「さよなら」

Tales,小説ロイコレ,小話

ゲーム開始前、旅立つ前日のコレットのお話。

 


 

「さよなら」

 ロイドにそう言った。嘘をついた。
 私が天使になるのをこの目で見たいと、そう言ったロイドに、嘘をついた。
 本当は、明日の出発は早朝だ。だから、早めにロイドの家に挨拶に来たのだけれど、それは言わずにすんだから、きっとロイドは疑いもしないだろう。
 気を付けてな、と送り出してくれるダイクおじさんに、行ってきますと頭を下げた。先生とジーニアスも同じように挨拶をして、玄関から出る。振り仰ぐと、二階のベランダにはまだロイドが居た。
 気付いたロイドが、ぱっと顔を明るくするのが、ロイドの部屋から漏れてる灯りで見えた。
 ロイドの、嬉しそうな顔を見るのが辛かった。笑って、また明日と手を振って来る彼に、笑いながら小さく手を振り返すのは、なかなかに大変な仕事だった。
 それでも、ちゃんと笑顔を浮かべて、ゆるゆると手を振った。
 ごめんね、ごめんね、ごめんねロイド。
 本当に嬉しかった。
 聖堂で、ロイドがいないと不安だと、クラトスさんに願ったあの言葉は本当のこと。ロイドがいてくれるなら、安心だ。ほっとする。
 でも、だからこそ。
 これから赴く試練はきっと、あの聖堂での戦い以上のものが待ち受けているに違いない。
 自分をかばって、何度となく傷を負ったロイドを見るたび、胸が引き裂かれそうに痛かった。
 巻き込んじゃいけない。ロイドが大切だから、今まで十分守ってきてもらったのだから。だから、もうこれからは自分で何もかもやらなければ。
 試練に赴いて、自分が天使になることで、ロイドを守れるのだから。
 それに、この旅の終わりに待っているのは、世界の再生と引き替えの、私の消滅。
 死ぬために生まれてきた私。死んで、世界を再生するために生まれてきた私。
 ただ死に向かうだけだった生に、誰でもないロイドが色を持ち込んだ。風を吹き込ませた。
 世界はこんなに明るくて、世界はこんなに広くて、世界はこんなにも温かいものだと、ロイドが教えてくれた。
 あんなにも無邪気に、世界の再生を願っているロイドに、どうしても私の使命の辿り着く先を言えないまま、今日まで来てしまった。
 一緒に行けば、いつか知られてしまう。知られなくても、いつかロイドがその場に立ち会ってしまう。
 それは怖かった。ロイドはきっと私を責めて、何よりロイド自身を責めて、そしてやめろって言うだろう。それははっきりとした確信。
 その時、私は首を横に振れる自信がない。
 ロイドが生きてる世界を守る。それが、私の、使命の下にある決意。
 傍にいたい。でもできない。でも一緒にいたい。でもできない。
 心は揺らいだ。でも押し込めた。鍵をかけた。
 手を振って、何歩か歩いて。丸木橋の上にさしかかって、もう一度振り向くと、まだロイドはこちらを見送っていて、大きく手を振ってくれた。
 星明かりはあるけれど、そんなに表情は見えないはず。それに少し安心して、泣きそうになった笑顔のまま、手を振った。
 どうしても。
 どうしても、ロイドは巻き込めない。
 だから、ごめんなさい。

 さよなら、と、最後の文字をしたためたとき、頬を滑って紙の上にあやうく落ちそうになった涙を、てのひらで押さえて止めた。拍子に転がったペンが、小さくインクを跳ねさせて床に落ちる。
 それを拾い上げてスタンドに立ててから、書き上げた手紙をよくよく点検した。
 あぶないあぶない。涙のしみなんてつけてしまったら、鈍い癖にカンだけはいいロイドのことだ、きっと気付いてしまう。
 笑顔でさよならを言ったのだ。そのままでいたい。もう二度と会えなくても、ロイドの思い出の中には、あの楽しい日々のまま、笑顔で過ごしてきた時のまま、残っていたい。
 ……うそを、ついて、しまったけれど。
 封を終えた手紙を、そっと胸に抱く。しわにならないように、細心の注意を払いながら。
 どうか。どうか、ロイドに全てを伝えてね。
 私が幸せだったこと。ロイドに出会えたから、私はこうしてちゃんと旅立てると言うこと。
 だから。だからどうか、許してください。私の、最後のわがままを。
 涙を拭ってから、きちんと片付けた机の上にそれをそっと置いた。

 さよなら。

 

―了―