月と花畑とラストダンス

Tales,小説キルメル,リファラ

 ファラはその話をメルディから聞くや、笑い転げた。
「あのね、メルディ。そりゃあセレスティアに行ったキールは住む家もないし、メルディの所に転がり込んだっていうのも解るけど。ラシュアンにはわたしもリッドもちゃんと家があるんだもの」
 メルディ達が訪れたときには忙しそうに縫い物をしていた手を休めて、簡単なお茶と食べ物の用意をするためにくるくると台所を動くファラは、メルディのどこか不満げな顔に目を留めて、そして笑いかけた。
「こっちでは、一緒に暮らすってことは、結婚してるってことなんだよ。だから、結婚もしてないのに一緒に暮らすなんてもっての他なんだ」
「どーしてかー? ファラはリッド好き、リッドはファラ好き。一緒にいるがイチバン」
 ファラは困ったように笑いながら、オーブンからさっと焼き色を付けたサワービスケットを取り出す。ふわりと香ばしい匂いが台所に広がった。
「はいメルディ、これ持っていってね。わたしお茶とスプーン持っていくから」
 深皿にビスケットをあけて、クリームとジャムと糖蜜、そして二種類のチーズをそれそれ小皿に盛ったのをお盆に乗せて、ファラはキッチンミトンとエプロンを外した。
 言われた通りお盆を手に掛けながらも、まだモノ言いたげなメルディの、その額をファラはちょん、とつついた。
「一緒にいたくないわけじゃないよ。――色々ね、あるんだ」
 少しさみしげなファラの声色に反論できず、しぶしぶ頷くとメルディはお盆を持って、リッド達の居る居間へと向かった。

「しかし、意外だな」
 台所から、なにやらいい匂いと賑やかに騒ぐ気配が漂ってくる中、キールがぽつりと呟いた。
「何がだ?」
 テーブルに頬杖をついて、リッドはいい匂いのもとが早く来ないかと扉を見つめている。キールはそんなリッドを横目に睨みながらわざとらしくため息をついた。
「メルディの言い分も理解できなくはない。僕だって、お前達はてっきりきちんと結婚を前提に話を進めているんだと思っていた」
 リッドは頬杖からがくんと頭を外した。そのまま危うく頭をテーブルに打ち付けそうになるのをこらえる。
「──どっかの世話焼きオバサンかよ、お前は」
「興味本位の詮索と一緒にするな。心配しているんだ」
「はあ」
 気のない相づちを打って、リッドはもう一度頬杖をつきなおした。
「この村はまだまだ保守的だ。その、まあいわゆる男女の交際はすなわち結婚だろう? それなのに、何故まだお前達はふらふらしている?」
 リッドはしばらくむっつりと黙り込み、台所からの賑やかな笑い声が近づいてこないのを確認してから、小さくため息をついた。
「……ファラのおばさんが許してくれねえ」
 キールは目を丸くした。
「申し込んではいるのか!?」
 キールの素っ頓狂な叫びがあがる。今度こそリッドはテーブルに突っ伏した。
「お前オレをどういう目で見てんだよ」
 呻くように呟く。
「いや、お前が申し込んだのならファラが断るわけがないだろう? なのに一向にそんな話を聞かないから、てっきり申し込んでもいないのかと思ったんだ」
 平然と説明するキールを、リッドはへいへいと適当に聞き流して、突っ伏したままテーブルに置かれているリンゴを一つ手にとった。それを手の中でくるくる回す。
 ばれたんだよ、と小さな呟きがリッドから漏れた。
「ばれたって、何が」
「オレとファラが会ったりしてたのが」
 キールが、呟くリッドから目線を外す。会って何をしていたのかを問いただすほど野暮じゃ無いぞとか口の中で呟いているのが耳に届いたが、リッドはそれをあえて無視した。
「以来絶対許さないの一点張りだ。まあ……ちゃんと話を最初に通しておかなかったオレが悪ぃんだけどよ、参るぞさすがに」
 キールは呆れたようにため息をついて、椅子の背にもたれかかった。
「それでも、ちゃんと許しは得たいんだな?」
 リッドが顔を上げた。苦いが、どこか仕方ないと言いたげにその顔が笑っている。
「ファラの、家族だ。ちゃんとあいつを祝ってもらいたいからな」
 だからまずったんだよなあとリッドはぶつぶつ呟いた。キールは半眼でリッドを睨む。
「自業自得だろう」
「人のことより自分のことを心配しろよ、お前も。いくらセレスティアではいきなり結婚が当たり前じゃないとか言っても、お前の親は納得しねえだろうが」
 リッドの反撃に、ぐ、とキールがつぶされた蛙のようなうめき声を上げたとき、だんだん賑やかな声が近づいてきて、キールとリッドはそこで会話を切り上げた。

