ことのはをきみへ

ZTP,小説ニクジュディ

 

 彼からの手紙を読むときのジュディは、いつも窓辺に腰掛けていた。
 窓枠に肩をもたせかけて小さな窓から見下ろす、雑然と瞬く無数の光点を眺める。あの灯火は動物たちの息づかいだけど、その中に彼は居ない。もう少し遠く、かすんで見えない空の端。
 ふうと息を吐いて、短い手紙に目を落とす。ジュディはそっとその一文を指先でなぞった。
 感謝する。素っ気なくすらあるその言葉を記す時、あの飄々とした笑みと皮肉で武装したキツネがどんな顔をしていたのだろうか。想像すると口元に笑みが浮かぶ。
 真顔だったかしら。鼻先に皺を寄せていただろうか、それとも眉間? もしかして少し笑っていたかしら。泣いてはいないわね、絶対に。
 くすくす笑いながら、ちょっと迷ったけど手紙の端に小さく口づけた。目の前に彼がいたなら、飛びついて頬にキスしても良いシーンだったはずだ。私もよニック、と快哉を叫んで。
 もっとも、直接彼の口からこんな風に率直に気持ちを伝えてもらえるのかどうかは疑わしいけれど。
 打ち解けてしまえば、彼は褒め言葉は惜しまないキツネだった。皮肉混じりだったり、素直な言葉回しでなかったりすることが大半だったけれど。
「ありがとう、は、あまり聞かなかったわね、相棒?」
 そっと夜空の向こうにいるはずのキツネに語りかけて、ジュディは忍び笑いを漏らした。
 不思議な気持ちがする。一年前の今日は、このズートピアの灯りの中に居たのはニックで、卒業式を控えて楡の木に登っていたのはジュディだった。あの頃の自分は、夢と希望とまだ見ぬ成功に胸がいっぱいだったが、きっとニックはもっと現実的だろう。
 今は、ジュディもずっと現実的だ。彼と一緒に駆けた時間は、ジュディの見ていた世界をひっくり返した。傷つけて傷ついて失望して、逃げ出しもした。あの経験は、夢に夢見ていたジュディを、地に足をつけて世界に夢を見出すジュディへと変えてくれた。
 ニックはきっかけをくれたと書いてよこしてくれたが、贔屓目に見てもお互い様だとジュディは思う。
 ニックと出会ったから、彼が助けてくれたから、許してくれたから、あの事件は解決できた。諦めずに顔を上げることができた。彼が居てくれたから、言葉を交わして手を取り共に知恵を出し合って最善を尽くすことが出来たからこそ、ジュディは警察官として今もズートピアを走り回っている。
 少しでも苦しんでいる動物が減るように、笑顔が増えるように。泣いている動物に手をさしのべられるように。怒っている動物には新しい道を一緒に探せるように。
 口輪をはめられて膝を抱えて独り泣く子ギツネを、二度とこの町で迷子にさせずにすむように。
 つやつやした厚紙の招待状と、この九ヶ月の間に彼から届いた手紙を順番に読み返していたジュディは、ふっと目線を上げた。机の上には白い紙が広げたままになっている。
 それは手紙を書くためではなく、スピーチの原稿を考えるために広げたものの、一文字たりとも思い浮かばなくて途方に暮れていたものだ。
 来賓スピーチを、とボゴ署長を隣に従えた長官から話があった時には全力で断った。去年はそのスピーチを聞いたばかりの新米が、壇上からご高説を垂れるだなんてとんでもないと。
 しかし、新市長も今は多忙だし、君はこれから警察官になろうとしている者達にとっては希望の星なのだと押し切られてしまった。
 過大評価だわ、とジュディは思う。世間や上から評価されているジュディ・ホップスは、もしかしてまったくの別のウサギじゃないのかしらと、半ば本気で思い始めている今日この頃だ。
 でもニックからの手紙を読み終えた今は、スピーチも出来るかもしれないと考えている。あの記者会見での思い出が痛すぎて、今でも大勢を前にして話すのは苦手だけれども。
 一緒に駆けて、一緒に未来を探してくれる彼に。一年前の、無知で未熟で背伸びしていた自分に。これから一緒に、世界を変えていく彼らに。
 伝えたい言葉がある。

 ジュディは窓辺から滑り降り、ペンを取った。

 

―了―