこっち葉っぱや枝に引っかかれながら木立の間を抜け、出てきた先にぽっかりと広がった小さな花畑にファラは歓声を上げた。
「すごーい! なんだか、おとぎ話の秘密のお庭みたい」
「な? いいとこ連れてってやるって言っただろ?」
得意そうに胸を張って言うリッドにうんうんと頷いて、ファラは花畑のまんなかに駆け出した。
「見てリッド、お月さまがまんなかに居るよ」
森の木立が丸く切り取った夜空に、満月がふわりと浮いている。リッドは見上げて手を伸ばした。
「取れたらいいのにな」
「欲しいの?」
「うまいかもしれねえだろ?」
「……食べるの?」
呆れたような声のファラに、リッドはウソウソと笑う。
「取れたらさ、ファラの髪飾りにしてやるのにな」
きょとんとファラは隣に立つリッドを見上げた。
「……リッドがくれるの?」
「だってファラしかいねえだろ、あげる人」
「それだけぇ?」
ぷう、と頬をふくらませる。
「他に何かあるかよ」
だって髪飾りは男の人が大事な人にあげるものなのに、と、ファラは声にならない声でぶつぶつと呟いた。
ほんのちょっとだけ、リッドになら花飾りをあげてもいいかなと思ったのに。
「じゃあ、もっと大きくなったとき、ファラが花束くれたらやるよ」
「お月さまを?」
「いやそれは無理そうだから、髪飾り」
月明かりの下で、リッドはそう言って屈託なく笑っている。
ファラはしばらく考えた。
「うーん、じゃあ、リッドがすっごくかっこよくなってて、すっごくいい旦那様になりそうだったらあげてもいいよ」
「なんだよそれ」
今度はリッドがふくれた。
「まるで今のオレが全然ダメみたいじゃねえか」
「あはは、そんなこと言ってないよ。おっきくなったときの話でしょ?」
と、リッドはしゃがみ込んで足下の花畑から数本プーチの花を引き抜いてくるんと束にする。
「じゃ、オレもファラがすっげえかわいくなってて、いい嫁さんになりそうだったら髪飾りやるよ」
「今でもじゅうぶんかわいいもんわたし」
いーだをするファラに、リッドは即席で作った花束を差し出した。首を傾げるファラの胸元にそれを突きつける。
「髪の、もうぼろぼろだからこっち付けろよ」
慌てて、おばさんに付けて貰った花束に手をやる。確かに、この夜中の散歩で木立をくぐったりしている間にダメになってしまったらしく、ピンを引き抜くともう花はほとんど残っていなかった。
「……ありがと」
花束は本当はあげるものなのにな、と思いながらファラをそれを器用に髪に留めた。
「じゃあ、約束ね? リッドがかっこよくなってたら」
「ファラがかわいくなってたら」
まー道場に通いたいとか言ってる奴がなれるかどうかしらねえけど、と、リッドが呟くのにファラは特大のあっかんべをした。
「ふーんだ。そんなこと言うリッドなんて、魔物に襲われても守ってあげないんだから」
「心配しなくても、オレは自分くらい自分で守れるよ」
帰るぞと踵を返したリッドの背中はなんだかひどく遠くて、あわててファラは追いかけてその服の裾をしっかりとつかんだ。
それは、今から十年ほど前の、幼い思い出。
朝一番に、露が付いているプーチの花を摘むのがいいんだよ。ファラは説明しながらメルディの手をとり、森の奥地へと朝焼けの中を歩いていった。
「あ、ファラ! あの花のとこ、人の居るよ」
「え? ああ」
ファラはメルディの指さす方向を見て、ユゥリ、と名を呼んで手を振った。呼ばれた女の人が振り返る。
「おはよう、ファラ! いい祭り日和になりそうね」
「ホント、いい朝焼けだね!」
ファラが笑って返す横で、メルディはそのユゥリと呼ばれた人の手の中にある、作りかけの花束に目を落とした。気付いたユゥリが、メルディとファラを交互に見比べる。
「あら、その子が昨日話してたお客様?」
「うん。メルディって言うんだ」
ファラがメルディの背中をぽんと叩いてくれて、メルディはぺこりと頭を下げた。焦げ茶色のおさげを揺らして、ユゥリは笑う。