 気持ちのいい風がカーテンをそよと揺らしている居間では、キールは仏頂面で、リッドはいい匂いに目を輝かせて二人が戻ってくるのを待っていた。
「おまちどおさま。キール、お茶はミルク入れる?」
「ああ。……祭りは明日か?」
 メルディに糖蜜の小皿を渡してやりながら、キールが尋ねるのに、全員にお茶を注ぎ終えたファラは笑って頷く。
「うん。なんだ、狙って来たんじゃなかったの?」
「来るまで忘れていたさ。明日か……」
 本当なら今日リッド達に会って、今後どうするのかをざっと決め、そのままミンツに戻ろうと思っていたのだが。
 思案するキールの横で、ビスケットを半分クィッキーにわけながらメルディが小首をかしげた。
「なあなあ、お祭りなのか?」
 ビスケットを口一杯に頬張ってむせるリッドにお茶のおかわりを注いでやってから、ファラはメルディに向き直って頷く。
「明日ね。このラシュアンの収穫祭。今年もたくさんの恵みを有り難うございますって、来年も頑張ろうねって、そういうお祭り。わたしも午後から準備に行かなくちゃいけないんだ」
「そか。じゃあファラはゆっくりできないんだな?」
「ごめんね……って、そうだ、メルディ達急がないでしょう? お祭り参加していけばいいじゃない!」
 ぱちん、とファラが両手を打ち鳴らしてうんうんと一人で納得している。ようやく咳きこまなくなったリッドは、けどなあ、と呟いて椅子の背に体重を預けた。
「衣装どうすんだよ? メルディは柄持ってねえだろうが」
「そんなの、わたしのお客さんなんだからうちの柄でいいよ。わたしのお古だってあるし。キール……の柄は残ってないかなあ。あ、親戚の家をあたればいいか」
「僕もか!?」
 素っ頓狂な叫び声をあげたキールに、ファラは少し温度の低い一瞥をくれる。
「最後のダンスをメルディ一人でほっとくの?」
「ぐ」
「確かグリダのおやっさんがキールの親父さんの弟だろ? 古いのなら残ってるんじゃねぇか?」
「じゃあさっそく借りに行こう、直すとこあるかもしれないし」
 ラシュアン組の途切れない会話に、メルディはただついていくのに必死だったが、とうとう降参して「なあなあ」と三人の会話に割って入った。
「なんの話してるか、みんな?」
「あ、ゴメンねメルディ。お祭りの準備をね、どうするかって話だったんだ」
 すまなさそうに肩をすくめて、ファラはビスケットとジャムの皿を脇に押しやってメルディにざっと祭りの説明をした。
 ラシュアンでは、みんな家ごとに「柄」を持っていること。それをあしらった、古くからの型の衣装をまとって、女の子は秋咲きのプーチの花のブーケを髪に飾り、男は新しい髪留めを自分の妻や目当ての女性に贈ったりする。それをつけたカップルが最後のダンスを踊ること。
「ワイール! 楽しそうだな!」
 メルディが目を輝かせてクィッキーを抱き上げるのを横目に、キールは苦虫を噛み潰したような表情で沈黙していた。
「まーこんな田舎でも、たまにはそんな賑やかな事もあるさ」
「リッドはここ何年か、顔も出してなかったけどね」
「やかまし」
 憮然としてリッドはまた新しいビスケットにチーズを乗せて、一口で飲み込んだ。
「じゃ、わたし明日の料理作るの手伝いに行かなきゃいけないから。キール、ちゃんと借りてきてね。あ、メルディ、夕方には帰ってくるから、衣装あわせようね」
「はいな!」
 メルディが元気に手を上げて返事する横で、リッドも立ち上がった。
「んじゃオレも櫓組むの手伝ってくるわ。キール、グリダのおやっさんも来てるはずだから来いよ」
「――ああ」
「キール行っちゃうか?」
 キールが席を立った途端に不安そうなに顔を歪めたメルディに、キールは少し表情を和らげて「すぐ帰る」と告げた。
「メルディごめんね、お留守番になっちゃうけど……」
「いいよ、メルディお片づけしてるな」
 ファラの言葉にメルディは首を振って笑った。
 ここに落ちてきたときほどのあからさまな好奇の目線や厭わしげな囁きはなくても、やはりファラ達のようにあっさり受け入れてもらえるものではないことは、メルディも承知していた。
 だから、お祭りに参加して、少しでもこの大好きな人たちの故郷を身近に感じられるなら、きっとそれは楽しいことだろうと、メルディはそう思って出かけていく三人に手を振った。

 結局、キールはリッドの家に、メルディはファラの家に泊まることになり、ファラが用意してくれた夕飯の後、リッドとキールは早々にファラの家を辞去した。
 リッドとしては、極力ファラの叔母をこれ以上刺激したくないのだ。
 そんなわけで、人口が一気に二倍になったリッドの家では、キールが荷物の中から財布をとりだしてぶつぶつ呟きながら勘定を始めていた。
「どーした?」
 湯を使って来たリッドが頭を拭きながらそれを覗き込む。
「いや……まだ残ってるか? ここに」
 しばし眉をひそめ、それからリッドはキールが何を尋ねているのかを理解した。
「いいのはもうあらかたはけてるぜ。ミンツくらいまで行かねえと」
「やはりか」
 肩をすくめてみせるリッドに、キールは嘆息して財布の口を閉じ、椅子の背にもたれかかった。
 急なことで、キールには髪飾りの用意がないのだ。この季節を狙って、いくつか細工物は入ってくるが、それも我先にと皆が買い求めてしまう。
 こんな前日に残っているのは、少し難のある品物ばかりだ。
「……ところでお前がそれを知ってるってことは、用意はしたんだな?」
 ちらりと半眼でキールがリッドを見やる。リッドはうんざりと顔をしかめた。
「お前さっきからなんか本当に世話焼きくさいぞ」
「お前達の要領が悪いからだろう!」
 思わず怒鳴り返して、それからキールは咳払いをした。
「……メルディが言ってたぞ。少しファラが寂しそうで心配だと」
「わかってるよ」
 リッドの返答は静かだった。
「わかってる。けどなあ……正直、どうしたらいいのか見当もつかねえよ。謝ってもダメ、ちゃんと話通しに言っても追い返される。ファラもとりなそうとしたけど、頑として聞いてくれねえみたいだし」
「ファラのおばさんを説得するのも大事だろうが」
 キールは荷物をかついで立ち上がる。
「お前が最優先で気遣わなければならないのはファラだろう? 一番不安なのはファラだ」
 そのまま、玄関に歩いていくキールに、リッドは行ってこいと手を振った。
 ややあって、飛空挺が飛び立つわずかなエンジン音が、風に乗って窓を叩いた。