鉄格子
TOS本編開始後、コレットたちが旅だってしまった後のロイドの話です。
腰の辺りが寂しいのに心細さを覚えながら、ロイドは深々と息を吐いた。
何度まばたきしてみても、ここはディザイアンらしき奴らに気絶させられて連れ込まれたらしい牢の中だ。当然武器は奪われてしまっている。
けれど体は動く。多少しびれは残っているが、それでも動くのに支障があるほどではない。
押し込められた殺風景な牢屋には、作りつけの寝台の他は何もなかった。何かの役に立ちそうなものはといえば、嵌めたままだったために手に残っていたソーサラーリングくらいだ。
それだけを確認すると、ロイドは天井を仰いだ。通風口らしきものはない。
ぐるりと壁を見渡す。どういう材質で出来ているのかはさっぱりわからないが、グローブ越しに軽くこづいてみただけでも、素手でどうにかできそうなものではないことだけは解った。試しにソーサラーリングで打ってみたが、火花が軽く散っただけで、どうにかなった様子もない。
そして、この鉄格子。
「……ふつーの鍵ならなぁ。針金で開けられるんだけど……」
定期的に巡回にくる見張りには見つからないように呟いて、ロイドは嘆息した。どういう仕組みになっているのか、どうやら牢の脇にある光を発している丸いものに触れなければならないらしい。
まあそれはいい。見張りの目を盗んで、鉄格子の隙間から出してみた手では届かなかったが、懐にある針金をまっすぐに延ばして触れさせればなんとかなるだろう。押し込むとなると多少辛かったかもしれないが。
万が一の為にあれこれ持っていて良かった。幸いにもいくつか細工用の工具も服の内ポケットに入ったままだ。
ただし、あの奇妙な兜を被った見張り兵の目を長時間にわたってごまかせた場合に限るが。
しばらく思案の末、ロイドは寝台に寝転がった。毛布を被って隠そうかと考えたが、かえってごそごそと動いているのがわかってしまうかもしれないと思い直し、横向きに寝転がった。
とっさに手元を隠せるように、腰から下あたりに毛布をかけて、耳を澄ます。
鉄格子の方に背を向けて、足音が遠くなるタイミングを測った。近くなって遠くなって、そう時間をおかずにすぐに真ん前を通り過ぎた後は、しばらく遠くなる。
何度か行きつ戻りつするその周期を掴んだ後、ロイドはごそごそと前の釦をいくつか外して必要なものを取り出し始めた。
針金発見。引きずり出して、サスペンダーの裏側に挟み込む。彫金用のノミもある。長さが足らなければこれに針金を結びつけよう。他には。
かさり、とした音にロイドは手を止めた。紙やすりの類は入れてなかったと思うけどなぁと思いながら引き出したそれを確かめ、思わず唇を噛む。
見覚えはあった。ゆっくり眺めたのは一度きりだが、忘れるはずもない。
作文のお手本に見せてもらうとき、わからなかった算数の宿題を教えてもらう時。何度となく見てきたその小さな少し丸みを帯びた文字は、あの少女の手から綴られていた。
こつこつとまたも近付いてきた足音に、ロイドはソーサラーリングを嵌めた手の中に手紙を隠し、もう片方の手で上から覆った。
なるべく自然にと言い聞かせ、眠っているように静かな呼吸を繰り返す。炎を出すくせにひんやりとしたソーサラーリングの感触に、吐息を押し殺した。
これだって、本当はコレットが持っているべきものだったのだ。あの聖堂の仕掛けを解くためだけに、あそこに安置されていたのではないだろう。おそらくは、旅立つ再生の神子の為にあったはずだ。
それなのに、面白そうだから使わせてくれと言うと、コレットはいつもの笑顔でいいよと言ったのだ。今頃困ってなければいいのだが。
――おかしいと思わなければならなかったのだ。
明日旅立つと告げに来た少女の様子がいつもと違うことに、どうして気付かなかったのだろう。
何かを言いかけてやめていたコレット。遠い星空を見上げていたコレット。長い金の髪を夜風に遊ばせて、さよならと言ったコレット。
今まで一度だって、コレットが別れ際に「さよなら」と言ったことなどなかったのに。たいていは「じゃあね」か「また明日」と元気に手を振ってくれていた別れの挨拶が違うものだった事を、どうしてあの時不思議に思わなかった。
残されていた手紙にも、同じ様にさよならと記されていた。
足音が遠くなる。やはり、寝台が設置されている側の方は突き当たりになっているらしいことをタイミングから確信し、扉がないようなら逃げるのはその逆側だなと計画を立てながら、ロイドはそっと折りたたんでいた手紙を開いた。
必ずディザイアンを鎮めて世界を再生するから、ロイドは平和になった世界で幸せに暮らして下さい。そんな言葉がコレットの字で綴られている。
天使になって世界を再生するのが、再生の神子として生まれてきたコレットの役目だ。それは知っていたけれども、まさかあのコレットが嘘までついて自分を置いてけぼりにするだなんて、思いもしなかった。
どうして一人で行ってしまったりしたのだろう。リフィル先生がついているとは言え、あのいけすかないけれど腕はいい傭兵もついているとは言え、自分だって少しは役に立てるはずなのに。母の仇であるディザイアンを許せないのはもちろんだが、厳しい旅になるだろうコレットのそばにいたいと思ったのも確かなのに。
ずっと折りたたんでいたままだったために、折り皺のあたりが毛羽立っている。破れたりしないようにそっともとの様に折りたたんだ手紙を、もう一度隠しにしまい込んだ。どこかに引っかけたりしないように、丁寧に。
そうして、針金を伸ばして寝台のマットレスの下にたくしこんだ。念のため、端はノミに結びつけておく。服も元通りに戻して、一息ついた。
しばらく寝たふりをしてから、頃合いを見て起きあがる。ソーサラーリングの炎の飛距離とタイミングを確かめるべく向かい側の壁に向かって一発から打ちをしてみた。
見張りはいつも通路の中央付近を歩いていたから、多少早めに打ち出さないと空振りになるだろう。
――ごめん、コレット。お前の故郷、俺がめちゃくちゃにしちまった。
さよなら、と言ったコレット。まるでもう二度とイセリアには戻ってこないかのような口ぶりの手紙。
ひょっとしてコレットは、天使になったら聖地カーラーンに行ってしまうのだろうか。そんな考えに今更思い至って、ロイドは震えを押し込めるようにして拳を握った。
だったらなおさら、このままになどしておけない。あんな一方的なさよならが別れなど、冗談じゃない。
左手で掴んだ鉄格子が鈍い音を立てた。その音に、はっと我に返る。
ただの考えすぎかもしれない。ゆっくりと息を吐いて、いつの間にかきつく握っていた手からゆっくりと力を抜く。
きっとそうだ。ただの考えすぎだ。
もしあれが最後の別れになってしまうなら、イセリアからの旅立ちを見送ってくれたフランクやファイドラばーちゃんが何か言うはずだろう。コレットの助けになってやってくれと、そう言っただけではないか。
一人でこんなところにいるから、余計な事を考えてしまうだけだ。
まずはここを抜け出して、ジーニアスとノイシュを探して。そうして、コレット達に合流しないといけないのだ。
まだ間に合う。出来ることがある。コレットを守り、世界再生の助けをする。
それが、あの懐かしい村を守ることが出来なかった自分に出来る事。
また、足音が近付いてきた。外せば次はないだろう。
こくりと唾を飲み下して、慎重にソーサラーリングを鉄格子の間から突き出した。
―了―