「おはよう、メルディ。今日は楽しんでいってね」
「――はいな! ありがとな」
ぱっと顔を輝かせて笑ったメルディに、ユゥリはわずかに苦笑した。
「もう、結構あてにならないものなのね、伝承って。セレスティア人のどこに牙があって角が生えてて人を食べたりするのかしら」
前にもファラ達がそう言って笑い飛ばしたことがあった。メルディはたはは、と笑って、その時言ったのと同じ台詞を口にする。
「セレスティアでは、セイファート悪い神様だな。でもホントはそんなことない。だから、おあいこ」
ユゥリが目を丸くして、それから顔をほころばせた。
「そうね、本当ね。ファラ、ブーケ摘みに来たんでしょ?」
「うん。でも、もうちょっと奥に行くから、ユゥリはここで心おきなくフェリオの為にブーケ作ってて」
「もう、からかわないでファラ」
頬を染めて言い返すユゥリに笑いながら手を振って、ファラはメルディを促してまた森の奥に続く道を歩きはじめる。
「フェリオの為って何か?」
歩きながら、さっきのファラの台詞の意味を尋ねる。ファラは笑いながらメルディに脇に入る小道を示して分け入ってから、口を開いた。
「昨日もちょっと言ったけど、最後のダンスのパートナーが居る人はその人に髪飾りをもらうんだよ。ブーケと交換でね。だから、ユゥリはフェリオのため」
メルディはもと来た道を振り返って、そっと溜め息をこぼした。もうユゥリの姿は見えない。
「――いいなあ」
メルディの呟きに、ファラはぷっと吹き出す。
「何言ってるの、メルディはキールに髪飾りもらえるでしょ」
「う。そ、そかな……」
「そうだよ。だから、心を込めて作ろうね?」
ファラが言って指さした先は、色とりどりのプーチの花が、ぽっかりと円形に森の木々が途切れた場所に咲き乱れている、ちょっとした花畑になっていた。
「わあ――! すごいすごい、お花のじゅうたんだよ、ファラ!」
駆け出したメルディをクィッキーが飛び跳ねて追いかける。ファラもゆっくり歩きながらその後を追い、花を潰さないように気をつけながらくるくる踊っているメルディの近くで足を止めて、花畑を見渡した。
「……やっぱり、変わってないなあ」
呟いたファラは小さく息をついて、だんだん赤みの薄れていく空を仰いだ。
「ファラぁ! ブーケの作り方教えてくれな、はよはよう!」
「はいはい、どの色がいいの? まず背の高いのを5本くらい選んでね」
無邪気にはしゃぐメルディに笑いながら指示を飛ばして、ファラは自身の為のブーケにするための花を摘み始めた。
花束を作りながら、ファラはあの収穫祭の夜を思い出していた。
思えば、あの時リッドが渡してくれた花束は、髪飾りだったのかも知れない。
リッドは認めないし、確信はないけれど、あの頃もリッドはファラを特別に大事にしていてくれた。それが恋だったかどうかは解らないけれど。
ひょっとしたら、あの花束も、リッドなりの意思表示だったのかなと、ファラは今頃になってそんなことを考えていた。
そう考えると、最近のリッドのよそよそしい態度に迷う心も、少し落ち着くような気がした。
あの頃も今も、変わらないものがひとつだけ、確かにある。
それを知っているのだから。
花束が出来たとはしゃぐメルディに笑いかけながら、ファラは自分のための花束を作り上げた。
作り終えたブーケは、しおれないように小さな桶に水を汲んでつけておく。そのブーケをちらちら見ながら、メルディは朝御飯の支度を手伝い、ファラが分担した料理を手伝い、それを届けに行くファラにくっついて村の入り口にある広場に設けられた祭りの場所を見に行った。
広場の正面には櫓が組まれ、そして中央部分には薪が山と積まれている。その脇に大きなテーブルがいくつも並べられ、おいしそうな料理と飲み物がもう所狭しと置かれている。
「ファラ、このピンクは何か?」
「それはイチゴのお酒だよ。メルディ、ちょっとそこの肉の詰め物焼きずらしてくれないかな」
「はいな!」
メルディが空けた場所に、ファラは持ってきたミートパイを置いてこれでよしと頷いた。
「さて、帰って着替えよっかメルディ。お祭りは夕方からだよ」
「ワイール、夕方夕方!」
きらきらと目を輝かせてはしゃぐメルディに、ファラがいこっかと促したとき、ファラの肩を軽く叩く手があった。
ファラが振り返る。と、そこには薪を右肩にかついだリッドが立っていて、左手を軽く挙げた。挨拶のつもりらしい。
「おいファラ、キールの出来たか?」
「うん、だいじょぶ。そんな傷んでなかったし、サイズも大丈夫だから……取りに来れる?」
「これ運んだらそのまま寄るよ。メルディのも大丈夫だったんだな?」
「うん、少し直しただけで着れたから。そういうリッドは大丈夫なの?」
ここ数年参加したこともないリッドに、そう何度も尋ねたのだが、だいじょーぶと安請け合いされるだけで、またすっぽかすのではないかとファラは心配していたのだが、リッドは微苦笑を浮かべて薪を担ぎ直した。
「親父の昔のヤツ引っ張り出してきたよ。ぴったりになってやがんの」
「……そっか」
ファラが少し目を細めて微笑む。と、メルディがリッドのポーチをくいくいと引っ張って注意を促した。
「ん? どした、メルディ」
ちょっと躊躇うように視線をそらしてから、メルディはリッドを見上げた。
「あのな、キールどこか?」
「ああ、なんか用事があるとかでオレんちにこもってるぜ。祭りにはちゃんと出るってさ」
「ふぅん……」
昨日の晩ご飯の後、リッドの家で寝るからと言って出ていってからキールは姿を見せない。ここのところ、傍にはいつもキールがいたせいか、メルディはなんだか落ち着かない気分だった。
「大丈夫だって、祭りには来るから。ほら、用意して来いよ」
リッドに促されて、メルディは頷いてファラの家の方に歩きはじめる。
メルディの姿が村長の家の向こうに消えてから、ファラはリッドに目線を移さないまま口を開いた。
「――で? ホントはキールどこ?」
「ミンツまで買いに行ったよ。ラシュアンにはもういいもん残ってねえからって」
「わ。ご苦労様……本当に間に合うの?」
「飛空挺で行ったんだ、じきに戻って来るさ。なるべくメルディを家から出すなよ」
「わかった」
そしてファラはリッドを横目で見上げた。すっかり青年になってしまった幼なじみの、頭ひとつ高いところにある空色の瞳を探るように見つめる。
「ん? どした?」
視線に気付いたリッドが、ファラを見下ろして尋ねた。しばらく迷って、ファラが意を決して口を開こうとしたとき、広場の向こうからリッドを呼ぶ声が響いた。
「おーう! 今行くよ」
そっちに叫び返して、リッドはぽんとファラの肩を叩いた。
「わりぃな、後でキールのは取りに行くからよ」
「あ、うん、あとでね」
薪を抱えたまま、軽い足どりで呼ばれた方に向かっていくリッドの後ろ姿に、ファラは小さくいーだをしてメルディの後を追った。
メルディの明るい薄紫色の髪に、鮮やかな色とりどりのプーチのブーケはよく映えた。ラシュアン染めの衣装もきちんと着付けて、長いたっぷりとした巻きスカートをくるりと翻してみせてから、メルディはくすぐったそうに笑った。
「なあな、ファラ、似合うか?」
「うん、可愛い可愛い! 飾り甲斐があって嬉しいな、メルディは」
自分の着替えは手早くすませてしまったファラは、鏡を覗き込んでブーケを髪にピンで止めながら、鏡の中のメルディに笑いかける。
淡い紅を薄く掃いただけなのに、ふわふわの髪を下ろしてクィッキーとじゃれているメルディは、まるでおとぎ話に出てくる妖精のように不思議な雰囲気を纏っていた。
窓の向こうがだんだん夕陽の色に染まってくる。ファラはざっと自分の姿を鏡の中で点検して、それからくるくる回ってスカートが広がるのを楽しんでいるメルディに声をかけた。
「じゃ、いこっか!」